〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜虜囚の檻〜



降り始めた雨は、天気の気まぐれか、やむ気配を見せなかった。外に出るのをためらってしまうほどの大雨。
部屋の中から外の様子を見ながら、俺はどうしたものかと考えをめぐらせる。
ライダーは、ふらりと何処かに行ったかと思うと、すぐに戻ってきては、また部屋から出て行くことを繰り返していた。

ベッドに腰を下ろす俺の傍らで、桜は懇々と眠りについている。その顔色は優れず、静かに目を閉じていた。
桜をこのままにしておくわけにもいかない。遠坂と合流するか、屋敷に帰るべきか……雨が止むまで待つべきか、いろいろと判断に苦しむところだった。

「失礼します…………士郎、どうかしましたか?」

思考をめぐらせていると、ライダーが部屋に戻ってくる。彼女には、片言ではなく、普通に俺の名前を呼ぶようにしてもらっていた。
服も髪も、雨に濡れていないところを見ると、外に出ているわけではないらしい。
俺の様子に、悟るところがあったのだろう、質問をしてくる彼女に、ややあって、俺は言葉を選んで応じることにした。

「ん、いや、やっぱり遠坂に連絡でもしようかと思ってな……ライダー、屋敷の電話って、どこにあったっけか」
「…………正直、それは賛同しかねます」
「――――?」

ポツリとつぶやいたライダーの表情は固い。どうやらライダーは、遠坂に連絡をつけるのを嫌ってるように見えるが……。
俺が沈黙すると、ライダーは言葉を選びながら、静かに思いを口にした。

「トオサカリンは、戦力としては信用できるでしょう。ですが、仲間としては信頼できるかは、現状では不確定ですので」
「え?」

数度瞬きをし、俺はライダーを見返す、紫紺の髪の妖艶な美女は、その表情に僅かに拒絶の意図を浮かべ、頭を振るう。
信頼できない? 遠坂が? 言葉を失う俺に、ライダーは静かに、滑らかに動く口の端より、言葉を立ちのぼらせた。

「少なくともこの状況で――――士郎の使役する英霊がいない状況では、うかつに他のマスターを近づけるわけには行きません」

数の上でも、実力の上でも、桜を守り切れると判断するまで、他者には気を許したくない、とライダーは言う。
しかし、それなら俺はいいんだろうか……? そんな顔を考えていると、表情から俺の考えを読み取ったのか、ライダーは薄く笑みを浮かべる。

「貴方はかまいませんよ。少なくとも、寝ている桜に危害を加えるような人間か否か、それ位は分かります」

だからこそ、サクラは貴方に好意を寄せたのでしょうから――――
遠慮のない物言いに、頬が熱くなった。それをごまかすように咳払いをし、俺はライダーに重ねて問う。

「だとしても、遠坂なら問題ないんじゃないか? 別に桜とは知らない相手じゃないんだし……」
「――――いえ、『それ故に』トオサカリンを警戒しているのです、士郎。こと魔術師という面に関しては彼女は貴方よりも優秀で、冷徹なのですから」

断定するライダーに、俺は眉を顰める。遠坂が桜を害するのではという疑念は、俺にとって不快だった。
少なくとも俺には、遠坂がそういうことをするとは到底思えなかった。半年前も、彼女は自らの英霊を犠牲にし、俺やセイバーと共に戦った。
確かに我が強く、少々怒りっぽいが、彼女は公明正大であり、信頼できる相手だと……俺は思っていたのである。

「ともかく、この話は後にしましょう。桜の容態も気になりますが、この場所にも、いつまで留まっていられるか――――」
「?」

そこまで言ったとき、ライダーは唐突に言葉を止め、窓へと駆け寄った。
その背中を眺めていると、ライダーは身をかがめ、窓からなるべく顔を出さないようにして、外を眺めているようだった。

「どうしたんだ、ライダー……」
「しっ、黙ってください」

ライダーに近づこうと身を乗り出した俺の顔を、ぎゅむ、と、ライダーの手のひらが押し返した。
彼女が何気に怪力なのもあって、俺はそのままの姿勢から動けない。そんな俺の様子に気づかず、ライダーは険しい表情でつぶやいた。

「もう、この場所をかぎつけた……? 追跡されては無いはずなのに」
「おい、いったい何が……」
「ともかく、この場所から離れた方が賢明か――――士郎、私は様子をうかがってきます。あなたはここで、桜と共に居てください」

ライダーは俺の質問に答えず、それだけを言うと、部屋の外へと出て行ってしまった。
俺はどうしたものか、とベッドに腰をおろし、眠っている桜の髪を梳く。流麗な髪が、滑らかな感触と共に、指の間をすべる。
思わず見とれてしまうほど、桜の寝顔は儚げで、美しかった。俺は腕を動かし、手のひらを桜の額に当てる。
桜の額はひんやりと冷えており、夏の暑い部屋の中では、まるで水の入った風船に触っているような錯覚を覚えた。

「桜……」

静かに桜に囁きかける。桜は昏睡しているのか、俺の声に何の反応も示さなかった。
俺は再度、桜に聞こえるように、少し大きめの声で彼女に呼びかけようとした。だが、その時――――


ガッ、ギンッ、ガガガガガッ!!!


部屋の外から騒音――――おそらくは、刃のぶつかり合う音が聞こえてきたのだった。

「――――なんだっ!?」

本能で理解していても、思考はまだそこに行き着いていない状態――――俺は半ば反射的に、警戒するためにベッドから腰を浮かそうとした。
だが、その瞬間、思ってもいないことが起きた。首筋に冷たい感触が生じたかと思うと、瞬きする一瞬の間に…………、

「動くなよ、動けばその喉首に、風穴が三つほどできることになる」
「な……お前は――――アサシン!?」

半ば腰を浮かした状態で、俺は唐突に目の前に現れた英霊を、呆然と見つめた。
侍のいでたちの英霊――――かつて、寺の石階段でセイバーと戦っていたその姿は、遠めにも分かる特徴的なもの。
その姿かたちをそのままに、俺の喉元に刃を押し当て、余裕綽々と言った風に、薄い笑みを浮かべ、その青年はそこに在った。

「生きて、いたのか」
「――――さて、このような身体で……生きていると言い切れるかどうか、怪しいものではあるがな」

アサシンは苦笑し、肩をすくめるが、その間にもまったく隙というものを見せなかった。
おそらく、霊体になってこの部屋に侵入したのだろう。セイバーは霊体になったことが無かったため、失念していたが、英霊は自らの意思で、姿を消すこともできるんだった。
アサシンの刃に押されるように、俺はベッドにしりもちをつく。間の悪いことに――――、

「士郎、ここはもうだめです……! サクラをつれて脱出を――――……」

ライダーが部屋に駆け込んできたのは、まさにその時だった。ライダーは何者かと交戦したのか、所々衣服は破け、傷を負っていた。
その手には鎖つきの短剣。彼女は手に武器をもったまま、思っても見なかった状況に硬直したようだった。

「な……これは――――」
「少々遅かったな。あざといとは思うが……動くなよ。幾ら身のこなしが俊敏といっても、この間合いでは私の方が早く剣を振るえる」

絶句するライダーに、警告を発するアサシン。間をおかず立ち尽くすライダーの背後から、声が聞こえてきた。

「どうやら、チェックメイトみたいだね。ご苦労様、アサシン」
「苦労などしておらぬよ。暇つぶしにもならぬ。もう少し、歯ごたえがあると思ったのだがな」
「くっ……」

ライダーが、警戒するように部屋の入り口を振り向き、数歩下がる。そこには、見知らぬ少年がいた。
手には槍を持っている、俺と同じくらいの少年は、俺を見て、人懐っこい笑みを浮かべる。そして、その傍らには――――。

「アーチャー……!」
「無様だな、衛宮士郎」

アサシンの刃に喉元を抑えられ、身動きの取れない俺を嘲るように、アーチャーは嘲う。
それは、時間にして数分も経たない間の出来事――――俺たちはそうして、囚われの身となってしまったのであった……。


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