〜Another Seven Day〜 

〜Another Seven Day〜



店員に声をかけたのは、シルバーブロンドの女性だった。
ショートカットに赤色のリボンをつけ、空色のイヤリングをした、温和そうな人である。

「はい、お呼びでしょうか」
「ええと、この一番右の指輪、売ってくださいな」

呼ばれてきた店員に、その人は遠坂が狙っていたものを指して言う。
それを聞いて、俺の隣にいた遠坂の柳眉が逆立った。

「ちょっと待ちなさいよ、それは私が先に……むぐぐっ」
「え、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないですよ」

女性に食って掛かろうとする遠坂を、羽交い絞めにして口を押さえながら、俺は引きつった笑みを浮かべた。
遠坂は不満そうに、なおも「う〜う〜」と唸っている。

「?」
「ヒルダ!」

俺達の様子に、女性が怪訝そうな表情を見せた時、横合いから声がかかってきた。
そちらのほうを見ると、シルバーブロンドの髪を持った男の人が、こちらのほうに歩いてくるのが見えた。
女の人の連れなのだろう、どこか、険しい表情をした、厳しそうな男の人である。

「ああ、シグ……どうしたんですか?」

のほほんと、ふわふわとした微笑を女の人が浮かべる。なんというか、見ているだけで癒されそうな笑み。
そして、シグと呼ばれたその男は、ヒルダという名の女の人に歩み寄ると――――、

ぱかんっ!


と、実に子気味よく、その頭を引っぱたいたのであった。

「痛っ、何をするんですか」
「何をするか、じゃない。滞在費を無駄に使うな!」

涙ぐむ女性の襟首を引っつかむと、ズルズルと引きずるように、男の人は歩き出した。
手荷物のように引っ張られながら、女性のほうは名残惜しげに情けない声を上げる。

「ああ〜、駄目ですよ、あれは掘り出し物なんですよ〜、ぜひ買っておかないと……」
「却下、だ。まったく……その調子で、いくつ物を買い込んだと思ってるんだ?」

無下に言って、そのまま男の人は、女の人を引きずって去っていってしまった。
あーだこーだと、やり取りをする声は、あっという間に遠ざかり、そして聞こえなくなった。

その場に残ったのは、俺と遠坂と、店員の女の人。
ショーウインドから指輪を取り出した矢先の出来事で、店員さんは。どうしたものかと、困ったように周囲を見渡す。

「すいません、それくださいっ!」
「は、はい」

その時、ようやく、俺の手を振り解いた遠坂がそう言い、店員の女の人は、ホッとした表情を浮かべたのだった。



「――――ふぅ、しかし、疲れる買い物だったな」
「ごめんね、つき合わせて。また今度、何か埋め合わせはするから」
「ああ、まぁ、期待しておくとするさ」

そんなやり取りをしつつ、買った品物を入れた袋を持ったまま、俺達は帰路についた。
買い物をした後、まだバスに乗るくらいのお金は余っていたが、大きい荷物でもないし、歩いて帰ることにする。
冬樹大橋を渡る途中で、俺と遠坂は立ち止まり、流れてくる夏の風に身をゆだねた。

時刻はまだ夕方ごろ。この時期は夕方でも空は明るい。
デートスポットとしては不評なこの橋であるが、だからこそ、余計な気兼ねもせず、会話をすることができた。

話は尽きない。遠坂との会話は、互いに思ったままのことを言いあえる。
遠慮とか、気兼ねとかはなく、それはまさに、相棒としての会話。そうして、あっという間に時間は過ぎ、話の一段落がついたころ――――、

「それにしても、もうあと少しで卒業なのよね……」
「ああ、そうだな」

ポツリと呟いた遠坂の言葉に、頷きを返す。風が遠坂の髪を揺らす。ツインテールを解いた遠坂は、どこと無く大人びて見えた。
夕焼けを背景に、まるでそれは一枚の絵のように、遠坂は、俺のほうを向いて、どことなく穏やかな口調で聞いてきた。

「衛宮君は卒業したらどうするの?」
「卒業したら、か」

遠坂の質問は、ここ最近考えていたことでもあった。
目指すことはある。しかし、それを実現できたものは、実際にいるのかわからない。

「正直言って、決めかねてる。どうすれば、俺の目指したものになれるかも分からないしな」
「…………」

俺の言葉に、遠坂は無言だった。ただ、俺の様子を面白そうに見ていただけである。
それで、この話は終わり。話は別に移り、大切な問題は、俺と遠坂……二人の心の中に留められる事になった。

そうして、取り留めない会話をしながら、俺達は深山町へと戻った。


「ここでいいわ、士郎――――今日は付き合ってくれて、助かったわ」

遠坂が足を止めたのは、いつもの交差点。
そこで俺から荷物を受け取ると、遠坂は笑みを浮かべ、そういってきた。

「これくらいなら、別にどうってことないさ」
「あら、そう……? じゃあまた、頼もうかしら?」

遠坂の言葉に、さすがにちょっと怯む。いくらなんでも、このペースで連日買い物するのは、さすがに精神的にきついと思う。

「……おいおい、まだ何か、買い込むつもりなのか?」
「冗談よ。いくらなんでも、そこまで無駄使いできる身分じゃないしね」

そんな風に軽口をたたきながら、遠坂はきびすを返す。背中越しに、こちらを向きながら、彼女は笑う。

「それじゃあまた、夜にでも遊びに行くから、ちゃんとご飯の用意、しときなさいよ」
「ああ、わかった」

俺の返答に、満足そうにうなづくと、遠坂は坂を上っていった。軽やかに踏む足音は、何かの旋律のよう。
その音が聞こえなくなり、遠坂の姿が見えなくなってから、俺はようやく、肩の力を抜くことができた。

「ふぅ、やっと終わり――――か」

口でなんだかんだ言っても、やっぱりデートってのは気を使った。
相手が知った相手だからこそ、緊張したのかもしれない――――そんなことを考えながら、俺も身を翻す。



「さて、遊びに来るって言ってたからな。とりあえず、夕飯の材料を買っておかないとな」

藤ねえとイリヤも来るだろうし、桜も当然、夕飯は食べに来るだろう。遠坂を含めると五人。
冷蔵庫の中身を思い起こし、少々不安を感じた俺は、近くの商店街で買い物をしていくことにした。

財布の中身は、まだ数千円は残っていた。
少々、心もとないが、いざとなったらツケにしてもらおう。

――――そんなことを考えながら、俺は近くの商店街に向かったのであった。


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