〜Fate Silver Knight〜 

〜再会、蛇の妖女〜



その日の昼さがり、昼食を済ませた後で、俺は一人、マウント深山商店街に足を向けていた。
あれやこれやの買出しを済ませてみると、すでに時間は昼も半ば。俺は買い物袋片手に、小ぢんまりとした公園のベンチに腰をおろした。

「日傘か何か、持って来るんだったかな……」

蒼空の空に、白い太陽が輝いている。俺はその眩しさに目を細め、一つ息をつく。
日々の生活に時々出来る、空白……普段はせわしない中で思い出すことも無いが、こうしたときに、ふと記憶に浮かぶ。
白い雲と青い空。それは、白と青の彼女の姿を思い出す。あの、冬の日のわずかな刻の出来事を。

「結局、俺達のした事は……何だったんだろうな」

聖杯を壊し、聖杯戦争をとめたつもりになっても、結局、今また、聖杯戦争が起こっている。
俺はうわべだけしか、聖杯戦争のことを知らない。そのことを痛烈に自覚し、俺は憮然とした表情で肺腑から息を出す。
学ばなければならないだろう。聖杯戦争について、今後のためにも……。

「遠坂に聞いてみるか……」

信頼できる相方として、また、教師として遠坂は俺の想像以上の能力を持っていると思う。
彼女はおそらく、俺よりも聖杯戦争の事情について詳しいだろう。遠坂に会いに行くべきだろうな。
あまり長く外出するのも、イリヤを心配させることになるが、ギルガメッシュを残しているし、大丈夫だろう。

俺は腰を上げると、遠坂の屋敷に向かうため、公園をあとにし、交差点へと向かった――――。



交差点から、洋館の立ち並ぶ丘へと歩く。アスファルトに包まれた丘陵の先、丘の頂上には桜の住んでいる洋館があった。
その屋敷の前を通りかかったときである。

「――――ん?」

妙な違和感を感じ、俺は間桐邸の前で足を止めた。今、屋敷内に人影が見えたような気がしたのだ。
夏の暑さのせいか、閑散とした街中……桜は合宿で出かけており、今は屋敷には、誰も居ないはずだった。
もともとは、慎二と桜が住んでいた屋敷。だが、慎二は半年前の聖杯戦争で失踪している。

「桜が、帰ってるのか?」

呟いて、俺は玄関に立ち寄ると、ドアに付いた呼び鈴を鳴らす。
――――しばらく待っても、とりわけ、誰かが出てくる様子は無い。
ふと心づいて、ドアの取っ手に指をかけてみた。
かちゃり、と音がしてドアが開く。鍵が開けられていた。

「?」

桜が一人でこの屋敷に暮らすことになってから、屋敷には自然に鍵が、かかるようになっていた。
とりわけ誰が訪れるわけも無い屋敷……そのせいか、最近は幽霊屋敷のようだと、近所では評判の屋敷だった。
玄関から中に入ると、何か、暑苦しい空気が頬をなでていった。
……そういえば、俺は桜の屋敷を知ってはいたが、中に入ったことは殆ど無かった。
いつも、用があれば、桜が決まって俺の屋敷に来るし、桜の屋敷に行こうという話になると、さりげなく理由をつけて、断られていたことを思い出した。

「桜……いるのか?」

声を上げながら、俺は廊下へと上がる。まさか、空き巣が居るとは思えないけど、誰かが居れば気づくだろうと思いながら。
だが、俺の声を聞いて、誰かが出てくることも無かった。俺はそのまま、屋敷の中を歩く。
よどんでいる空気、閉じられた窓……なんだか息苦しくなるような圧迫感が、屋敷の中にあった。
俺は、その圧迫感が何であるのか分からぬまま、屋敷の中を歩き……そして、一つの部屋に行き着いた。

さぁ……という音と共に、カーテンが揺れる。開け放たれた窓から吹き込む風が、屋敷にこもった熱をわずかながら逃がしていた。
部屋の中に設えられたベッドに、誰かが眠っている。近づいてみると、それは桜だった。
まるで死んでいるかのように、静かに桜はベッドに横になっていた。両の手を腹部の前で合わせ、まるで彫像のように、彼女はそこに居た。

「桜……?」

いったいどうしたんだろう。俺は、桜の顔を覗き込んだ。その瞬間――――

「静かに……危害を加えるつもりはありません」
「!?」

滑らかな腕が、俺の首に蛇のように巻きついた。誰かが背後から、俺に覆いかぶさり、首を腕に回したらしい。
背中には、豊満な胸の感触、首にかかるのは、女性の吐息。だが、俺はそんなことよりも、聞こえてきた声に愕然としていた。

「何で、あんたがここに居るんだ? あんたは確か、セイバーとの戦いで……」
「そうですね、そのあたりも踏まえて、説明させていただきましょうか、エミヤシロウ」

束縛がとかれ、俺は振り向く。そこにはやはり、見覚えのある英霊の姿があった。ライダーの英霊……彼女は確か、慎二の英霊だったはずだ。
驚いた俺の表情がそんなに可笑しかったのか、わずかにライダーは笑みを浮かべ、外から流れる風に、紫紺の髪をなびかせた。
夏の暑さに支配された室内……ただ静かに眠っている桜の横で、俺はライダーと対峙をしたのであった。

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