〜Another Seven Day〜 

〜Another Seven Day〜



夏休みの一日目は、そこそこいい天気だった。
青い空には、入道雲が浮かび、初夏の風が頬をなでていく。

駅前に10時、それが遠坂との約束だった。
周囲が見渡せる場所に佇み、人の流れに目をやる。まだ、見知ったツインテールの少女は目にできない。

学校が夏休みということもあるが、どうやら世間一般も、ちょうど夏休みに突入したようだった。
駅前周辺は人であふれており、そこかしこで人がたむろっている。

腕時計に目をやると、時間の針は十時まで五分前を示している。
もう一度、あたりに目を向けるが、いまだに遠坂の姿を発見することはできなかった。

「どうしたんだ、遠坂のやつ……寝坊した、としても、時間が時間だしな」

照りしきる日差しに眉をひそめつつ、俺は一人ごち、内心で首をかしげた。

今日が夏休みの初めである。俺自身、いつもの習慣で早起きしてしまい、なんとなく損した気分になったのだ。
そうでなくても……待ち合わせなどの約束事を厳守するタイプである、遠坂が遅れてくるとも思えない。

「……まさかと思うが、自分で言っといて、買い物は明日だって勘違いしてるんじゃないだろうな」

まさかなぁ、と呟くが……自分で口にして、急に不安になってきた。
よくよく考えると、遠坂は完璧な部分のほかに、とんでもない部分で大失態をやらかすやつだと思い出したのだ。

「ともかく、一度、遠坂の家に電話を入れてみるか……?」

あ、でも遠坂が家にいるとも限らないしな……などと考えていたとき、

「ちょっと、よろしいかしら」
「え、はい?」

唐突に、声をかけてきた人がいた。そちらのほうを向くと、そこには大学生くらいの女の人がいた。
黒いロングヘアに、チェックのつばなし帽、肩の出ている黒シャツに、コバルトブルーのスカートを穿き、肩からバッグを提げている、活動的な服装の女の人だった。

知り合いじゃないよな……内心首をかしげる俺に、その女の人は小首をかしげて聞いてくる。

「ちょっと、待ち合わせている人を探しているんですけど、お聞きしてよろしいですか?」
「ああ、なるほど」

その言葉に納得。はたから見て、俺の様子は待ちぼうけをくらい、手持ち無沙汰である様に見えたのだろう。
周囲をしきりに見渡してたから、その時に視界に入っていたかもしれない。なんにせよ、その女の人の手助けになるなら、答えておくべきだろう。

「いいですよ……それで、どんな人なんですか?」

特徴のある服装とかだったら、ひょっとしたら覚えているかもしれない。
そんなことを思いながら聞く俺に、女の人は一瞬沈黙すると、

「んー……そうですね、背丈はあなたと同じくらいで」
「はぁ」
「見た目もあなたと同じかしらね」

俺と同じくらいの背丈の、俺と同じような服装の…………へ?

「あのねぇ……まだ気づかないの? 士郎ったら、ちょっと鈍いんじゃない?」
「と、遠坂――――!?」

いきなり、聞き覚えのある声でしゃべる女の人、いや、遠坂に、俺は思わずのけぞった。
正直、よくよく見ればその人は、確かに遠坂だった。彼女は呆れ半分、してやったりといった顔で、微苦笑を浮かべる。

「まったく、何度か目の前を通ったのに、これっぽっちも気づかないんだから」
「わ、悪い。てっきりいつもの服装で来ると思ってたから」

これ見よがしに、ため息をつく遠坂に、俺はしどろもどろで返答する。
しかしまぁ、よくよく化けたものだよなぁ。もう変装というか、擬態のレベルだよな……これって。

と、俺の返答に、遠坂は眉根を寄せ、あまり気が進まないといったふうに……ポツリと呟いた。

「あ〜……まぁ、今日の買い物の場合、こういう服装じゃないと、ちょっと…………ね」
「?」

買い物するのに、服装に注意? 一体どんな買い物なんだろう。
眉をひそめる俺に対し、遠坂は天使のように慈悲深い微笑みで、

「あ、大丈夫、そんなに大したことじゃないから」

いや、そういわれても、気になるんだけど……。
しかし、俺がいくら考えたところで、この場で答えが出るはずも無かった。

「ハイ、これ……士郎が持ってて」
「っと……」

そうこう考えるうちに、遠坂は俺に、肩に提げていたバッグを押し付けてきた。反射的にそれを受け止め、ずしりとした感触に足を踏ん張る。
俺に荷物を渡し、身軽になると、彼女は身を翻した。肩から腰に流れる黒髪が、ふわりと俺の目の前で翻る。

「ともかく、あちこち見て、お昼を食べてから本格的に買い物するからね。OK?」
「あ、ああ……」

なんていうか、新鮮な感じだよな。遠坂のこういった姿って。
彼女の後をついて歩きながら、俺は不思議と、なんとなく落ち着いた雰囲気を感じていた。

駅前のショーウインドウをいくつか覗きつつ、遠坂はテクテクと歩を進めていく。
遠坂の歩調に合わせて歩き、彼女の背中を見ながら、その後につき従うのは決して不快ではなかった。

そうして、しばらく歩いた後、一つのショーウインドウを見ながら、遠坂は俺に声をかけてくる。

「そうそう、言い忘れてたけど……そのバッグは絶対に手放さないこと。引ったくりとかにあったら、地の果てまで追ってきなさいね」
「大げさだな、一体この中に何が入ってるんだ?」

商品を見ながら、振り向きもせずいう遠坂に、俺は苦笑して質問する。
それに対する遠坂の返答は――――予想外といえば、予想外。

「別に、大したものじゃないわ、福沢諭吉が30枚くらい入ってるだけよ」
「なっ……!」

その言葉に、俺は思わずバッグを取り落としそうになり……慌てて、両手で抱えなおした。
福沢諭吉が30枚……つまり大金が入っている。しかし、大した物じゃないって……。

「まぁ、それだけあれば、良い物もそろえれると思うけど」
「――――もしかして、俺に冷蔵庫とかタンスを運べって言うんじゃないだろうな?」

タンスとか冷蔵庫を運ぶ姿が脳裏に浮かび、俺はげんなりとした気分になった。
俺の、そのリアクションが悦に入ったのか、遠坂は否定もせずに――――

「まぁ、とりあえずお昼は奮発するから、がんばってね、衛宮君♪」

ニコニコ笑顔で振り返り、爽やかに言い切ったのでした。
そんなこんなで、遠坂とのデート……というか買い物の荷物持ちは、速やかに進行していく。

そうして昼過ぎ、あちこちと見て回った後、遠坂と俺は、目的の店についたのだった。


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