〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜震える夜〜



じ、じ……蝉の音が疎らになり、外の景色は夕方から夜になる。
結局、昼からこの時間まで衛宮君の屋敷にいたのだが、金ぴかの英霊も衛宮君も帰ってこなかった。

「――――」
「イリヤ、ご飯できたわよ」
「あ…………うん」

食欲の少なくなる夏場とはいえ、さすがに夜もかなり回ればお腹が空く。
しょうがないので、冷蔵庫の中身を拝借して、衛宮君から直伝の、即席炒飯などを作ってみた。
厨房からイリヤを呼ぶと、外を見ていたイリヤは、どこか硬い表情で返事をした。

…………まぁ、しょうがないのかもしれない。もとより私とイリヤの関係は、衛宮君という緩衝材があってこそ成り立っていたのだ。
生粋の魔術師同士というのは、互いに干渉しあう存在ではない。型破りな衛宮君こそが異端であり、だからこそ、私たちは彼に惹かれてここに集ったのだろう。
あとは、藤村先生か。彼女も、日々の生活の象徴というか、衛宮邸になくてはならない存在なのだろう。
――――衛宮君と藤村先生。今夜はまだ、二人とも屋敷には帰ってこなかった。



イリヤとジャネット、私と三人で食卓を囲む。普段は闊達なイリヤはあまりしゃべらず、ジャネットは寡黙であり、私もなんとなく、場の雰囲気に飲まれて言葉が出てこなかった。
気まずい、というわけではないが、なんとなく居心地が悪い夕食が終わり、私は台所で食器を洗いはじめた。

「――――ったく、どこをほっつき歩いてるのかしら……早く帰ってきてよね」

思わず愚痴がこぼれたが、聞かせる相手もいないのでは、それも空回り気味になる。ため息をつき、私は洗った皿を水切り棚に立てかけた。
居間では、ジャネットとイリヤが思い思いに座り、それぞれ時間をつぶしていた。一息つけようと、台所から居間に戻ったときである。

RRRR…………

廊下に据え付けてある電話が音を立てた。とたんに、イリヤがぱっと表情を輝かせて立ち上がる。

「シロウからだわっ!」

イリヤは脱兎のごとく駆け足で、廊下に飛び出していった。なんだかんだ言って、無理をしてたんだろう。
私はジャネットと苦笑を交し合う。ジャネットもホッとしたような表情を浮かべていた。
様子を見ようと、廊下に出る。イリヤは受話器を手にとって、なにやら話しているようだ。

「ぁ――――タイガ? どうしたの……え、うん…………そうなの」

遠目に見ていてなにやら様子がおかしい。弾んでいた表情のイリヤがまたさっきみたいに、元気のない顔になってしまった。
しばらく話していると、イリヤはどこか欝気味の表情で、受話器を置いた。なんとなく見ていられなくて、私はイリヤに声を掛ける。

「誰だったの、士郎から?」
「――――ううん、タイガよ。何か用事があって、今日は戻れないって……別に平気よ、慣れてるもの」

そういって、イリヤは淡く微笑を浮かべる。それはとても寂しそうで、私はそれを見て、なんとなく腹が立った。
まったく、こんなになるまで放っておいて……家政夫失格よ、衛宮君……!

「そう、それじゃあ心置きなく出かけれるわね。イリヤも準備しなさい」
「え、準備って……?」
「決まってるわ。夜の街を巡回するの。ついでに、どこかで油売ってる士郎を、引きずって連れ帰りましょう」

私の言葉に、イリヤはポカンとした表情になるが、すぐに顔を輝かせた。

「――――ま、士郎とは協力するって約束したようなものだし、ついでよ、ついで」
「うん、いきましょう。早く準備してね、リン!」

なんとなく照れくさくて、言い訳めいたことを言うが、イリヤの方は衛宮君に会いにいくことで頭がいっぱいのようだ。
今までのしおしお感が嘘のように、彼女は身を翻し、廊下を駆けていった。

「――――ふぅ、敵わないわね」

その呟きは、無作為で奔放な表情を見せるイリヤにあてたものか、イリヤにそんな表情をさせる原因となった衛宮君に対してか……。
私自身、その呟きに込められる意味は、理解しきれないでいたのだった。



武家屋敷を出て、交差点を通り、私とイリヤ、ジャネットの3人は最寄の商店街へと立ち寄った。
まだ衛宮君がいるとも思えなかったけど、買い物に行ったということは、少なくとも商店街に立ち寄っているはずである。
そういうわけで、ジャネットをイリヤの護衛に残し、私は商店街の探索を開始した。

幸い、情報はそこかしこに転がっていた。だけど――――、

「お待たせ、イリヤ、ジャネット」

買い物袋を提げ、イリヤたちの待つ公園に戻ったのは十数分たってのことだった。
イリヤは公園のベンチに腰掛け、ジャネットはその傍らに立って、周囲を警戒しているようだった。

「お帰りなさい、マスター」
「どうだった、シロウはいたの?」

ベンチから立ち上がるイリヤに頭を降って、私は買い物袋からアイスを取り出して手渡した。
ちなみに情報収集の合間に、食料召集を行ったのは、情報を集めやすくするためと、勝手に使った分の食料は戻しておくのが暗黙の了解だったのだ。

ジャネットにもアイスを手渡して、私も自分の分を取り出し、ベンチに座って小休止する。

「駄目ね。士郎を見たって人は何人かいたけど、みんな昼くらいの時で、夕方から夜には見ていないって」
「そうなの」
「うん、この界隈にはいないみたいね……ジャネット、士郎の事、察知できる?」

類まれな察知能力を持つジャネットに聞いてみるが、ジャネットはアイスを口にくわえたまま、首を振る。
アイスを一息に食べ終わると、ジャネットは目を細めて夜空を見上げ、独り言を言うように呟いた。

「駄目ですね、私の能力は、範囲は広いですが、個人を特定するのには不向きです。それらしい視点は獲得できていません」
「ん…………そう。やっぱり、この付近にはいないか」

それでなくとも近場の商店街。何かがあったら、少しは異常を感じるはずである。それがないということは、商店街付近には何もないのだろう。
そうすると、衛宮君はどこに向かったのだろうか。私の家の方か、学校、柳洞寺……それに、新都方面ということも考えられる。

「ん…………ちゅぷ、ちゅぱ」

イリヤは嬉しそうにアイスを頬張っている。何気に無邪気なその様子に、頬が緩みそうになったが、そんな場合でもなかった。
これからどこに向かうべきか……聖杯戦争も始まっているだろうこの状況……危険と安全のラインを、しっかりと弁えるべきであった。



小休止をとった後、私たちは交差点へ戻り、今度はそこから東へむかった。行く先は、新都方面。
なんとなく、深山町には衛宮君はいないのではないかと、漠然とした予感があった。そのため、行く先は東方に絞られたのである。
しばらく歩き、冬木大橋を望める、海浜公園にたどり着いた。先日の事件のせいか、このあたりに人気はない。

ふと、夜の未遠川に掛かる、大きな橋に目がいった。先週、深山町と新都とを何度も往復した橋。
印象に残っているのは、先週の衛宮君とのデートの時……二人で話した話題はとりとめも無い話だったけど、楽しいものだった。
そのことを思い返し、ふと、穏やかな気持ちになったその時である。ジャネットが険しい顔で、私の前に進み出た。
彼女は私に背を向け、冬木大橋方面に向かって剣を構える。

「マスター、気をつけてください。何かが、川を渡ってこちらへと――――きますっ!」
「!?」

どごんっ


ジャネットの声がしたかと思うと、空気が震えた。夜の公園に爆発とともに、爆風が吹き荒れる!
私はとっさに、そばにいたイリヤを抱え、地面に転がった。爆風は一瞬で過ぎ去り、また公園には静寂が戻る。

「っ――――、敵!?」

敵だとすれば、悠長に寝転がってはいられない。私はすぐさま身を起こし――――動きをとめた。
私たちが倒れていた目と鼻の先に、一人の小柄な子供が転がっていたからだ。いや、それは私と年端もかわらない少女。
彼女は、私と似たように、一人の……自らよりもなお、小さな少年を抱きしめて、倒れている。そのあちこちには、爆発によって出来たと思われる擦り傷があった。
おそらくは、彼女は英霊なのだろう。抱えている少年は、マスターか……だとすると、彼女たちに攻撃を仕掛けてきた相手がいる……!

「ったく、手間取らせやがって。大人しく捕まっとけってんだよ」
「……な」

私の前に、もう一人、英霊が姿をあらわした。おそらくは、先ほどの爆発を起こした張本人。
そちらへと視線を向け、私は口をぽかんと開けた。それは、見知った相手との、意外すぎる再会だったからだ。

「ん――――おお、嬢ちゃんじゃねえか。あの赤いのは、一緒じゃないのか?」

蒼い騎士、ランサー……意外なところであったその英霊は、呆然とする私に、追い討ちをかけるように、妙なことを言ってきたのである。

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