〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜




『桜魔ヶ時』

時代は、二度目の繰り返された現代……魔を封じる剣を持つ鎮(まもる)という少年。
彼は、桜の木に宿った精霊の少女と盟約を交わし、この世の魔と戦う定めを持った。

数限りない戦い。それを経て、少年と少女は絆を深めていく。
そうして、時は流れる。魔が闊歩する『桜魔ヶ時』……魔物を発生させる原因を突き止めた少年は、パートナーの少女がその要因と知り、愕然とする。

初めて出会った桜の下で、少年と少女は戦う。
そうして最後には、互いの体に剣をつきたて、事切れた……。

時代は流れ……桜の木の下で少年と少女は再会する。
変わらない桜の木の下で、二人は三度目の出会いをしたのだった……。



……映画の内容は、概ねそんなところである。
コメディあり、アクションあり、ラブストーリーあり、と満足のいく内容でもあった。

ただ、個人的になんとなく引っかかりを覚えたのも確かだった。


「すごい内容でしたね、やっぱり見てよかったです!」
「ああ……そうだな」

映画を見終わった後、俺と桜は映画館内にある喫茶スペースでくつろいでいた。
周囲には同じように映画を見た後の、余韻に浸っているカップルばかりだった。

「先輩……? その、面白くなかったんですか?」

俺のわずかな変化に、桜は敏感に反応した。さすがに、長いとこ付き合っているのでそういうところは分かるらしい。

「いや、話自体は楽しめたんだが……なんとなく、な」
「?」

俺の言葉に、眉をひそめる桜。と、


「どういうことですか〜〜〜!!」


いきなり、真後ろから大声が上がり、俺はビックリしてそっちへと視線を向けた。
視線を向けた先には、銀色の頭が二つ。なんだか見覚えのある二人組は、どうやら女の人が興奮して席を立っている状況のようだ。

対する男の人のほうは、悠然とした様子で、紙カップの飲み物を飲んでいる。
周囲の視線を浴びるその二人組は、よくよく見るとやはり、昨日会った二人組のようだった。

「シグ、あなたにはこの映画の素晴らしさがわかんないですか!?」
「そんなに大声を上げるな、ヒルダ。回りに注目されているぞ」
「えっ……?」

驚いたように視線を向ける女の人。と、俺と視線が合った。

「あ、昨日の肉まんの人」
「どうも」

気づかれたからには、挨拶をしないといけないだろう。
軽く頭を下げる俺。と、その人、ヒルダと呼ばれていたその人は、席を離れると、

「おじゃましま〜す」

などと言いつつ、俺の隣に椅子を持ってきて座ってしまった。
いや、いきなりそんな事をしても、非常に困る。なんといっても、今はデート中だし、桜が――――

「先輩、誰なんですか、その人」

やっぱり怒っている。まぁ、敵意むき出しと言うわけでもないんだが……俺か? 俺が悪いのか?
だけど、そんな様子も大して気にしていないという風に、女の人は、俺の後ろに向かって手招きしている。

「シグも、こっちに座りましょうよ」
「……ふぅ、すまないな、少年。かまわないか?」

ため息交じりの声で、席を立つ男の人。断る理由もないので、俺は無言でうなづいた。
そうして、丸いテーブルに俺、桜、女の人、男の人と、時計回りに座った。

「袖刷りあうも他生の縁といいますし、ここは一つ、若い人たちの意見も聞くべきでしょう?」
「若いって、お前もそう変わりはないだろう……」

胸を張って得意そうに言う女の人。対する男の人は、あきれた表情で肩をすくめた。


……そうして、十数分後。

「そこで、あのシーンの台詞がグッと来たんですよ。『私は貴方と共に生きたい……』」
「あ、分かります。なんていうかグッと来ましたよね」

すっかり意気投合した、女性二人の姿がそこにあった。
最初は女の人を警戒していた桜だったが、あっちも二人連れのカップルということ。加えて映画の感想が似た感じだったので、すっかり気があってしまった。

で、俺ともう一人は、蚊帳の外と言う感じに、その話に聞き耳を立てているだけである。
話を聞き流しながら、俺は先ほどの自己紹介の部分を思い返した。


女の人の名前はヒルダ。いや、なんだか本当はもっと長い名前だったが、愛称ということでヒルダと呼んでいるらしい。
ヒルダさんは西欧の方の大学に通っている、俺より一つ年上だそうだ。

何でも、こっちにある実家の方で何やらゴタゴタがあって、それを解決するためにこっちに来たとか。
どことなく子供っぽいというか、大らかそうな人である。

そうして、彼女のそばに控えているのはシグと言う男の人。
見た感じ、物静かでまじめそうな印象を受ける。もっとも、最初の時みたいに、ヒルダさんの頭を引っぱたき、引きずっていった件を考えると、それだけじゃない気もする。

「すまないな、たびたび迷惑をかけて」
「あ、いや、いいんですよ。ちょうど、映画のことについて話してましたし」

俺の返答に、シグさんはしばしの沈黙をはさみ――――

「その様子だと、君も俺と同意見なのかな?」
「え?」
「この映画、俺は気に入ってはいない。そもそも、相手が大切なら、戦わなければいいだろうに」

さらりと、そんな事をいうシグさん。だが、確かにそこは、俺も引っかかったところだった。
俺の沈黙を、肯定と見たのか、彼は更に言葉を続ける。

「だいたい、最後の生まれ変わりと言うのが納得いかん。そんなことで再開できるなら、別れの前の誓いも、意味を成さなくなるだろう」

――――別れの前の誓い、か。

全てが終わった後のあの時、確かに思い残すことはなかった。だけど、生まれ変わりというのがあるのなら、また何処かで会えるかもしれない。
ああ、だからなのかもしれない。映画とはいえ、ハッピーエンドを迎えた彼らに、俺は嫉妬していたのか。


「むっ、まだそんな事をいってるんですか、シグは」

と、俺達のやり取りが耳に入ったんだろう。ヒルダさんが不満そうな表情でこっちを向いている。
だけど、銀髪の男の人は、あくまでも悠然とした表情で軽く肩をすくめた。

「意見と言うのは千差万別だろう。自分と違うからと言って、文句を言うのはお門違いと言うものだ」
「そんなのは、屁理屈です。いいでしょう、どちらが正しいか、ここで白黒はっきりしましょうっ!」

……そんなこんなで、映画が終わり、次の客が大挙して訪れるまでの、一時間半。
ヒルダさん&桜の連合軍と、シグさんの口論は、いつ果てるともなく続いていったのだった……。


「それでは、シーユー!」
「凝った言い方をする必要はないだろう。では、お二人とも、またな」

映画館を出たところで、俺と桜はヒルダさんたちと別れた。
銀色の髪を持つ二人は、まだまだ多い、駅前の人ごみにまぎれ、すぐに見えなくなった。

「ふぅ、なんだか疲れちゃいましたね」
「ああ。それにしても、あの二人って、仲がいいのか悪いのか……」
「多分、とても良いんだと思いますよ。だから、喧嘩してもケロリとしてるし、すぐに仲直りもできるんですよ」

桜の言葉に、なるほど、と俺はうなづいた。
気兼ねしない仲の良さってのもあるんだろう。そんなことを考えながら、俺はなんとなく腕時計に目を移した。

「もう五時過ぎか……夕食はどうする? 何なら、どこかで食べてくか?」
「でも、それだと藤村先生やイリヤちゃんに悪いですし……いつも通り、家で食べましょう。そのかわり……」

笑顔を浮かべながら、桜はクルリと回る。
まるで、桜の花びらが周りを待っていそうな、鮮やかな、艶やかな笑顔がそこにあった。

「今日の夕飯は私に作らせてください。きっと、すごく美味しい物が出来る気がするんです」
「……そうか、それじゃあ、まずは商店街に行くとしますか」
「はいっ」

夕刻の駅前。夏に季節が移り、人通りが絶えない中を俺達は歩く。
繋がれた手は、俺と桜の絆のような気がした。そうして、バスに乗り込むまで、その手はつながったままだった。

バスに乗り込むと、ひんやりとした室内のせいか、桜はウトウトとし始めた。
まどろむ桜の頭を、俺の肩に寄りかからせながら、俺は窓の外を見る。

バスは、冬木大橋を通り、深山町へ向かう最中だった。


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