〜Fate Silver Knight〜 

〜翳りなき夏の日〜



じいじい……最近ではめっきり都会から姿を消した蝉が、煩く鳴く声が聞こえてくる。
真っ白な雲が空を流れ、山々の稜線へと消えてゆく。熱を込めた初夏の昼下がり、俺達は屋敷でくつろいでいた。

「う〜……あ、つぅい……」

夏の暑さは冬の寒さよりまし、と言っていたイリヤだが、さすがに今日の暑さはこたえたのか、居間でねっころがっている。
その横にはギルガメッシュ。だらしなく着衣を着崩した、イリヤをさして気にも留めず、扇風機の風に当たっている。
藤ねえは、先ほど学校から電話がかかってきて、弓道部の合宿に顔を出すことにし、出かけていた。

「イリヤ、暑いなら洋室のほうに行ったらどうだ? あっちにはエアコンもあるし」
「ん〜〜……暑いけど、シロウはここに居るんでしょ。一人で部屋に閉じこもるのも、なんか嫌だし」

そういって、ころころと床を転がるイリヤ。立ち上がるのも億劫なのか、汗まみれで息も荒い。
俺は苦笑して、冷蔵庫からスイカを取り出した。本当は夕食用だが、また買ってくればいいだろう。

「イリヤ、ちょっと待ってろ。ギルガメッシュも、食べるよな」
「果物か……うむ、戴こう」

ギルガメッシュの返事を聞き、俺は台所に入った。包丁を取り出し、冷えたスイカの表面をなぞる。
緑と黒の縞模様。水気を帯びた表面は弾力があり、触れた指先に心地よい冷気を与えてくれる。
スイカを割ろうと包丁を握った手に体重を込めたとき、居間からニュースを流す、テレビの音が聞こえてきた。

「本日の県内の天気は……冬木市の降水確率は20%……」

もうすでに開幕している甲子園。回と回との合間、数分間に流されるニュースも話題がないのか、昼近いこの時間、天気予報を流していた。
耳の端に意味もない言葉を聞きながら、スイカを切る。赤く身の詰まったスイカは、瑞々しく、食欲を沸きたてる。

「雨でも……降らないかしら、そうすれば、少しは涼しくなるのに」

ニュースを聞いたイリヤが、そんなことをポツリと呟いた。視線を移すと、イリヤはうつぶせだった身体を仰向けに変えながら、首を曲げ、庭へと視線を向けている。
日の光に照らされた庭には、水分を奪う熱戦の照り返しと、それによって生じる陽炎で揺らいで見えた。

「難しいな……日本は、降水確率ってのは結構あいまいで、降るときは10%でも降るけど、降らないときは意外に降らないものだからな」
「――――確かに、雨を降らすにも雲一つ無いようではな」

俺の言葉に興味を持ったのか、ギルガメッシュは縁側に出て空を見上げ――――夏の日差しに辟易したのか、すぐに部屋に戻り、扇風機の前に座りなおした。
俺はスイカを切り終わり、居間へと戻る。お盆の上にはスイカの切れ端と、アクセントのための塩、そして氷の入った麦茶が乗っている。

「ほら、スイカの用意が出来たぞ。イリヤ、寝てないで起きるんだ」
「ん…………うん」

俺の言葉に、少し元気を取り戻したのか、イリヤは寝転んだままの姿勢から、上半身を起こした。
お盆をテーブルの上におくと、早速とばかりにギルガメッシュがスイカを一つ手に取り、かぶりつく。
イリヤはスイカを手に取ると、少し考え……塩を振りかけて赤い身を可愛らしい口に含んだ。

二人の様子を見ながら、俺も座り、うちわを手に自らを扇ぐ。テレビからは、遠い甲子園の歓声と、晴れ上がった遠くの青い空。
外には蝉が鳴き、木立を黒く染める夏の影が、中庭に見えた。日に当たらない部屋の中も、夏の昼間のように熱気が流れてくる。

「すっかり、夏だな」

一人ごちて、麦茶を飲む。歓声が大きくなるテレビ。舞い上がる白球と、白い入道雲の映る空。今日は全国的に、晴れの日になるようだ。
そうして、イリヤが願っていた雨が降ることも無く、夏の日はゆったりと、時を刻んでいったのである――――。


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