〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜白の聖杯、黒の器〜



『魂の容、魂魄の器――――、冥府に聳える木々の実を、天上に咲く知恵の実を』

朗々として、何かを謳いあげるかのように、聞きなれない言葉が長身の魔術師より詠み上げられる。
桜は宙に身を横たえられ、唄声が響くたび、その身を宙へと吊り上げられる。
黒き塔――――そんな言葉が形容されるかのように見える巨大な祭壇が、唸りを上げる。

『かつての神話の礎……不死の豚、黄金の林檎、様々な奇跡を太源せし渦よ、今一度その姿をここに』

大聖杯の上空に、漆黒の渦が生まれ、それが開き始める。それは、強大な魔力の渦。
ここではない、様々な果てより生まれる、魔力。だが、それはいまや、漆黒に汚染されていた。
それは、半年前のあの時と同じ――――触れたものを喰らい、溶かす生きた呪いそのものだった。

「はっ!」

そのとき、俺の隣にいた少年が、地をける。少年は人間離れした身のこなしで、少年は大聖杯の祭壇を駆け上り、軽業師のように宙に身を躍らせる。
その身を守護するのは、五本の光槍。彼は手に持った槍の穂先を、漆黒の孔へと向け――――。

「轟く五星!」(ブリューナク)

五本の光が、漆黒の孔へと飲み込まれ……一瞬、漆黒の孔を眩く白色に染め上げるが、すぐに黒へと戻る。
しかし、少年の攻撃はそれでは終わらなかった。彼は果敢にも、漆黒の孔へと飛ぶ。
漆黒の孔から、得体の知れない呻き声があがった。それは、講の中に潜む何かの上げる、うめき声のように俺は思えた。

「さすがに、普通じゃ届かないか……けど、これなら――――!」

少年のその言葉とともに、少年の周囲に再び浮かんだ光の槍が……少年の腕へと集積する。
それは、すでに槍を持った腕とはいえなかった。槍ごと、光に包まれたそれは、言うなればまさに、光の腕――――!

「往けっ……貫きし者――――!!」(ブリューナク)

その言葉とともに、少年の腕が伸び、聖杯の孔へと突き刺さる! 漆黒の孔へと突き立ち、斬り裂く光の腕、だが……!
それを本能的に危険と感じたのだろうか、漆黒の項から黒い触手が、光の腕に絡みつき、取り込もうと這い上がる!
光の腕自体は、漆黒の触手に取り込まれることもなく、その形を維持している。だが、伸びる触手は腕を這い登り、少年の本体へと近づいていった。

少年本体を取り込む気か――――?

「くっ、まだ……あと少しっ……!」

光の腕を伝い、自らへと這い進んでくる黒い触手に、少年の表情は険しくなる。あれに触れれば、ただでは済まないことを理解しているのだろう。
あせりの声を上げながら、それでも少年は動かない。何かを待っているのか、宙に浮いていた少年の身体に黒い触手が襲いかかろうとした刹那――――!

「ここだっ!」

少年は身を翻す。光に包まれていた腕は、光の中より引き抜かれ、間一髪、触手から身をかわし、地面に落下する。
黒い触手は、その場にとどまった腕の形の、光を這い回る。目がないため、少年が逃げたことに気づかなかったようだ。

「楔は打った。後は伝うだけだ……! これで……」

少年の言葉に命じられるように、光が動く。まるで、伸びきったゴムが戻るように、それは――――

「終わりだっ!」

光速の速さを持って、孔の内部を一直線に貫き通す! それはまさに、一本の永い光の槍。その向かう先は、聖杯の孔の果て。
先ほどとは違い、それは明確な白洸を放ち、大聖杯を純白に染め上げる――――!



――――――――!!



声なき声が、その場に響いたように聞こえ――――それを最後に、聖杯の孔は純白に染め上げられていた。
あの、触れただけで見も心も溶かすような気味の悪さはない。おそらくこれが、聖杯のあるべき姿なのだと、俺は不思議と納得していた。

「何とか、なったみたいだね……聖杯が完全に開ききるまでの一瞬が勝負だったけど」

苦笑し、少年は身を起こした。パンパンと、身体についたほこりを払いながら、少年は聖杯の祭壇へと顔を向ける。
そちらにはライダーと、アサシン、それに、長身の魔術師エリンの姿があった。

「これで良いんでしょ、エリン。アンリ――――何とかってのは居なくなったんだよね」
「ああ、さすがに、異なる異空の底へと身を潜めていても、長き腕からは逃れなかったようだな」

エリンは肩をすくめ、大聖杯と呼ばれる祭壇を見上げる。いびつな塔の上には純白の孔と、そばに浮かぶ桜――――って、

「おい、いつまで桜をああしておく気なんだ!? それに、何で桜が聖杯の孔を開けることが出来るんだよ!?」

確か、聖杯の器ってのは誰でも出来るものじゃなかったはずだ。イリヤは孔を開けることが出来るのは分かってたけど。
俺の言葉に、その場に居た全員がこっちを見た。多様な英霊に視線を向けられ、さすがに落ち着かない。

「ああ、そうだね。あまり桜姉さんに無茶させちゃ悪いし、エリンも別にかまわないでしょ?」
「そうだな――――とりあえず、孔を開ける実験は成功した。後は他の器を探すくらいか」

意外にもあっさりと、俺の言葉は聞き入れられ、俺は逆に狐につままれたような気持ちになった。
そういえばさっきも、この少年はアーチャーから俺をかばってくれた、口ぶりから察するに、俺のことを知ってるみたいだけど……。

「お前、いったい何者だ?」
「――――」

俺の質問に、少年は薄く笑みを浮かべただけ。どうやら答えをいうのを嫌がるというよりも、俺が何かに気づくのを待っているような雰囲気だった。
俺は、少年が誰なのか、ここ最近の記憶から思い起こそうと頭をひねる。だが……



セン――――――――パイ



ぞくりと、なまめかしい呟きが、頭上から聞こえた。背筋が寒くなるような感覚と同時に、その場に居た全員が頭上を見上げると――――。
純白の色が、まるでグラデーションのように滑らかに、黒へと変わる聖杯の孔がそこに見えた。

「なっ……エリン、どういうことだよ、これは!?」
「ふむ、どうやら聖杯自体は正常に戻ったが、器となったあの娘自体が、先ほどのアンリマユと似たような性質の代物だったらしいな」

見事に聖杯の孔が同調している。などと、長身の魔術師がそういったとき、どろりとしたものが、聖杯の孔の淵よりあふれ出るのが見えた。
それは、見覚えのあるもの。黒い色の聖なる液体。触れれば喰われる、危険極まりないものだった。

「エリン、この場から離れて……! アサシン、いくよっ!」

アサシンの返答も聞かずに、少年は大聖杯に背を向け、駆け出す。この場から逃げるつもりのようだ。
それを見て、アサシンも少年の後を追う。それを視界の隅に捉えながら、俺はなおも頭上を見上げていた。
宙に貼り付けにされた桜を、どうやって救おうかと、思っていたそのとき、不思議と――――



セン――――――――パイ



宙に浮いた桜と、目が合ったように思えた。しかし、それを確認する間もなく、俺の視界全部が、漆黒に覆われる。
聖杯の孔から溢れた禍々しい液体が、俺の身体めがけ、降り注いできたのだ。

「危ない……逃げなさい、士郎!」

アサシンの監視が無くなって、自由を取り戻したライダーが駆け寄ってくる。だが、それも間に合わず――――、
俺の身体は、漆黒の液体へと飲み込まれる。すぐに、身体の感覚が失われていくるのが分かった。
最後に覚えていることは、俺の身体に最後に触れた、ライダーの滑らかな髪の感触と――――漆黒の闇の中、やさしく微笑む桜の姿だった。



……BAD END。

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