〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜神々の森〜



「さて、ようやく捕まえることができたよ、桜姉さん」

ほっ、と息を吐きながら、少年はどこか安心したように微笑んだ。そのしぐさは、桜を殺そうとしているようには、到底見えない。
だが、現実にその少年も含め、三人の英霊が俺達を取り囲んでいるのも事実だった。
首筋に当てられたアサシンの、冷たい鉄の刃が動かされれば、俺の命も即座に失われることになる。
このまま黙っていても、状況はよくならないだろう。俺は思い切って、侵入者達に質問をぶつけることにした。

「お前たちは、いったい何なんだ。どうして桜を付けねらっているんだ?」
「――――それを知る必要はない、衛宮士郎。どの道お前は、ここで死ぬのだからな」

俺の問いはしかし、薄い笑みを浮かべたアーチャーに一蹴された。赤い外套の騎士は、手に持った剣を俺に向け――――、

「ストップ。士郎兄さんは殺さないよ、アーチャー」
「……何?」

意外な声が、アーチャーの動きを止めた。アーチャーの動きを遮るように、槍を横に突き出したのは、槍使いの少年。
俺も驚いたが、アーチャーにも意外だったらしい。鋭い目つきで、アーチャーは少年を睨みつける。

「どういうことだ、ルーフ。お前も、私の存在理由を知っているだろう。私が衛宮士郎を殺そうとしているのは……」
「知ってるよ。けど、僕も士郎兄さんが嫌いじゃないからね。殺すか殺さないかは、僕が決める。それとも……」

くすっ……と、少年は静かに笑う。それは、聞き分けのない子供を見る親が浮かべるような、そんな歪な笑み。
明らかにアーチャーが年上であるというのに、少年のその笑みはひどく堂に入っていて、そして、

「僕に逆らってでも、この場で士郎兄さんを殺すつもりかい?」

異様な迫力がその声にあった。アーチャーは少年のその言葉にたじろぎこそしなかったものの、俺に向けていた刃の切っ先が、揺れた。
しばしの、奇妙な沈黙……敵であるはずの少年が、俺をかばう状況は――――、

「ふん……」

すぅ……と姿をかき消したアーチャーによって破られた。どうやら、霊体になったらしい。
少なくとも、この場でアーチャーが、俺を殺しにくることは無くなったようだ。

「やれやれ、拗ねちゃったか、しょうがないなぁ……」

苦笑を浮かべ、少年は首筋を指で掻く。そうして、こちらに視線を向けたその目線が、俺と絡み合った。

「それで、お前達はいったい何なんだよ。どうして桜を付けねらっているんだ?」
「う〜ん、説明したいのは山々だけど、ここじゃあちょっとね……暑いし」

改めて緊張しつつ質問を投げかけるが、当の少年のほうはというと、これっぽっちも緊張感のかけらもない表情で、俺の質問を受け流した。
そうして、懐に手をやると、一枚の純白の敷布を取り出した。彼は、手を翻す。すると――――

「…………え?」

純白の敷布の揺らめき……その敷布が振るわれた位置にいたライダーの姿が、忽然と掻き消えたのだ。
それはまるで、マジックショーでよくやる、布をかぶせると、そこからものが移動するような、そんな光景だった。
しかし、消えたのは英霊。こんな状況で、ライダーが桜を見捨てて逃げるとは考えにくい。となると――――、

「お前、今、何をやったんだ……!?」
「ん、ちょっと場所の移動をね。蛇のお姉さんは色々とうるさいから、先にあっちに行っててもらうことにしたんだよ」

にっこりと微笑んで、少年はふぁさっ、と、敷布を振る。俺の眼前に、純白の布が広がり、迫る。
俺はとっさに、眠っている桜をかばうように、彼女に覆いかぶさった――――、



ちゅんちゅん……ちち



目を閉じていたのは、ほんの数秒。俺は目を開け、身を起こす、そこには…………、

「――――な」

開いた口が、ふさがらない。あたり一面、見渡す限り、緑の森が広がっている。
俺は自らの身体の下に視線を向ける。そこにはベッドも、かばっていた桜の姿もなかった。

「ここはいったい……どこだ?」

立ち上がり、周囲を見る。緑の木々と、土に覆われた世界。少なくとも、俺の知っている場所ではない。
ただ、妙な既視感があった。町の郊外にある森――――、一度入ったことのあるその森と、どこか似たような雰囲気がそこにあった。

俺は、周囲を見渡す。無規則に立ち並ぶ木々。森は遥かな先までずっと続いているかのように、木々は視界を埋め尽くしていた。
あと、見えるのは、ちょっと離れたところにある、大きな岩だけだ。まるで、小山のようなその岩は、鋼のような色をしてい――――、

「!?」

俺は、それが何かとわかる前に、そっちに向けて駆け出していた。そんなことがあるはずがない、という理性があった。
ただ、目の先に見えてくるそれは、俺の考えを否定するかのように、一つの姿を浮かび上がらせた。

「これは、いったい……」

小山のような大きさの身体。両手両足を折り曲げ、岩のように遠目から見える、鏨金の色の筋肉。
それはかつて、イリヤの英霊だった、バーサーカーだった。眠っているのか、死んでいるのかはわからない。
ただ、明らかに異様なその光景に、俺は思わずあとずさる。その瞬間だった。

「う、うわっ……!?」

唐突に、地面が消失した。いや、空に吸い込まれた。どちらがより正確かは分からない。
ただ、俺の周囲が歪み、何か得体の知れない力でその場から、引きずり出されるということだけが、俺にはわかった。



――――どさっ



「ぐっ……!」
「あ、やっと出てきた。困るよ、じっとしててくれないと。おかげで、引っ張り出すのに手間がかかったし」

したたかに地面に叩きつけられ、息が詰まる。幸い、怪我は無いようだった。俺はぶつけた腰をさすりつつ、身を起こした。
そこは、異様な場所だった。広大な空洞……ドーム上のその空間に、見えない点に向かって伸びる、黒い祭壇がある。
空が見えないというのに、そこはまるで、どこまでも広く、また、とてつもなく息苦しい場所であった。

「ようこそ、大いなる聖杯の祭壇へ……衛宮士郎君」
「!」

掛けられた声に、そちらへ視線を向ける。そこは、大きな祭壇のふもと。そこに、眠ったままの桜を抱きかかえた、長身の青年の姿があった。
一度、出会ったことがある。中央公園で襲われた俺達の元に現れた、槍使いの少年のマスター……。

「あんたは……エリン、だったな」
「覚えていてくれたようだね。重畳の極み」

慇懃に、長身の魔術師は俺に微笑みかけてくる。俺は視線を巡らせる。少し離れた場所に、ライダーの姿がある。
その傍にはアサシン。抜き身の刃を持っており、ライダーに不穏な動きがあったら、容赦なく切りかかりそうだった。

「あんたが、ことの元凶か……いったい、桜をどうするつもりなんだ!」

桜を抱きかかえたままのエリンに近寄ろうと、俺は足を踏み出す。だが、横合いから出された槍の穂先が、俺が前に進むのを阻んだ。

「動かないで、士郎兄さん」
「くっ…………」

口調こそ温厚であるが、断固とした意思が穂先に溢れ、俺はそれ以上先に進むことができなかった。
その様子を満足そうに見ていたエリンの腕から、ふっ、と桜が浮かび上がる。それは、透明な昇降機に乗っているかのように、横たわった桜の身体を上に運ぶ。

「君は観客だよ。この儀式――――聖杯の儀式を見届ける役割のな」

なおも上へと浮かんでいく桜。それを目で追う俺の耳に、エリンの謳うような言葉が響きわたった――――。

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