〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜蝕む夜〜



車を走らせる。新都の町並みは夜半を過ぎてもなお明るく、完全な眠りにつくには今しばらくの時間を要するかのようだった。
時刻はすでに日付が変わろうとする時分……その日、残業を終えた彼女は、深山町の自宅へ戻るため、冬木大橋を渡っていた。

「ああ、もう……管理職っていうのはどうして、こうも面倒くさいことが多いのかしら」

ため息をつき、車を走らせる。今日はもう疲れた。早く家に帰ってシャワーを浴びて眠ろう。
一日の疲れを体中に感じながら、それでも事故の起こらないように周囲に気を配り、彼女は車を走らせる。

「…………ん?」

異変を察したのは、その時。視界の隅に何かをが横切ったのを見つけ、彼女は目をしばたかせた。
橋を渡り終えたところで道端に車を止め、彼女はさっき渡ってきた大橋を顧みた。未遠川にかかる勇壮な大橋。
巨大な橋の上で、なにやら二つの影がせわしなく動いているのが遠目に見えた。

「何かしら、あれ?」

新都より漏れる明かりをバックライトに、橋の上を何かが飛び交っている。人のようにも見えるが、スタントショーにしては場が違いすぎる。
なおも目を凝らしたその時である。不意に、彼女の前方が暗くなった。

「!?」

川が、波など起こるはずもない川が、一膨れに盛り上がると――――まるで水が津波のように、橋へと降りかかったのだ。

ドドドドドドドドドドォッ!

轟音が響き渡る。呆然とする彼女の目の前で、津波は橋に押し寄せ、それを飲み込んだ。
そして、波が過ぎ去った後、そこには……ぽっかりとした無謬の夜が開けた。眼前にあったはずの橋は、彼女の目の前から、忽然と消え去っていた。

「――――」

言葉もなく、立ち尽くす彼女。夏の生暖かい風が、彼女の首筋を撫でる。現実感のない光景。
そんな彼女の目の前、中ほどがポッカリと消失した橋の上を、一台の乗用車が走っていくのが見えた。そして――――、

「あっ……」

彼女が止める暇もなかった。まさか無くなっているとは夢にも思わなかったらしく、乗用車はブレーキもかけず、そのまま消失した部位より、川へと転落したのである。

「――――と、とにかく、警察、いや、救急車……!?」

慌てて、彼女は携帯電話を取り出した。幸か不幸か、彼女がこの事件を目撃したことにより、ここでの犠牲者は最小限に抑えられることになる。
しかし、夏は長い。新都の……そして深山町での惨劇はまだ始まったばかりだったのである――――。


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