〜Another Seven Day〜 

〜Another Seven Day〜



「さ、ここよ」
「ここって……アンティークショップってやつか」

周囲を見渡しながら、俺は言葉を濁した。
デパートの中にあるそのスペースは、フロアの一部を借りて、さまざまな装飾品や小物を飾ってあった。

「Reda」とシンプルな看板が立てかけてあるのは、デパートの前に開いていたお店の名残らしい。

数名の先客がいるが、それほど流行っているとも思えない、そんな所だった。
しかし、そんな雰囲気はお構いなしといった感じで、遠坂は、まるで水を得た魚のように生き生きと、周囲を見渡している。
まるで、玩具の山を見つけた子供のような表情……というのがもっとも適切だろう。見てるこっちまで、元気になれそうな顔をしていた。


「よしっ……士郎、買い物籠を持って。今からどんどん物を入れてくけど、落とさないように。あ、片手じゃなくて、両手でね」
「あ、ああ」

遠坂の勢いに押され、俺が両手で籠を持つと、遠坂は準備ができたとばかり、店内を歩き回りだした。
うず高く積まれた品物の山から、ひょいひょいと物を取り出すと、まるで値踏みをするかのように、一つ一つチェックしては首をひねる。

上から見たり、下から見たり、蛍光灯にすかしてみたりしては、表情を明るくしたり、残念そうにため息をついたりする。
この場に遠坂のファンが居たら、狂喜乱舞しそうなほど、遠さかは表情豊かに、楽しそうに品物を見ていた。

そうして納得のいくものを、幾つも俺の籠に放り込んでいく。ふと興味がわいて、籠の中をのぞきこんでみた。
籠の中に目をやると、古くなったアクセサリや、ネックレスなどの装飾品の類ばかりだった。ふと、心づいて遠坂に質問する。

「……なぁ、遠坂」
「ん〜、何?」
「今、買ってるのって、ひょっとして宝石関係のものか?」

振り向きもせず、あちこちを見て回る遠坂の背中に向けて、俺はなんとなく思ったことを問うてみる。
イヤリング、ネックレス、ブレスレットなど、籠に入っている物の共通点は宝石つきということ。

加えて、いくつか宝石の原石まで籠に入っていた。
籠に入れるとき、何の躊躇も無くポイポイ入れるため、商品に傷がつくかもしれないのに、顔色一つ変えないというのもある。
以上のことを踏まえて、俺の中で予想をして聞いてみたのだが……俺のその質問に、遠坂は足を止め、感心したような顔で振り返った。

「そうよ、すごいじゃない、士郎。やっぱ……そういうのってわかるんだ?」
「ああ、なんとなくだけど。で、これって役に立ちそうなものなのか?」

興味半分で突っ込んで聞く俺に、遠坂は少々不満そうに眉をしかめた。
…………あ、なんとなく、地雷を踏んでしまった気分。幸いといっていいか、爆発はしなかったようだが。

「正直いって、そこまで使えるものじゃないわ。家においてある宝石類よりも、一段階は質が落ちるでしょうね」

そこまで言って、ため息一つ。不服そうだが、まぁ、しょうがないといった感じの顔をする遠坂。
わかってるけど、どうしようもないのよねー……と呟くあたり、本人も不満の残る、買い物なのだろう。

「でも、私に買えるレベルのものって、これが精一杯なのよね。ピンキリのキリの方じゃ、いくら選定しても良い物は限られるし」
「――――貧乏って、大変なんだな、遠坂」
「まぁね。でも、それだけあれば多少はものの役に立つわ。なんていっても、人造の物じゃなくて、天然の宝石ばかりなんだから」

遠坂の声が少し明るいものになる。俺にはよくわからないが、天然もののほうが、やっぱり宝石も良いのだそうだ。
俺は、買い物籠に目を落とす。キリの方といってたが、値札には「10,000」とか「25,000」とかついてるんだが……。
なんというか、改めて金のかかる買い物だと思うぞ、宝石とかそういうものって。

「……あれ? でも、この調子だと、予算が全部なくなっちゃうんじゃないか?」
「ええ、そのつもりだけど?」

怪訝そうに問う俺に、遠坂はキョトン、とした表情で返答を返してきた。
いや、てっきりこの後、大きな荷物を買いにいくと思っていたんだが……箪笥とか、冷蔵庫とか。

「じゃあ、何で俺が荷物持ちをするんだ? これくらいの量なら、遠坂にだってもてるだろ?」

買い物籠は、まだ半分にも満たされていない。このペースなら、籠が埋まるまでに予算のほうが尽きるだろう。
そんな俺の疑問に遠坂は、むすっとした表情になった。なんだか、嫌なことを思い出したようである。

「買うときに、ヤな思いをしないためよ。士郎、女性が一人、彼氏も何もつけずに宝石とかを買いあさるって、他の人からどう見えると思う?」
「どう、って……いわれてもな」

男の俺には、そんな質問は想像外のことだった。とはいえ、遠坂の表情を見る限り……、

「ひょっとして、あるのか? そうやって物を買いあさったこと」
「――――――――」

俺の返答に、遠坂は無言だった。ただ、不機嫌そうなオーラを放出しているあたり、それ以上の追及は、やめたほうが無難だろうと判断する。

「まぁ、いいや。つまりは俺は、付き添い役をすればいいってことなんだな」
「そういうことよ。あと、レジでの支払いも士郎がお願いね。彼女にプレゼントですか、とか聞かれたら、無難に答えてくれればいいから」

それで話は終わりとばかりに、遠坂は再び品定めに入っていった。
しかし、プレゼントか……そういえば、セイバーはぬいぐるみが好きだったけど、遠坂はどうなんだろう。

「遠坂に……ぬいぐるみ……」

俺は口に出しつつ、ぬいぐるみを抱いた遠坂を思い描こうとし……あまりのギャップに、すぐにそのイメージを脳裏から抹消した。
さすがに、ちょっと似合ってないのが問題だ。ファンシーな服を着た遠坂が、なにやら俺に似た吊り下げ人形を抱えているのを見ると、

「可愛いというより、怖いな」

いや、確かに可愛いとも思うんだが、……なんというか、そのまま黒ミサを始めそうな勢いを感じる。
――――ぁ、なんだか考えてるうち、背中のほうに嫌な汗が流れ始めた。

「士郎、ちょっと」
「ん?」

そんな、取り留めの無い想像は、遠坂が声をかけてきたことで、中断することになった。
見ると、スペースの中ほどにある、ガラスケースの前で、遠坂が手招きをしているのが見えた。俺は遠坂の隣に歩み寄る。
遠坂は、そわそわと落ち着かない様子で周囲を見渡し、誰も近くにいないことを確認し、ほっと息をついた。

「どうしたんだよ、遠坂」
「士郎、どうしよう……とんでもないもの見つけちゃったんだけど」

そこは、指輪コーナーだった。ガラスのショーウインドウの中に、整然と十個ほどの指輪が並んでいる。
トパーズ、ルビー、アメジストなど、さまざまなタイプの指輪は、赤色のじゅうたんの上に咲いた、華々のよう。
遠坂は、陳列されている中で、一番右にある指輪を指して、ヒソヒソ声で俺に言ってきた。

「この一番右の指輪、とんでもない魔力が込められてるわ。なんていうか、砂漠の中から宝石を見つけ出したような感じって言えばわかる?」
「つまり、掘り出し物ってことか……だけど、どうしたんだよ? 気に入ったんなら買えばいいじゃないか」

値札を見ると、「50,000」と表記されていた。確かに高いが、買えないわけじゃないだろう。
しかし遠坂は、心底困ったような表情を浮かべた。

「買えるんだったら苦労しないんだけどね、今まで選んだ分も合わせると、一万近く足りないのよ……」

でも、今まで選んだものも、捨てるのは惜しいし、もうこんなチャンスも無いだろうし……と、決断の速い遠坂にしては珍しく迷った表情を見せていた。
そんな遠坂が新鮮で、俺は思わず笑みを浮かべていた。だって、その様子は、普段の大人びた佇まいではなく……年相応の女の子の仕草であったからだ。

「何よ、人が真剣に悩んでいるのに」
「ああ、悪い。でも、一万だろ? だったら俺の持ち合わせ分も足せば何とかなるだろ」
「……えっ?」

まったく考えてなかったのか、遠坂は面食らった表情を見せた。
驚く遠坂の傍らで、俺は財布の中身を確認する。何かあったときのために、財布に多めにお金を入れておいて正解だったようだ。

「うん、一万と数千はある。これだけあれば問題ないだろう」
「え、でも、本当にいいの……?」

あわを食ったように、戸惑いながらも、それでも目を輝かせる遠坂。
そんなに意外かな……甲斐性が無い様に思われていたんだろうか? 俺は苦笑を浮かべながら、やれやれといったふうに肩をすくめた。

「その代わり、帰りは歩きになるぞ。お互い、ほとんどすっからかんになっちまうからな」
「……うん、ありがと。士郎」

そうして、遠坂はすごく嬉しそうな素の笑顔を浮かべた。なんていうか、惚れてしまいそうなくらい鮮やかな笑み。
思わず見とれた俺の隣で、遠坂は、店員に声をかけようとして――――

「すみま……」
「あの〜、この右のやつくださいっ!」

まさに、不意打ち。相談している間に近づいたのか、唐突に聞こえてきたその声に、遠坂の表情が凍りついたのは、まさにその瞬間だった。



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