〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜激突〜



「…………」

明確なイメージを想起させる。攻防の一手、相手の攻撃速度、反応速度…………それらを参考に、勝利のための一手を考える。
それは、詰め将棋と似ている。正確な詰みの一手に至る道は少なく、一歩でも違えればそこで終い。
バーサーカー戦のように練り上げる時間がない為、即興で勝利への方法を模索しなければならないのがつらい。

私たちは脆弱な魔術師。特定の状況を除き、英霊に対抗しえる手は数少ないのだ。
ともあれ、相手に先手を取らせるわけには行かない。先にこちらからしかけるっ……!

「ジャネット、ゴーっ……!」
「了解、マスター!」

私の命に沿い、ジャネットがランサーに向かって突進する。繰り出される槍の穂先を身をひねってかわし、懐に飛び込む。
ひゅう、と感心したように口笛を吹き、ジャネットを見定めるようにランサーは退く。
それを逃さぬとばかりにジャネットはさらに間合いを詰め、ランサーに向け、刃を振り下ろす……!
がきっ、という音とともに、ジャネットの刃が、ランサーの槍の柄に受け止められていた。

「ぐっ…………!」
「軽いな…………それじゃあ百年たっても俺を押し切れんぜ」
「何だと――――…………なっ!?」

全体重を込め押し切ろうかというジャネット。しかしランサーは、そのまま、その場でくるりと回った。
流れるように、ジャネットの剣を支点に、体重を移動。ジャネットの刃を受け流し、無防備になった背中に柄尻を食らわせた!

「くぁっ!?」

刃の無い方とはいえ、その威力は相当なもの。ジャネットは吹き飛ばされ、二転三転し――――幸い、ダメージは少なかったのか、すぐに起き上がった。
しかし、まずい――――英霊としての格がどうとか言う以前に、ジャネットとランサーでは実力差が明白だった。
ともかく牽制……私は宝石の魔力を開放し、ランサーに向かって放つ……!

『五大元素……氷系の第一系統、開放!』

氷の礫が、ランサーに向かう! いくらランサーでも、まともに食らえば少しは――――、

「――――はっ」

ただ、一言。呆れたようにため息をついただけで、私が放った魔術は、ランサーの周囲で『蒸発した』。
ランサーの周りには、いつの間にか、陽炎のような熱が、生まれていたのである。たしか、ランサーのあざ名は……『炎の戦士・クーフーリン』

「阿呆か、炎のルーンを使える俺に、この程度の氷じゃ、そよ風にもならんぜ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「それに、いくら研鑽を積んでも、この程度じゃ俺が本気を出すまでも無い」

ジャネットが斬りかかるが、ランサーはその攻撃を軽くあしらう。完全に、遊ばれている。いや、遊びにもなっていない。
いくら私たちが攻撃しても、それを凌ぎきる技術と自信が、目の前の男にはあった。
――――こんなのを、私は相手していたのか……一般に考えれば間違いなく、相当の強さをランサーは持っていた。
それを過小評価していたのは、ヘラクレスを倒したという過去の実績があったからかもしれない。

私は、馬鹿だ。ヘラクレスを倒した時だって、アーチャーが命をかけ、士郎とセイバーが必死に戦ったから、奇跡的に勝てたのだ。
だというのに、私は結果だけを見て、肝心のそれに気づこうとはしなかった。本当に、肝心のところでよく見誤る自分が、いやになる。

「マスター……」

声が聞こえ、私はハッと、そちらを見た。そこにはジャネット。彼女は何度倒されようとも、気丈にもランサーに向かっていった。
しかし、分かってしまった、今のままでは、彼女はランサーに勝てはしない。しかし、ならどうすれば……答えは、一向に出ようとはしなかった。



「ふん、馬鹿ばかしい」

それは、勝ち目の無い戦闘を始め、しばらく経った頃だった。何度か数えるのも馬鹿馬鹿しくなった、ジャネットの攻撃をいなし、ランサーは彼女を弾き飛ばす。
そしてその後、ランサーは槍をいずこかにしまうと、くるりと背を向けたのである。

「なっ、どうしたというのだ、貴様……!」
「どうした、じゃねえよ。分からんのか、そっちの嬢ちゃんは分かったのか、しばらく前から手を出してこなかったぞ」

憤るジャネットに、ランサーは冷たく言い捨てた。ジャネットはこちらを向く、私は自らそれを宣言する気にもなれず、沈黙していた。
私の代わりに、ジャネットに冷たい宣告を放ったのは、他ならぬランサーだった。

「要するに、お前らは弱すぎるんだよ。強いやつとの戦いなら愉しみってのがあるが、ここまで差がつくと弱いものいじめをしてる気にしかならん」
「――――っ!」

ぎり、とジャネットが奥歯をかみ締める音が、海浜公園に響く。ここにいたって彼女も、やっと理解したのだろう。
相手が未だ、どれほど力を隠しているかも分からないほど、手を抜かれていたことが。

「じゃあな。次に喧嘩を売るときは、もうちっとましな腕になってからにするんだな」

そういうと、ランサーは背を向けて歩き去っていく。どうやら気が抜けたのか、地面に転がってる謎の二人組みもほったらかしである。
私は悔しさを感じながらも、内心でほっと胸をなでおろしていた。ともかく、これで無事に帰れる、と。しかし、

「まてっ、逃げるのか、戦え、卑怯ものっ……!」

ジャネットの続けてはなった一言が――――、

「敵に背を向け、侮辱するとは…………犬畜生にも劣る所業だぞ、貴様ぁっ!」

状況を一変させるとは、思っていなかった。



「――――貴様、今、なんて言った」
「!?」

ぴたり、とランサーの動きが止まる。その背から、言いようのない威圧感が漂ってきているのが分かったのか、ジャネットは硬直する。
ゆらり、と振り向くランサーの目は、今までとは違う、獰猛な獣の目。その手には、すでに真紅の槍が握られていた。
最悪の展開が起こったことが分かる。なぜだから分からないが、ジャネットは相手の逆鱗に触れたのだ。
このままでは――――、

「ジャネット、逃げ――――」

言葉にできたのは、そこまでだった。俊敏な獣のような身のこなしは、怒りに身を任せても健在であり、ランサーは一息に、ジャネットとの間合いを詰める。
ジャネットは、突進してくるランサーの気迫に飲まれたのか、身動きひとつ取れない。そして、無慈悲な刃が、彼女の頭を貫き通す――――。

がぎっ!


「!」
「えっ!?」

貫き通す寸前、その場に飛び込んでいた何者かが、その刃をはじいた。ジャネットの額の中心を狙った刃は、紙一重で彼女の顔の横をすり抜ける。
ランサーは怒りに、ジャネットは戸惑いを持って、その場に飛び込んできた相手を見つめる。

「アーチャー……?」

遠目にその姿を見て、私は思わずつぶやく。見慣れた格好。遠目にも分かる特徴的な外套。
月明かりを浴びているはずなのに、なぜかその時……私には、その外套が真っ黒な闇夜の黒色として映っていたのである。

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