〜Fate GoldenMoon〜
〜Another Seven Day〜
俺とイリヤは、海浜公園を訪れていた。
出かけるにあたって、藤ねえが出した条件が一つある。
それは、事件のあった新都の方には行かないという条件だった。
その条件は、俺もまったくの同意だったので、そんなわけで、娯楽施設が多い、このあたりで遊ぶことになったのだった。
「ね、ね、シロウ。それで、今日はどこに行くの?」
「う〜ん、そうだなぁ」
ニコニコ顔のイリヤを見つつ、俺は頭をめぐらせる。
この周辺にある娯楽施設で行ったことがあるのは、バッティングセンターとかだが……。
一瞬、バットを振ろうとし、バットを持ったままクルクル回るイリヤを想像してしまう。
「?」
当の本人は、そんな俺の想像など分からず、怪訝そうな顔をするだけだったが。
……そうだ、あそこにするか。
「え〜っ、いやよ、こんなとこ!」
「そうか? 結構、イリヤは気に入ると思ったんだけどな?」
イリヤを連れて向かったのは、海浜公園から少し離れたところにある、水族館だった。
今日も、親子連れなどで、そこそこ賑わっているようである。
「それは……ちょっとは、面白そうだとも思うけど……」
「?」
「だって、明らかに大人っぽいところじゃないじゃないの! こんなんじゃなくて、もっとロマンチックなのがいいのっ!」
ああ、なるほど。遠坂や桜の話を聞いて、そっちの方に気が向いてるんだろう。
「でもなぁ……ここだって、ちゃんとしたデートスポットだけど。それに、遠坂や桜と、同じところに行きたいのか?」
「う、そう言われると……」
口ごもり、イリヤは周囲に視線を移す。水族館に入る人達は、親子連れのほかに、かなりの数のカップルもいた。
幸せそうな表情で、水族館の中に入っているカップル達。それに影響されてか、イリヤの顔にも笑顔が戻った。
「しょうがないわね、そのかわり……」
そういうと、俺にぴったり寄り添い腕を組むイリヤ。
「今日は、ずっとこうしていることっ!」
「マジか」
「マジよ。決まってるじゃないの。さ、時間がもったいないし、行きましょ、シロウ!」
してやったりの表情のイリヤに引っ張られながら、俺は水族館の中に入った。
最初はごねてはいたが、水族館はイリヤにとってことのほか好評だった。
そもそも、海に行ったことも、川遊びすらしたことの無いイリヤである。実物の魚に、子供みたいにはしゃいでいた。
巨大な雄雄しき、海洋生物に歓声を上げたかと思えば、宝石のような熱帯魚にため息を漏らし、
ここの水族館でもやっている、イルカのショーをサーカスのように瞳を輝かせ、見入っていた。
そうして――――
「うわぁ……」
「これは、すごいな……」
最後に俺達が訪れたのは、この水族館の名物でもある、アクアリウムであった。
原理はというと、大きな水槽の中に、ガラスの半円球をかぶせ、水の漏れないように溶接し、水を入れた水槽という感じだった。
1フロア丸々使ったそれは、まるで――――
「空の上を、魚が飛んでるみたい……」
「ああ」
数十メートル上にある天井は、当然手を伸ばしたくらいでは届かない。
その視線の先に、ユラユラ揺れるのは、小魚の類だろう。
視線を投じれば、前後左右、全てが、ガラスの壁。円形ドームの向こうには悠然と泳ぐ、魚の姿があった。
水の中に迷い込んだような、そんな不思議な錯覚は、このフロアを出るまで続いた。
しかし、なぜか快さも感じていた。命の源泉が海であったのは、まるで人も一緒である証明のように思えるほどに……。
「あ〜っ、面白かったぁ」
「ああ、そうだな」
水族館を出るなり、大きく伸びをして叫ぶイリヤ。
道行く人たちは、面白そうにイリヤを見つめるが、俺は、そんなイリヤの意見に賛同したい気分だった。
「それで、次はどこに行くの?」
「う〜ん、そうだな……とりあえず、歩き疲れたし、そこらのカフェで一服しますか?」
「うん、大賛成!」
イリヤを連れて、俺は最寄のカフェに足を運んだ。
カフェオレにサンドイッチ、サラダも付けて簡単な昼食をとることにした。
イリヤは上機嫌に先ほど行った水族館の事を実に楽しそうに話している。
「それで、笛の音が鳴ったらお魚が宙にバシャ――ンって、あれって凄かったわ!」
「ああ、イルカはけっこう賢くてね、人間みたいにイルカ用の言葉もあるらしいよ」
「そうなんだ、凄いわよね、感動しちゃったわ」
興奮し、笑顔でしゃべり続けるイリヤを見ながら、俺はこれからどうしようか考えていた。
時刻はまだ、昼過ぎを回ったばかりだ。
これからいくつか回る時間はあるが、さすがにさっきの水族館みたいに好評なところはそう多くはないだろう。
ありていに言えば、これから先、どうしようかと迷っていたのだった。
「どうしたの、シロウ?」
「うん……なぁ、イリヤ。これから、どっか行きたい所とか、ある?」
考えていてもしょうがない、か……ちょうど、イリヤが聞いてきたので、俺は遠慮なく、イリヤの意見を聞くことにした。
「私の行きたい所? それなら……あっちの方にたくさんあるわ」
そういって、イリヤが指し示したのは……ここからでも見える、橋の向こう。新都の方だった。
「おいおい、新都の方は、藤ねえと行かないって約束したんじゃ……」
「あら、黙ってればバレないわよ?」
それが、さも当然のように言い切るイリヤ。元々、藤ねえの意見に従う気はなかったらしい。
だけど、さすがに今の時期に新都に行くのはどうかと思うけど……
「けどなぁ……」
「何を迷ってるのよ。そもそも、事件や事故なんて、よっぽどの偶然が無い限り、起こらないものなのよ」
俺が渋るのを予想していたのか、流れるようにもっともらしいことを言うイリヤ。
俺はしばし考え……そうして、一つの結論に至った。
「ま、そうだな。人通りも多いし、暗くなるまでは大丈夫だろ」
「やったあ!」
俺の答えを聞き、嬉しそうに万歳するイリヤ。
もともと、今日のニュースが無ければ、新都の方にも行くつもりだったのだ。事件や事故に巻き込まれることは、そうそう無いだろう。
そんな結論にいたり、午後からは、新都に向かい遊ぶことにした。
しかし、それが楽観論であったことを、これから先、思い知ることになるのだったが……
このとき俺は、そのような可能性を考えないようにしていたのだった。
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