〜Another Seven Day〜 

〜Another Seven Day〜



マウント深山商店街は、食料品の充実している商店街だった。
夕方近くになっても、そこそこ賑わっている街を歩いて、俺は夕食の材料を買い込んでいた。

「さて、あとは何を買うかな」

野菜類、魚など、そこそこ気に入ったものを選び、買い込みながら俺は商店街を歩く。
そうして、なじみの肉屋の前を通りかかった時だ。

「ん?」

肉屋の前に人だかりができている。
妙に思って覗いてみると、肉屋の主人と口論をしている二人組がいた。

「ですから、肉まんというのを頂きたいといっているんです」
「分かんない人だな。ここは肉屋で、肉まんを売ってるところじゃないんだよ」

その二人組みには見覚えがあった。
昼過ぎ、遠坂と買い物をしていたときにいた、シルバーブロンドの二人組だった。

「ヒルダ、売っていないと言っているんだ。あまり無茶なことを言うもんじゃない」

確か、シグと呼ばれていた男の人が、女の人に疲れたような声をあげる。
対する女の人は、あくまでもマイペースに不服そうな声を上げる。

「え〜っ、でも、メモに書いてあるんですよ。ここに訪れれば、肉まんを食べれるようになるって」
「だから……そんなメモをあてにするなと言ってるだろ」

何やら揉めているようだったけど、こっちも買いたいものもあるし、このまま見物ってわけにも行かないよな。
俺は人ごみを掻き分けて、肉屋の中に入った。


「ちわ、おじさん、良い肉ある?」
「おお、士郎君、よくきたな、まぁ、見てってくれ」

俺が店に入ると、肉屋のおじさんはホッとした表情で俺を迎えてきた。
俺はおじさんに顔を寄せると、ヒソヒソ声で聞く。

「おじさん、何なんですか、あの二人は?」
「いや、しばらく前に店に入ってきてな、肉まんを売ってくれってうるさいんだ。これじゃあ商売にならん」

おじさんは困りきった顔で言うと、何かを思いついたように顔を輝かせた。

「そうだ、士郎君の方で何とかしてくれんか? どうにかしてくれたら、消費税分くらいはまけるよ」
「消費税分って……しっかりしてるな、おやじさん」

まぁ、頼まれた以上はどうにかしてあげようか。
といっても、夏にさしかかった時期、こんな時期に肉まんを売ってるところなんて……。あ、

「……なぁ、あんたら。肉まんを売ってる所なら、案内できるけど、どうする?」
「本当ですか?」

思い当たる節があったので、俺がそう声をかけると、女の人は顔を輝かせ、男の人のほうは、やれやれといった風にため息をついた。


で、気に入った肉を買ったあと、俺は二人を連れて、商店街の一角に足を運んだ。
たどり着いた先は、紅州宴歳館、泰山である。この時期に中華料理で肉まんみたいなものを出しているのは、ここしかない。

とはいえ、やっぱり大丈夫なんだろうか?
何せここの店は、何でもかんでも辛めに味付けすることで有名なのである。特に唐辛子と百種以上のスパイスを使用した麻婆豆腐なんて……考えただけで胃が痛くなる。

「へぇ、ここが肉まん屋さんなんですか」

とはいえ、知らぬか仏と言うものだろう。女の人は、興味心身とばかり、店内に入っていってしまった。
男の人のほうは、俺に向かって軽い会釈をした。

「案内ありがとう、感謝する」
「いや、別にいいけど……さっきも駅前で見たんだけど、あんた達、観光か何かか?」

俺の言葉に、男の人は、ちょっと驚いたような表情になり、ややあって、首を振った。

「いや、少々別の用件だ。連れであるヒルダの実家の件で、この町を訪れることになってな。俺は付き添いだ」

店を指して言う男の人。あのヒルダという人や、この人を見る限り、おそらくは洋風建築の家のほうの人だろう。
もっとも、外国人の気配がまったく無い町な分、その予想も当てにならないんだけどな。

「シグ、何をしてるんですか? 早く入ってきてくださいよ」
「ああ、分かった。それではな、少年」

そう言って、男の人は店内に入ろうとし、怪訝そうな顔で俺を振り返った。

「どうした、何か言いたそうだが?」
「いや、なんというか……忠告しておこうと思って」

俺の言葉に、その男の人は眉根を寄せた。俺は頭をかきながら、静かに口を開く。

「麻婆豆腐だけは、やめたほうがいい。あれは料理じゃなくて、毒物兵器みたいなものだからな」
「……そうか」

俺の口調に何かを感じ取ったのだろう。男の人は重々しくうなづくと、店の中に入っていった。
その姿が店の中に消えるとともに、俺は店から背を向けた。

早く帰って夕飯の準備をしなくちゃならない。それに、案内をしたせいで少々時間を食ってしまったこともある。
だが、それよりなにより、この人外魔境な所から、一刻も早く立ち去りたかったのである。


紅州宴歳館、泰山……恐るべきところであった。


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