〜Another Seven Day〜
〜Another Seven Day〜
「では、これにて一学期の学業を終了する。各自、受験に備え、夏休みを過ごすように」
担任の葛木先生のその一言で、ホームルームはお開きとなった。
クラスのあちこちで、生徒の歓声が上がる。
「――――ふぅ」
俺は一つ息をつくと、椅子にもたれかかったまま、天井を仰いだ。
明日からは、夏休みに入る。去年まではバイト三昧の日々を送っていた夏休みだが、今回は勝手が違っていた。
「受験、か」
後半年もすれば、高校生も卒業。就職か大学に進学か、それとも――――
正義の味方を目指す、という当初の目的は変わってはいない。
ただ、それでも……そのためにどうしていいかは、未だに掴めずにいたのだった。
「衛宮君」
「っ、遠坂!?」
唐突な声にがたんっ、とバランスを崩して、椅子ごと倒れるのを何とかこらえ、俺は声をかけてきた彼女の方を向いた。
遠坂と同じクラスになって半年、今までお互いに学校では世間話をするようなことは無かった。
とはいえ、休日などの学校の無いときは、互いの家に行ったり一緒に出かけたりと、つかず離れずといった親友関係を続けてきた。
それが今日に限って、ニコニコ笑顔で話しかけてきたのである。
絶対何かある、というか……無いとおかしい。何をたくらんでるんですか、トオサカサン。
「明後日の約束、忘てないわよね」
「やく……そく……?」
唐突な言葉に、俺は首をひねる。心当たりは無いんだが……。
そんな俺に対し、遠坂は怒ることも無く――――
「なに言ってるの? 明後日の、私とのデートに決まってるじゃない」
などと、笑顔でとんでもないことをお言いになりやがりました。
きっかり、三秒の沈黙――――
『なにーーーっ!?』
クラスの男子全員の叫びが、見事に教室内に響き渡った。ちなみに、その男子の中には……当然、俺も含まれていたりする。
「き、貴様っ、どういうことか、遠坂凛!」
ブルブル震えて遠坂にそう質問したのは、生徒会長を未だに務めている柳洞一成だった。
その質問は、クラス全員の問いでもあった。で、対する遠坂はというと、
「どういうことって、聞いてのとおりだけど? 私と衛宮君がデートするの。明後日にね」
きょとん、とした顔で、心外そうにきっぱりと言う。
いやもお、なんというか居心地の悪さったら無かった。
一成は卒倒しそうになってるし、クラス中の男子から殺意のこもった目で見られているような気がする。
ほかのやつらにとっちゃ、遠坂はアイドルだからな。それも仕方ないんだが……。
「よく、泊まりで衛宮君の家に遊びにいくし、別にデートも珍しくないんだけど?」
「な、なんですと――――!?」
情け容赦ない遠坂の追い討ち。まぁ、泊まりったって、別に間違いが起こるわけじゃないし、藤ねえの許可もあるしな。
でも、なんだか女子にまで白い目で見られ始めたような気がする。
これはいわゆる、泥沼ってやつでしょうか……?
「はぁ……もういいだろ、帰るぞ、遠坂」
学生カバンに物を詰め込みながら、俺がそういうと、遠坂はちょっと驚いた顔をした後、
「うん」
と、本当に嬉しそうに頷いた。
学校を出て、珍しくも遠坂と一緒に、二人並んで帰路につくことになった。
教室を出るとき、「なぜだぁぁぁぁっ!?」という一成の絶叫が聞こえたような気がするが、気にしないでおくことにする。
頭のいい遠坂のことだ、明日から夏休みということもあり、クラスのやつらが手出しをできないのも計算の上なんだろう。
「しかしなぁ……何で、あんなこと言ったんだよ、遠坂?」
帰りの道を歩きながら、俺は遠坂に問いただす。
それに対し、遠坂はそれはそれは不機嫌そうに、唇をとがらせた。
「簡単に言うと、いいかげんにしろって気分だったから、ね」
「は?」
「進学にしても恋愛にしても、私に関係ないのに尋ねてくるのが最近多くって」
そういえば、数日前に三年の男子が遠坂に告白して玉砕したって聞いた。
なんかその男子は、ここ数日、学校に来ていないってことだけど……。
「『遠坂さんは、どんな大学に行くんですか? よければ一緒の大学に』って、行けるわけ無いじゃないの。まったく……」
「それって、ひょっとして数日前……男子生徒が、遠坂に告白したってやつか?」
「あ、なんだ、士郎の耳にも入ってたんだ?」
飄々とした表情で、遠坂はニヤリという感じの笑みを浮かべる。
大体それで、どんな事をしたのかわかり、俺は顔をしかめた。
「そうよ、こと細かく教えてやったわ。時計塔がどういう所か、ってのをね」
うわぁ、それは……カルチャーショックだろう。
平たく言えば、羨望の対象のアイドルが、いきなり原住民の生活について語りだしたようなものなんだから。
「で、そいつ、ショックで寝込んじゃったみたいね。まぁ、いい薬でしょ」
あははー、などと罪も無い笑顔でそんなことをおっしゃる、赤い悪魔。
その口ぶりから察するに、似たようなことを何度もやらかしているようである。
「あー…………つまりは、俺に卒業するまでの、虫除けになれってことか?」
「うん、士郎ってそういう所は察しがよくて助かるわ」
恐る恐る問うと、遠坂は天使も青ざめるような邪悪な笑みを浮かべる。まぁ、天使に不評な分、悪魔には絶賛されるだろうけど。
しかし、悪くは無いアイディアではあった。確かに、恋人がいるとなれば、男子のアプローチも激減するだろう。
まぁ、そういうことなら引き受けるのも悪くは無い。イリヤの件もあるし、遠坂には借りを返さなければと思っていたから、ちょうどいいだろう。
「しょうがないか、それはそうと、さっき教室で言っていたデートってのは……」
「ああ、当然するわよ。『明日』」
「……え?」
きっぱりと言い切った遠坂に、俺は小首をかしげた。
「荷物持ちが欲しかったのも本当だし、せっかくだから付き合ってよね」
「いや、それはいいけど、何で明日なんだ?」
さっきは、明後日って言ってたのに。
俺の質問に、遠坂は、あきれたように俺を見て……ため息一つ。む、なんか悔しいぞ。
「あのねぇ、状況を察しなさいよ。たとえば、よ。士郎に好きな娘がいて、その娘がほかの男とデートするといってたら、どうする?」
「……困る」
俺の答えが不正解だったのか、遠坂は心底あきれたような表情になった。
「そうじゃなくて、デートの邪魔をしようとか、そうでなくても、様子を見ようとするでしょう?」
「……ああ、そういうことか」
つまり、邪魔が入らないように教室ではわざと違う日にちを言ったのか。
なんというか、本当に抜け目の無い性格してるな。
「そういうこと、ほかに、質問や文句は? 今のうちなら受け付けるけど」
「……いや、べつにないさ。ま、それじゃ明日、デートってことで」
「うん、デート……デートなのよね」
何気にあらぬ方向を見て、ぶつぶつと呟く遠坂。
「ひょっとして、遠坂……照れてる?」
思わずそういったのが、運のつきだった。
「そっ……! んなわけないでしょバカ――――っ!」
ガンドの直撃をくらい、俺は吹っ飛んだ。教訓、禁句は時と場合を見て言いましょう。
……そんなわけで、明日は遠坂とデートをすることになった。
とりあえず、明日は遅れないようにしないとな。遠坂、時間にうるさそうだし。
戻る