〜Fate A Bond of Bluish Purple〜
〜紫金色の征服王〜
「さて、ジャネット。とりあえず、相手がまだ気絶してるか、調べてちょうだい」
「了解、マスター」
私の命令に、ジャネットはうなづくと、いまだに倒れている二人へと忍び寄った。
ランサーとの戦いや、見知らぬ黒衣の青年との一騒動で、結構な騒音を周囲に蒔き散らかしていた。
ひょっとしたら、もう起きているかもしれないという事もあり、確認は慎重に行わなければならない。
ジャネットは手早く、しかし何かがあったらすぐに動けるように、中腰で倒れている異邦人のそばへと屈む。
そして、私の方を見て、聞こえるぎりぎりの大きさの声で、語りかけてきた。
「……大丈夫、二人とも眠っているようです」
「そう、それじゃあとりあえず、マスターだけ確保してきて」
いまだ気絶していることにホッとして、私はジャネットに、マスターを連れてくるように命じた。
基本的に、マスターさえ抑えれば聖杯戦争は有利にことが運べるのだ。マスターにこの世に現像させてもらっている英霊にとって、マスター以上の人質はいない。
もっとも、英霊の中には、マスター自身に平然と攻撃を仕掛けるやつもいたと、過去の文献には書いてあってけれど。
私の言葉にうなづくと、ジャネットは気絶している二人のうち、小柄な少年を引っぺがすとこちらへと小走りに駆け寄ってきた。
どちらが英霊かの判別は、するまでもない。紫色の髪の少女からは、おびただしい魔力が周囲にまかれていたからだ。
ともすればそれは、あのセイバーに匹敵する位の許容量である。格からしても、かなりの英霊であることが見て取れた。
「どうぞ、まだ眠っているとはいえ、十分に注意してください」
「ありがと、ジャネット」
恭しく差し出す小柄な体を、ジャネットから受け取る。小学生くらいの小柄な身体。
服装からして少年かと思ったけど、よくよくみると、女の子かもしれない。整った顔立ちは、少女と呼んでも差し支えないほどだった。
「ん、う……」
と、少年を引っぺがされたせいか、はたまた異変を感じたせいなのか、地面に倒れている少女が、うめき声をあげて、身じろぎをした。
ジャネットが武器を構え、様子をうかがう。私はイリヤと共に、気絶した少年を小脇に抱えながら……ジャネットに庇われながら、少女が身を起こすのを見る。
少女は頭が痛むのか、数回首を振ると、はっ、とした表情で自分の両腕に視線を落とした。先ほどまで抱きかかえていた少年がいないのに気づいたようだ。
「亜綺羅……!?」
「気がついたかしら」
私が声をかけると、少女はびくっと、どこかおびえたような表情を見せ、私のほうを見る。
だが、その表情は私の抱えている少年を確認したとたん、気丈なものへと変化した。彼女はキッと毅然とした表情で私を睨んできた。
「あなたたち、何者なの!? 亜綺羅を離しなさいっ!」
「落ち着いて、別にこの子をとって喰おうってわけじゃないわ」
にこやかに笑みを浮かべて語りかけると、英霊の女の子は、ぐ、と黙り込んで、警戒するように私を見つめてきた。
気丈に振舞っているが、どこか純粋な少年のような瞳は……まっすぐに、こちらに向けられている。
「あなた達も聖杯戦争の参加者でしょ? ちょっと話がしてみたいと思って。大体、殺すのならあなた達が気絶してる時にできたはずよ」
「…………」
私の話を聞いてか聞かずか、少女はジリ、と膝を曲げ、腰を落とす。いつでも動けるような中腰の構えを取った。
それを見て、ジャネットも剣を構えなおす。緊迫感を伴った空気が流れ出したが……私はそれに付き合う気はさらさなかった。
よっ、と抱きかかえた少年を背中に負ぶる。本当はこういう力仕事はしたくないけど、ほかに適任はいない。
「ともかく、一度、衛宮君の屋敷に戻るとしましょうか。イリヤ、行きましょ」
「え、でも……あれを放っておいて良いの?」
戸惑ったように声を上げるイリヤ。あれとは当然、英霊の女の子である。私はパタパタと手を振り、言い放つ。
「大丈夫よ、ジャネットが見てくれてるし、こうやってマスターに密着してる分には、向こうも無茶な真似はできないわよ」
「…………」
「そうそう、私からこの子を引っぺがして逃げるのはかまわないけど、さっきまであなたを追ってた奴がまだ周りをうろついてるかもしれないわ」
「……ぅ」
沈黙していた女の子だが、私の言葉に警戒したように周囲に視線を巡らす。無論、周囲が安全なのはジャネットに確認済みだ。
とはいえ、相手にはそれを察知することは不可能らしく、私の虚構を真に受けているようである。
「ついて来るか来ないかはそっちの勝手だけど……今は、集団行動をしたほうが良いと思うわよ」
それだけ言うと、私は男の子を負ぶったまま、イリヤを連れて――――海浜公園から町の中心街へと続く道を歩き出した。
肩越しに振り向くと、数歩遅れて続くジャネットの後ろに、半信半疑の表情で紫色の髪の少女が、私たちを追って歩いてくるのが見えた。
交差点を通り、衛宮邸へと続く道を歩く。周囲には人影はなく、夏の気だるい空気が周囲を支配していた。
私を先頭に、後ろには、イリヤとジャネット。そして、英霊の女の子がつかず離れず続く。
「ん……ぅ」
と、私の背中から、むずがるような声が聞こえてきた。どうやら、件の男の子が目を覚ましたようである。
さて、どうするか……小さいとはいえイリヤという前例もあるから、油断は禁物である。
私は、何かあったら直ぐに動けるようにと、周囲に目配せをしながら、男の子に話し掛けた。
「目がさめた?」
「あ……? あなた達は?」
「私は、あなた達と同じ者よ言っておくけど、今は敵じゃないわ。ちょっと話しがしたいと思って、追われているあなた達を助けたの」
いったいこの少年がどう出るか、警戒するか、私に攻撃を仕掛けてくるか、逃げようとするか――――だけど、少年のとった行動は、どの予想とも違っていた。
「そうですか……助けてくれて、ありがとうございます。僕は、美和亜綺羅といいます」
「――――遠坂凛よ。宜しくね」
こっちを微塵も疑ってない声。なんと言うかそれは、魔術師にしては警戒心のかけらもない声だった。
なんとなく、いまは行方知れずの相棒を思い出して、私は思わず名乗り返していた。
「亜綺羅、和んでいる場合じゃないでしょ!?」
と、列の最後方に居た女の子が、そんな様子を見かねてか、思わず声を上げていた。
その声に聞き覚えがあったのか、私に背負われたまま、男の子は肩越しに振り向いて、女の子の姿を見つけたらしい。
「あれ、イスカさん? どうしたんですか、そんな所に――――」
「イスカ…………イスカって――――紫金のイスカンダル?」
その時、亜綺羅の言葉を聞きとがめ、そう声を上げたのはイリヤである。その効果は絶大だった。
「はぅっ!?」
イスカと呼ばれた英霊の女の子は、心底驚いたような顔でイリヤを見る。どうやらその呼び名は正しかったらしい。
……イスカンダルの名は、私も聞いたことがある……アーサー王に匹敵する西欧の英雄。
目の前の少女がその名を冠しているとは……なんと言うか、意外であると思わざるを得なかったのであった――――。
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