〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜それは誰かの独白〜



身体という物質の檻から開放されることが、どういうことか……。
それはまぁ、実際に体験しないと分からないだろう。簡潔に言うと、身体が雲になったような感覚。
触れれば凹み、崩れ、形を成して行けない危うさ……最も、ここに在るのは自分という魂だけだから、そんな事はないのだけれど。

手も髪も耳も肌も――――物を見るための瞳も、それを覆い隠す瞼もなく、ただ俺はそこにあった。
俺は、この場所から動けない。黒い檻に取り込まれたあと、気がついたら俺はここにいたのだ。
俺の周囲……どれくらいの距離にあるかわからないが、まるで卵の殻のように、俺の魂を妙な膜が包んでいるのが不思議と分かった。

不思議と、黒い虚空は穏やかで、半年前に触れたことのある黒い泥とは明らかに違っていた。
呪いの言葉や怨嗟の声は聞こえず、まるで母の胎内のように、俺を穏やかに包み込んでいる。

――――シロウ

どこからか、懐かしい声が聞こえてきた。見えない瞳の先、黒い鎧に包んだ少女が、俺を見つめている。
俺は声を発することも、彼女に触れることもできず、ただその場を漂っていた。

――――シロウ、私は……

それでも、彼女はそこに俺がいることを、不思議と理解していたようだった。
卵の殻の縁に手を当て、外の世界の彼女は、懺悔するように俯き、言葉を続ける。

――――シロウ、私は……醒めない夢を見ているのです。

それが、どういった意味かは分からない。ただ俺は、その言葉を聞いたとき…………泣き出してしまいそうな遣る瀬無さを胸のうちに感じていた。
それから、どれくらいの時が経ったか――――気がつくと、そこには彼女はもういなかった。
代りに居たのは、黒い外套の――――女。彼女は俺を見つめ、一つ溜め息をつくと、その場から立ち去った。

人は、身体で時を計る。身を持たない俺は、今まで起きた出来事が、いつ起こったものか理解できなくなっていた。
数日前か、数秒前か、数年後か――――世界と切り離された俺は、なすすべなくその場を漂っていた。
忘れないうちに、思い出しておこう……俺の名は――――エ・ミ・ヤ・シ・ロ・ウ・だ――――……


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