〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



駅前パークにバスで到着し、そこから徒歩で十数分。
桜と俺は、冬木中央公園に足を運んでいた。

「桜、こっちなら日に当たらないぞ」
「はい」

木々の根元に配置されているベンチのうち、ちょうど木蔭になっている部分に二人で座る。
昼近いこの時間帯、中央公園に人はまばらで、同じようなカップルが数人いるくらいである。


「しかしまぁ、いい天気になったよな」
「そうですね……あ、先輩。お昼ご飯は、お弁当を作ってきましたから」

青空の背景をバックに、桜は肩掛けのバックから三段重ねのランチボックスを取り出した。
さらに、水筒も取り出し、ベンチの上に広げた。

ランチボックスの中身は、一つはこぶし大のお握りが6つ、二つ目はから揚げや、玉子焼き、ウィンナーなどのおかず類。
そして、三つ目は生野菜のサラダと、デザートのフルーツが詰められていた。

二人分のお昼にしては、少々多いかもしれないが、食べきれない量でもなかった。

「おお、美味そうだな。じゃ、いただくとしますか」
「はい、どうぞ」

まるで、試合のときのように、引き締まった表情でうなづく桜。
俺は、渡された箸を手に取ると、玉子焼きを選び、口に運んだ。

「……うん。また一段と、美味くなったな」
「本当ですか? ありがとうございます」

玉子焼きは、甘さを抑えたフワリとした食感の口当たりがした。塩をほんの少し入れた他には、極端な味つけをしていないのも好感が持てる。
スポンジのような食感は、卵白を別にして泡立てるまで掻き混ぜる方法だろう。
あと、香り付けと色合いのため、緑色の香草が刻まれて混ぜられている。なかなかの一品だった。

単純な分、一番気の使う玉子焼きで合格点をもらったのにホッとしたのか、桜も安心した様子でお弁当箱に手を伸ばした。
用意された水筒の紅茶も、喉越しの良いもので、食が進むように気を使われていた。

そうして、雑談を交えながら昼食は行われた。
最近の弓道部のこと、学校行事や、夏休みについてなど、話す内容は家での会話とさして変わらない。
ただ、こんな雲ひとつない青い空の下、こうやって桜と交わす会話は、どこか開放的で、気持ちのいいものだった。

夏の風は、暑さを吹き飛ばすように頬をなでる。
優しい風に目を細めながら、桜は目を細め、風になびく髪に手を添えた。


「そういえば、ここに来るのは、お花見の時以来ですよね……」
「ああ、そういえば、そうだよな」

会話の切れ目、桜のふと、ポツリと思い出したように言った言葉に、俺は首肯する。
そう、今年の春、学校のまだ始まらない春休みに、藤ねえやイリヤ、桜と遠坂と、みんな連れ添ってお花見に来たことがあった。

あの時は、それはもうハチャメチャだった。
酒に酔った藤ねえが、六甲○ろしを歌いだすわ、同じテンションでイリヤがはしゃぎ出すし、
遠坂は、酔っ払いにガンドを食らわしていたな。

「思い返すと、とんでもない花見だったよなぁ」
「そうですか? 私は楽しかったですけど」

呑気にそんなことを言う桜。そういえば、あの馬鹿騒ぎの中、桜はさりげなく被害を避けていたようである。
まぁ、はたらか見れば、あのドンちゃん騒ぎは楽しそうに見えるかもしれない。

「また、お花見をできるといいですね」
「……酒とか、何かが入っていないならな」

正直、藤ねえに酒は、猫にマタタビのような感じだから、あれは御免こうむりたい。
ただ、花見自体は決して嫌いでもなかったから、また、やっても良いかと思う。

「そうだ、先輩。約束しませんか?」
「約束?」
「はい、来年がだめでも……五年後でも、十年後でも、いつかみんなここに集まって、お花見をしようっていう約束ですっ」


その言葉に、俺は考える。来年は、俺も遠坂も、就職なり進学なりで、この街から離れるだろう。
だけど、一緒に桜を見るって約束は、ずっと覚えていれるような気がする。

それは、いつかバラバラになる皆の、再開の道しるべになるんじゃないだろうか。
そう、あの春の日、見上げた桜の木が、夜の海に光る灯台のように、それはきっと心に映るだろう。

「うん、良いんじゃないか。そのときは、食事の用意を頼むからな」
「はい、まかせてくださいっ!」

意気込んで応じる桜に、俺は微笑を浮かべた。そうして、会話が途切れて腕時計を見ると、時刻は一時半を回った所だった。
時間のほうは、まだまだ十分にあるけど、どうしようか?

「桜、これからどうする? 行くところが決まらないなら、俺のほうで決めるけど」
「あ、それなんですけど……」

問う俺に、急に恥ずかしそうに桜はモジモジしながら口ごもる。
言うかどうか迷っている様子の桜は、そのまま一分ほど待っていると、ようやく決心したように口を開いた。

「その……連れて行って欲しいところがあるんですけど、いいですか?」
「?」

俺が怪訝そうに眉をひそめると、桜は恥ずかしそうに俯いた。

「桜のことだから、別に、変なところじゃないんだろ? なら、行こう」
「は、はいっ……それじゃあ、まずは駅前に行きましょうっ!」

俺の言葉に、急に張り切った様子で立ち上がる桜。そうして、テキパキとランチボックスを片付けると、先にたって歩いていった。
苦笑しつつ、俺は後を追う。それにしても、桜の行きたい所ってどこだろうな?


「さぁ、先輩! ここです!」
「ここって……うっわ」

桜の指差したものを見て、俺は思わず、うめき声を上げた。
それは、看板だった。アニメ調の絵は、高校生くらいの少年と、桜色の髪の少女、そして……背景には桜の木。
つい最近に封切りになった、『桜魔ヶ時』って映画だと、学校で小耳に挟んだことがある。

しかし問題は、その看板の下に並ぶアベック、アベック、アベック……まさに長蛇の列ができているのである。
なんというか、独り者お断り、ビバ、ラブライフというような空気が流れている。

正直、しり込みしてしまいそうな空気だった。

「最近、学校でも話題の映画なんですよ、これって。カップルじゃないと、見れないって話だから、助かります」
「いや、だからってなぁ……」

さすがに、この空気は肌に合わない。それ以前にこの行列……どれくらい並ばないといけないんだ?
とはいえ、目を輝かせている桜をガックリさせるわけにもいかない。

「しょうがない、並ぶか……」
『ちょっとまったーーーっ!!』
「!?」

そのときである、俺と桜の周囲を取り囲むように、男達が集まりだした。
年齢は、俺と同じくらいである。全員がサングラスで目を隠した私服の男達、十数人。その中から、一人の男が出てきた。

「見つけたぞ、衛宮士郎と、それをたぶらかす魔性の女!」
「…………って、何やってるんだ、一成」

数秒間をおいて、呆れたように俺はそう口にした。いくら私服でサングラスをかけていても、声でバレバレなのだ。
正体を見破られた、現生徒会長だが、まったく悪びれもせず、自信満々に反り返った。

「決まっておろう、今日のデートを阻止しようと、有志を募ってこうして行動を起こしたのだ」

その言葉に、周囲を見ると俺に敵意の視線を向ける男達。
……そういえば、今日は遠坂とデートするって、みんな思い込んでるんだったな。

「さぁ、衛宮、そんな性悪女なぞと手を切り、まっとうな生活に……?」
「ひどい……誰が性悪女ですか!」
「なっ、衛宮……これはどういうことだ? 今日は遠坂とのデートだと……」

怒りの声を上げる桜に、狼狽した声を上げる一成。
しかし、言っても良いものだろうか。すでにデートは、昨日終わってるって。

「それは、中止になった。だから、後輩の桜と一緒に駅前(こっち)に来たんだが」
『…………』

俺の言葉に、男達は沈黙し……そうして、懐から携帯電話をいっせいに取り出した。

「あ〜、エクスキューターへ、ターゲットは行動は起こさず、作戦は成功せり」
「おう、みんなに伝えろ、遠坂さんはデートを取りやめたらしい」
「ああ、だから言っただろ、大丈夫だって」

そんな風にしゃべりだす男達。どうやら、他の仲間と連絡をとっているようだ。
しかし、そう考えると、一体何人が、この行動に参加しているんだ……?

「ふぅ、しかしホッとしたぞ衛宮。お前が魔の手に落ちなかったことは僥倖だ」

ただ一人、一成はどこにも電話をせず、そう言って俺の手をギュッと握ってきた。と、手にかさっとした感触。
手を開くと、そこには映画のチケットがあった。

「そこでやっている映画のチケットだ。おそらくデートなら映画も定番だと、前売り券を抑えてな……そちらのお嬢さんと一緒に見るといい」
「え、いいのか……?」
「ああ。間違いとはいえ、性悪女などと言ってしまった、せめてものつみ滅ぼしだ。お嬢さん、先ほどは失礼した」

そう言って、深々と桜に対し頭を下げた後、一成は他の男達を引き連れて去っていった。
なんでもこれから、作戦成功を祝って祝杯をあげるとか、そんなことを言っていた。


「なんていうか、個性的な方ですね……悪い人じゃなさそうですけど」
「ああ……遠坂がらみじゃなきゃ、よくできた人格者なんだがな」

桜の言葉に、ため息をつき、俺は手の中のチケットに目を落とす。
ペア用のそれを持っていたということは、もしかしたら映画館の中で、張り込むつもりだったのかもしれない。
その光景を考えると、非常にげんなりした気分になるので、これ以上考えるのはよそう……。


「ん? これってよく見たら……時間指定席じゃないか。15:00〜……」

時計を見ると、まだ時刻は午後二時にもなっていない。
入場の時間を考えても、まだまだ、かなりの時間が余っていた。

「券ももったいないし、とりあえず、どっかで時間つぶすか」
「はい、でも、どうしましょうか?」

どうやら、映画を見る以外、桜の目的はなかったようだ。
今回は、途方にくれたように桜も俺を見る。しかし、どうするかな……そう考えた脳裏に、閃いたのはその時だった。

「よし、それじゃあ、俺のお勧めの店に行こう」
「先輩のお勧め、ですか?」
「ああ、桜も気に入ると思う」

俺の言葉に、桜はちょっと考え……お任せします。と言って、手をつないできた。
振りほどく理由もなかったので、俺はそのまま、桜と手をつないで歩き出した。

時々、周囲からの視線が気になることもあったが、桜の手の暖かさに、それを離す気はおきなかった。


戻る