〜Fate A Bond of Bluish Purple〜 

〜コールド・ビューティ〜



夏の日も高い時分……桜の屋敷。そこで出会ったのは、かつてセイバーと壮絶な戦いを演じた、ライダーの英霊だった。
ともあれ、向こうは戦う気は無いらしい。ただ、なぜライダーがここに居るのかは、謎であった。
かつて、慎二の英霊として、傍らに控えていた彼女。だが、慎二は行方不明のはずではなかったか。

「ま、その辺も踏まえて、話してくれればいいんだがな……」

桜を寝かした寝室にライダーを待たせ、俺は台所に脚を運んでいた。
いくら窓を開け放っていても、夏の室内の空気は、焼けるように暑い。喉を潤すために、何か飲み物が必要だった。

「別に、俺は水でもいいけど……桜には、なにか、別な物でもあればいいんだけどな」

冷蔵庫を開けてみる。ひんやりとした空気が流れ出てきたが、予想に反して、中には殆ど物が入っていなかった。
日持ちしないものはともかく、調味料やその他の細々としたものも、殆ど無い。
どういうことなんだろうか? まるで、最近はほとんど、料理なんてしていないかのように、冷蔵庫の中には何もなかった。

ともかく、冷蔵庫の扉の裏側に、麦茶を入れた容器を見つけたので、お盆にコップをいくつかと、麦茶の容器を載せ、台所を出る。
桜の寝室に戻る前に、ふと、通り道にあったドアの部屋をのぞいてみる。そうして、愕然とした。
その部屋は、誰のものだったのだろう。分かりはしないが、床には雑然と物が置かれ、据えた埃の臭いが鼻に届いた。
今居る廊下や台所、寝室は片付いているのに、その部屋は荒れ放題のまま、まるで何ヶ月も、手を入れていないようだった。

綺麗に掃除された廊下や台所、寝室。真逆のように、放置されたままの部屋――――。
いったいこの家は、何なのだろうか。妙な薄気味悪さを覚え、俺は眉をしかめた。



桜の寝室に戻ると、そこにはベッドの端に腰を下ろし、桜の様子をのぞいている、ライダーの姿があった。
紫紺の髪を垂らし、桜の顔を覗くその姿は、どこか神々しく、慈愛に満ちた顔をしていた。
少なくともその様子を見る限り、ライダーは桜に危害を加える気は毛頭無いようであった。
俺の視線を感じたのか、ライダーは顔を上げると、俺の方を見て苦笑を浮かべた。どうも、気恥ずかしかったようだ。

「……お帰りなさい、シロウ。何か飲み物は見つかったのですか?」
「ああ、麦茶があった。ライダーも飲むだろう?」
「はい、できれば」

ライダーに麦茶を入れたコップを手渡すと、ライダーは一息にそれを飲み干した。
どうも、よっぽど喉が渇いていたらしい。まぁ、昨今のこの暑さは、英霊といってもこたえるんだろう。
質素な桜の部屋……その片隅にある古めかしい机と椅子。俺は椅子を引いて腰を下ろすと、ライダー対峙した。

「それで、あんたは……いったいなんで生きてるんだ? セイバーとの戦いで消えたはずなのに……それに、桜が何でこんな所で眠ってるんだ?」
「そうですね……あれこれと質問に答えるのも良いですが、順を追って説明したほうが分かりやすそうですね。ともかく、私の話を聞いてください」

ライダーの言葉に、俺は頷く。疑問は山のようにあったが、ともかくライダーの話を聞き漏らさないようにして、あとで判らないことは聞けばいいだろう。
俺が黙って先を促すと、ライダーは……ぽつりぽつりと、記憶の断片を辿るように、話を始めた。

「まず、私はライダーの英霊です。半年前の冬、この間桐の館の地下に、召喚されました。マスターは――――サクラです」
「――――え?」

話の切り出しから、俺の想像外の出来事であり、俺は何か変な冗談を聞いたかのように、口を開き、ほうけてしまった。
ライダーは、呆然とする俺に、事の経緯を細やかに語った。
間桐という魔術師の家のこと、長男である慎二と、養子である桜の魔術師の素質と、それによる軋轢。
桜は、慎二だけでなく、間桐家の当主である老人にも、虐待めいたことをされていたらしい。

「素質、というものは、時には無いほうが良かったのかもしれませんね。サクラはその能力のせいで、様々なものを歪められてしまった」
「――――……」
「ともかく、サクラはシンジに半ば脅迫される形で、私の所有権を彼に渡し、彼が表向きはライダーのマスターということになったのです」

淡々とした口調の中に、どこか突き放すような響きがある。ライダー自身は、慎二のことを快く思っていなかったのかもしれない。
ライダーは、まるでやけ酒でも飲むかのように、麦茶をコップに注ぐと、ぐいっと一気飲みした。
なかなか、様になっているようにも思えたが、余計なことを言える雰囲気ではなかったので、俺は黙って、ライダーの言葉の続きを待った。

「そうして、私はセイバーと高層ビルで戦い、敗れました。ただ、幸か不幸か、私は死ぬ寸前のところで、サクラの力によって回復することが出来たのです」

本来なら、ペガサスを失い、身体を切り裂かれ、地面に落下するはずだった。かなりの高度であり、落ちたら無事ではすまない。
いや、よしんば生きていたとしても、手負いの相手を見逃すセイバーではないはずだった。しかし、約束された勝利の剣の余波が、慎二の本を焼いたのが、僅かに早かった。
半死半生のライダーの身体は、瞬時に桜の居る間桐の館の地下に運ばれ――――桜の献身的な介護のおかげもあり、ライダーは一命を取り留めたのである。

「そうして、私はサクラに付き従い、しばし平穏の中に身をおいていました。どの道、次の聖杯戦争がすぐに始まると分かっていましたので、軽い休息は有難いものでした」
「――――ちょっと、待ってくれ。次の聖杯戦争が始まると……分かっていた!?」
「はい、サクラの祖父……名をゾウケンといいますが、傷の癒えた私に、あの老骨はどこか薄気味悪い笑みを浮かべながら、予見したのです」

――――聖杯を開くための英霊の魂。それを呼び起こすための魔力は、今回の戦争では、ほとんど損なわれてはおらぬ。
    何しろ、聖杯が開いたのは、ほんの一瞬、十年前のように、集落を焼くこともなかったのでな。
    一年かそこいらで、また英霊を呼べるようになるじゃろう。その時は、ぬしは桜の英霊として働いてもらうぞ。

「……その言葉は正しく、僅か半年で英霊を呼び起こせるようになり、聖杯戦争が始まったのです」
「――――なんて」

なんてことだろう。聖杯を壊したことが、今回の聖杯戦争の引き金になるなんて…………。
言葉を失い、俯く俺。しかし、そんな俺を打ちのめす、ライダーの語る物語はまだ終わっていなかった。

「…………そして、つい先日、私たちはある英霊と戦い、敗れました。その時、サクラは……」
「桜は……?」

ライダーの言葉がそこで止まり、俺は顔を上げる。ベッドに腰掛けたライダー。眼帯をつけたその顔が、僅かにそらされる。
それで、いやな予感が確信に変わった。俺は、椅子を蹴倒すように跳ね上がると、ベッドに駆け寄った。
ライダーを押しのけるようにして、桜の肩をつかみ、揺さぶった。

「桜、桜……! 大丈夫なのか!?」
「――――落ち着いてください。シロウ。桜の容態が悪化します。」

桜の身体を揺さぶる俺の腕を、ライダーがつかむ。ライダーの握力はかなりのもので、俺は腕の動きを止めた。
寝入った桜の肩をつかんだ手はそのままに、俺はライダーに顔を向ける。指先から伝わる桜の体温は、夏のせいか、ひどく冷たく感じられた。

「ライダー、桜は大丈夫なのか?」
「それは――――分かりません。桜が何をされたのか、なぜ衰弱したのか、皆目見当が付かないのです」

――――ともあれ、ここで休息をとった後、シロウの屋敷へと避難する予定だったのですが。
ライダーはそんな事を言って、俺の腕から手を離す。俺も、桜をつかんでいた手をそっと離した。

「とりあえず、ひとっ走り行って、遠坂を呼んでこようか? ここからなら、そう遠くないし」
「…………それは」

俺の言葉に、ライダーが返事をしようとしたその時、外からゴロゴロ……という音が聞こえてきた。
そして、明るい光が翳ったかと思うと――――轟音とともに、外は雨の天幕が幾重にも覆いかぶさってきたのだった。

「うわ……タイミング悪いな。これじゃあ、うかつに外には出られないな」
「そう、焦ることもないでしょう。それよりも、シロウはサクラの傍に居てあげてください。サクラはきっと、それを望んでいます」

ライダーの言うことも尤もだったので、俺はベッドに腰掛け、桜の手を握って、彼女を看守ることにした。
ひんやりとした指先、天女のように、安らかな寝顔。静かに眠る桜を見つめ、俺はそうして時を過ごしていたのであった――――。


戻る