The Love song for the second week..    

〜12月〜
〜聖誕祭〜



「ふぅ……どうすんのよ、これ」

その時分、ダンジョンツアーの受付担当であった少女……彼女は立ち並ぶ見物客を見渡し、ため息をついた。
ただでさえ、激務な上、この時刻……並んで待っているお客からも、不満の声が上がりだしたせいである。
理由は簡単、純粋に手伝いをする学生が少ないのである。ロニィ先生はあちこちに声をかけ、述べ30人程度を集めた。
しかし、ダンジョンツアーともなると、ただ潜って終わりというわけではない。戦闘や鍵開け、罠解除などをパフォーマンスとして見せなければならない。

一応先刻より、ランサーも加えて15組から、30組にガイド役の数は倍増した。しかし、物珍しさのせいか、顧客の数も同様に増えていたのである。
このままでは、そう遠くないうちに煮詰まってしまいかねない。いや、すでに煮詰まっているともいえるのだが。

ともあれ、数をこなさないと話にならない。彼女は苦笑めいた微笑を浮かべながら、受付にくる家族連れに案内をしていた。
そうして、何組かの手続きを済ませ終わったときである。視界の隅に、動く影が見え、彼女はそちらへと視線を向けていた。

並んでいる客を押しのけて、何名かの生徒がダンジョン入り口に向かっていた。ガイド役の生徒だろうか、それにしては様子がおかしい。
おそらくは、物見高い生徒が面白半分でダンジョンに潜ろうとしているのだろうと、彼女は判断した。厄介ごとがまた、増えそうである。

「ちょっとあなたたち、今は一般生徒は立ち入り禁止よ!」
「悪い、行かせてくれ!」

彼女は赤毛の生徒とその連れを引きとめようとしたが、時すでに遅し。彼女が扉に駆け寄ったときには、すでに彼らはダンジョンの中に入っていってしまった。
いくらなんでも、外が忙しいこの状況で、ダンジョンに潜ってまで連れ戻しにはいけなかった。

「――――っ、もう……!」

苛々しげに、ため息をつく女生徒。そんな野次馬根性があるなら、ガイド役を手伝いなさいよ……などと口にこそ出さないものの、脳裏ではそんな事を考えていた。
それでも、並んでいる一般客の手前、彼女は何とか取り繕うように笑みを浮かべると、受付に戻ろうとした。

ドンドン……

「ん?」

その時、閉じたダンジョンの入り口の内側からノックが聞こえてきて、彼女は足を止めていた。
ダンジョンの入り口は、異空間構造になっており、内側からも外側からも、生徒なら自由に開けられるはずである。
これは、個々人のダンジョンの階層が違うのを、毎度入るたびに設定するのが面倒という理由から、自動で設定されるようになっている。
ダンジョンの入り口の扉は、生徒である限り自由に開けれるはずなのだが――――、

「一般のお客様がはぐれたのかしら?」

最もありそうな事実を考え、彼女はドアに向かうと、ノブに手をかけた。もう少し考えれば、用心して開けなかったかもしれないが……。
今は聖誕祭で、なおかつ、いつもと違い一般のお客様も大勢いたため、判断力が減少していたのである。
そうして、彼女が開けたドアの向こうには――――モンスターがいた。

「――――!?」

どがっ!

何が起こったのか、判断できないまま、彼女はこぶしファイターの一撃を受けて吹き飛んだ。

「な、なんだ!?」
「きゃあっ!」
「急いで、にげてっ!」

動揺と恐慌が、ざわめきのように広まっていく。突如、開け放たれたダンジョン入り口から、無数のモンスターが現れ、周囲の家族連れに襲い掛かったのだ。
逃げ惑う人々……その声を耳の遠くに捉えながら、彼女は薄れ行く意識の中で、その光景をぼんやりと見つめていた。

ここに至り、ようやく異常を察した生徒たちが、ランサーを連れてモンスターと戦いを始めた。
しかし、数が違いすぎる。まるで蟻の巣の様に、後から後から湧き出てくるモンスター達。実力こそ上であったものの、生徒達は徐々に押されがちになった。

そうして、平穏そのものだった聖誕祭は、新たな局面を迎えることになったのであった――――。

〜12月25日(金)〜

周囲を取り囲む男子生徒を警戒しながら、私は腰の剣を抜き放った。
このまま大人しく、慰み者になるつもりはない。多少は抵抗するなりなんなりして、この場を切り抜ける努力をするべきだろう。
相手は十数人、到底切り抜けられる状況じゃないけれど……それでも、あきらめることは出来なかった。

「ていやっ!」
「――――はっ!」

斬り込んでくる男子生徒の一撃を受け流し、胴部へ手加減なしに一撃を入れる。
相手との体格差もある。全力で打ち込んだ瞬間、さらに踏み込んで、体重をかける!

「うぐぇっ……」

剣を手放し、悶絶する男子生徒。それにかまわず、次の相手へと向かう。二度、三度剣を合わせ、肩口を強打!
ひるんだ相手に、さらに一撃――――沈黙させると、出口に向かって駆ける。他の生徒は、私の反撃が予想外だったのか、反応が遅い。
これなら、切り抜けられるか――――そう思った瞬間、すばやく私の前に回り込んできた影があった。

「逃がすと思ったか?」
「!」

リーダー格の男子生徒。そう確認したときには、私はためらわず、剣を振っていた。
だが、剣が届くより先に男子生徒の手が私の手首をつかむと、懐にもぐりこんできた。瞬時、視界が反転する――――。

「くはっ!」

硬い床に背中からたたきつけられ、私は肺の中の空気を強制的に吐き出さされた。
男子は私の手首をつかんだまま、もう一方の手で、私の腕を持ってひねり上げ――――……、

ごぎっ


痛みよりも、身体の中より響いたその音が、より衝撃的だった。肩を、はずされたのだ。
無意識に顔をしかめる。そのせいで、反応が遅れた――――ゴツゴツとした手が喉にかかり、仰向けに倒れた私を押さえつけるように、体重がかかる。
息が詰まる。身動きの取れなくなった私を見て、多少は溜飲を下げたのか、相手は唇をゆがめ、私を見下ろした。

「手間をかけさせやがって――――おい、誰か布をよこせ。舌でも噛まれちゃたまらねえからな」
「……っ」

見透かされている……猿轡を噛まされては、自分で舌を噛み切って大怪我を負う事もできない。
いざとなったら、そうやって保健室に転送されようと思っていたけど、相手はこういったことに長けているようだった。

「残念だが、逃げれるとは思わない事だな。大体、ここでうまく逃げても、こうやって襲う機会は何度でも作れるんだよ」
「…………」
「死にゃしないんだ。どうせなら少しはその気になったほうが良いと思うぜ」

勝手な言い草に、私は憮然とした表情で相手のことを見上げる。性的な行為自体を否定するわけじゃないけど、無理矢理というのは性に合わない。
だけど、右腕は動かないし、組み伏せられたこの状況では、どうすることもできなそうだった。

「……おい、お前らなにやってんだ? 早く布をよこせ――――……え?」
「?」

ところが、である。私を押さえつけていた手が緩み、かかっていた体重が唐突に消えたのである。
息が苦しかったので、とりあえず一つ息をつき、あらためて目を開けてみる。私に馬乗りになった男子生徒が、戸惑うように周囲に目を向けているのが見えた。
私は寝転んだままで首をめぐらし――――え?

「おい、何で誰もいないんだよ。さっきまで居ただろ……?」

大きな部屋の中、私の周囲を取り囲んでいた男子生徒達が、いつの間にか居なくなっていたのである。
ガランとした広々とした部屋……先ほどまで男子生徒が使っていた数本の剣が、転がっているほかは、何もない。
ダンジョンの中に吹く、風に混じるのは、人の残り香と――――血の匂い……?

「くそっ、何なんだよ、これはっ……!」

得体の知れない状況に、あせったように男子生徒が立ち上がったそのときである…………次の瞬間、風が凪いだ。
まるでバターを切ったかのように滑らかに…………男子生徒の手首が何かによって切断された。
その手首は、まるで石膏細工のようにごとりと、床に落ちる。一秒にも満たない沈黙の後……悲鳴が部屋を振るわせた。

「ぉぁぁっ!? 手が、手が!?」

手首を切り落とされた腕を押さえ、狂ったように悲鳴を上げる男子生徒。しかし、それも長くは続かなかった。
小さな、シタタタタタ……という音が聞こえる。その音が聞こえた次の瞬間、男子生徒の喉が、パックリと裂けた。
悲鳴が途切れる。喉を押さえ苦悶の表情を浮かべながら――――男子生徒は風に吹き消される霞のように姿を消した。
どうやら、保健室に転送されたようだ。ということは、他の男子も――――、

「大丈夫、ですか?」
「その声――――」

痛む肩をかばいながら、私は身を起こし、声のしたほうを向く。がらんどうの部屋の片隅、その暗がり……影と一体化した女の子がそこに居た。
見知った相手。いつかは再び会うのではないかといった予感があった相手…………彼女はその手にフェレットのような生き物を乗せ、私に微笑んできた。

「刹那さん……」
「お久しぶりです、陽子様」

どこか寂しそうな微笑…………それでも美しいと感じる微笑を彼女は浮かべ、彼女は久方ぶりに私の前に現れたのだった――――。


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