〜Fate GoldenMoon〜 

〜Prologe〜



あの、激しく短かった冬から半年……今年の夏は、それはもう暑かった。
連日、近所では蝉が大合唱し、道路は逃げ水から発せられる、陽炎で揺らめいている。

「ふぅ、今日も暑くなるな……」

まだ日の昇らない明け方、暑さにため息をつきながら、俺はカレンダーをめくった。
自分の部屋にある、数少ない備品が、月の変わりを告げ、今日から八月になっていた。

高校三年の半年は、何事も無く過ぎ去っていった。
細かい日々の事件や、騒動は耐えなかったけど、それも今では想い出程度にしか記憶にとどまらなかった。

思い出すのは、今でも鮮明に思い出せる、彼女の姿だけ――――。



ため息を一つつき、俺は頭を振る。

終わったこと、過去にこだわるのは魔術師としては正しいと遠坂は言っていたが、これは未練のようなもの。
そういったものは、自分の中で区切りがついたと思ったが、それでも、一人になったとき、考えてしまうことがある。

特にここ数日は、思い出さざるをえないことが多かったこともある。

「ま、考えてても始まらないか。イリヤと藤ねえが来る前に、朝飯を作っとかないとな」

夏休みに入って一週間。さすがにこの時期、わざわざ早起きをする人間は少ない。
そんなわけで、衛宮家の朝食も、一時間ほど遅くとるようになっていた。


もっとも、桜は二日に一日は、いつもの時間に朝食を作りに来てくれるが……本人いわく、習慣のようになってしまったとか。

ただ、今日から数日は弓道部の合宿があるらしく、家には来れないという事だった。
暑さの残す朝の空気の中、部屋を出て居間に向かう。

縁側に出て、空を見上げる。すでに日の上った空は、雲ひとつ無い澄み渡った色を見せていた。


居間に入ると、そこには先客がいた。
寝巻きのまま、何をするでもなく、居間においてある扇風機の前に座り、その風にあたっている。

「何だ、起きてたのか」
「うむ、この暑さは我には堪えるのでな、ここで無いと落ち着かぬのだ」

どこと無くうんざりした口調で、そいつはそんなことを言った。
しかしまぁ、出会って数日たつが、いまだにこいつの性格は読めなかった。

彼女と違った意味で、浮世の雰囲気を持つというか、ただ単に世間ずれしているというか……。

「それはそうと、朝餉の用意を始めるのか? 今朝の品揃えを知りたいのだが」
「…………そうめんだよ。言っとくけど、変更は聞かないぞ。藤ねえが山ほど買い込んだからな」
「それは是非も無いな。あの女人は、何を考えているのか、皆目見当もつかぬしな」

エプロンを付けながら言う俺に、そんな風に応じながら、持っていた扇子で顔を仰ぐ。
その男――――ギルガメッシュは、出会って数日、すでに我が家に溶け込んでいた。

「とはいえ、手を抜くというわけではないだろう? 連日の調理を見れば、それくらいは予想がつく」
「まぁな。……基本的に好き嫌いは無いんだったな」
「うむ。不味い料理でなければ、文句など言いようが無いだろう?」

会話をしつつ、俺は冷蔵庫から野菜や剥き海老を取り出した。
今日は、そうめんの付け合せに天ぷらを付けることにしよう。

「それはそうと、今日も遠坂が昼ごろに来るからな」
「……あの女か」

包丁で野菜を切りながらそう言うと、背後の声が急に不機嫌そうになった。
なんでか、ギルガメッシュと遠坂は微妙に仲が悪かったりする。

「不機嫌になるなよな。遠坂は仲間なんだから」
「それはそうだが、なぜか我に突っかかってくるのでな。身に覚えは無いのだが」

それはそうだろう。半年前のギルガメッシュは、今、ここにいるギルガメッシュとは違う。
英霊は召喚される時、その時代にあった知識を得る。そうして、召喚を終えて戻るときに、記憶を失うのだ。

まぁ、厳密に言うと、もっと違うものなのかも知れないが、大まかにはそんなところである。
といっても、半年前の聖杯戦争のことを考えると、仲良くいこうというのも無理なのかもしれない。

まぁ、俺はマスターであるから、仲良くしなきゃいけないが、遠坂はそんな気はさらさないらしい。
……ただ単に、金ピカが気に入らないだけなのかもしれないが。

「ま、仲良くしろというのならそうしよう。我も、貴重な戦力を無下に扱いたくは無いからな」
「だから、仲間なんだって」

ため息をつき、俺は再度そう言う。
僅か半年。平穏な時期はそれだけの期間だった。

夏の盛り、引き起こされた一つの事件は、再び終わったと思っていたものを呼び覚ました。
七人の魔術師、七人の英霊。生き残るのは、ただ一人。



――――そう、聖杯戦争はまだ終わっていなかった。


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