〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜それは誰かの独白〜



小さいころ、もっとも鮮明に覚えているのは……まるで風船のように弾けた人の影。
皮膚の裏を針が這い回るような痛みを全身に感じながら、冷たい床の上に横たわり、私は呆然と……その光景を見つめていたのを覚えている。

「父……さん」

知らず知らず漏れた声。誰かが私のそばに屈みこんだ――――ひょろりとしたのっぽの、かかしのような影。
それを最後に、私の意識は冷たい針の寝床へと落ち込んでいったのである。



十年後……



「ただいま、母さん」
「ああ……お帰り、ヒルダ」

大学での講義を終え、家に戻った私は母さんに声をかけると、部屋に戻った。
鞄を床の上に放り出すと、私はベッドに横たわった。フローリングの床と、硝子の窓、殺風景な部屋が私の部屋。
窓の外には、一本の木が雄々しく生え渡り、四季折々の変化を見せている。新芽が芽吹き、花が咲き――――そして、今は常葉……夏の訪れを示していた。

「…………」

白色の天井を見上げながら、私は鼻を鳴らして空気を吸う。吸った空気には何の匂いも感じられなかった。
味気ない生活。味もにおいも感じられない日々は、私の心に渇きしかもたらさなかった。
部屋においてあった縫い包みを胸に抱き、私は大きく深呼吸する。乾いた心を落ち着けるには、手に触れるぬくもりにすがるのが一番だった。
家族以外の人付き合いなどした事のない私にとっては、ふれあいの相手は自然、縫い包みや動物などに限られていたのだけれど。

特にすべき事もないので、私は部屋を出て、母さんのいる台所に向かった。



木製の戸を引いて、部屋の中をのぞいてみる。この時間、母さんはいつも、台所で料理を始める。
お気に入りの、桃色の地に藍色の文様の描かれたエプロンをつけ、身内の私から見ても惚れ惚れとするような手つきで、母さんは料理を続ける。
父さんが居なくなってから十年…………それだけの年月が経ってなお、母さんは若々しく、私よりも断然美しかった。

「母さん、何かすることはある?」
「ああ、今は特にないよ。そこに座って……今、紅茶を入れるからね」

母さんに勧められるまま、食卓につく。そこでふと、テーブルの上に置いてある便箋に目が向いた。
手にとって見る。そこには、達筆めいた自宅の住所が書かれており、封が破られていた。便箋の中にある手紙を取り出してみる。

そこには、古めかしい便箋とは裏腹に、シンプルな手紙が一枚入っているだけだった。

「アインツベルンの――――招待状?」
「ああ、それね……どうも本家のほうで魔術師を急募しているらしいわよ。ま、私達には関係ないからねぇ」

淡々とした口調で、母さんは料理を続けた。内容にざっと目を通してみる。
どうやら、急を察する事情のため、魔術師の選抜試験を行うらしい。場所は――――、



「…………ん?」
「――――目が覚めたか」

目を開けると、憮然とした表情の彼――――ベッドの傍らに立って私を見下ろしているのは銀色の髪の男の人。
どうやら、知らず知らずのうちに眠ってしまったらしい。バラバラのピースをたどるように、記憶を思い起こす。

「昔の、夢を見ていました……」
「そうか」

深く聞こうとはせず、ただ何をするわけでもなく、シグは、私の頭を撫でてくれた。
誰かがそばに居るのが、安心できると知ったのは少し前のこと。私は微笑みながら、そのまどろみに身をゆだねながら浅い眠りに再び沈んでいった。


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