The Love song for the second week..    

〜12月〜
〜聖誕祭〜




「……ふぅ」

低階層のモンスターを派手に倒し、私は額の汗をぬぐった。一緒にダンジョンにもぐっていた家族連れから歓声が上がる。
今朝からずっと、私はロニィ先生に頼まれて、ダンジョンツアーのガイド役に参加していた。

最近、精神衛生上あまり良くない状況が続いていたせいもあって、かなりイライラが募っていたが、気分転換にはなる。
もっとも、ロニィ先生がそこまで見越して、私に声をかけてきたのかは分からないけど……。

「すごぉぃ、おねえちゃん、かっこいいね」

きゃっきゃっ、と、家族につれられた子供がはしゃぐ。女の子だけど、男の子みたいに元気が有り余っている様子に、私は知らず、微笑を浮かべた。
彼女はランサー、トリ・アトリの上にちょこんと乗っかり、終始闊達に、辺りを見回したり、私に話しかけてきてくれた。

「陽子おねえちゃん、わたしもお姉ちゃんみたいにカッコよくなれるかなぁ?」
「……そうね、頑張れば出来るわよ、きっと」

きらきらと、夢見るように輝く瞳を曇らせるのもどうかと思い、私は曖昧に返答をした。
今はお昼も過ぎ、昼と夜の中間くらいの時刻……巡回コースを回り、地上へ出る途中のことである。特に問題も無く、今までは順調に進んでいた。

「そろそろ、地上です。もう少しですので、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます、娘も喜んでいるようです」
「ええ、良かったですね――――――え?」

だが、地上へと続く階段が近くなったそのとき、私たち一行の前をふさぐように、複数の男子生徒が姿をあらわしたのだ。
その顔には、張り付いたようなニヤニヤ笑い。下卑た笑みじゃ、と、脳裏に同居人の声が響く。

「なんなの、あなた達。今は一般生徒は立ち入り禁止のはずよ」
「つれないこというなぁ、陽子さん」
「――――あなたは……誰だっけ?」

私の名を呼ぶ相手に面識が無く、思わずつぶやいてしまった。そんな私に言葉に、目の前の男子生徒は虚を突かれたように立ち尽くした。
周囲にいた男子生徒が、馬鹿にしたように笑い声を上げる。

「はっ、馬鹿なやつだな。最初っから相手にされてないじゃねぇか」
「う、うるさいうるさい。高貴な僕に文句を言うな!」

その一言で思い出した。何回か、私に絡んできたこともある、同学年の男子生徒である。
相羽君が毎回、あっさりと追い払ってしまったため、あまりにも印象に残っていなかったのだ。
わめく男子生徒を尻目に、リーダー格の少年が私を値踏みするようにねめ回してきた。

「ま、こいつのことはどうでもいいさ、それより、ちょっと付き合ってもらうぜ」

その言葉を合図に、男子生徒たちは各々武器を構える。その切っ先は私だけでなく、一緒にいた家族連れにも向けられていた。
老夫婦はおびえたように身をすくませ、女の子は状況がよくわかってないのか、きょとんとした表情で周りを見渡している。

「あなた達っ……!」
「騒ぐなよ、あんたが大人しくついて来てくれりゃ、何もしねえよ」

声を荒げた私に、余裕綽々と男子生徒は言い放つ。つまりは、逃走防止用の人質というところなのだろう。
一瞬、思い切って暴れてみるのもありかと思ったが、おびえた家族を前に、さすがにその決断は取れなかった。

「――――トリ・アトリ。この人たちを地上まで連れてってあげて」

私のその命令にトリ・アトリの四つの目が、もの言いたげに私に向けられる。しかし、命令には逆らえず、女の子を上に乗せたまま、老夫婦をつれて、通路の向こうに行ってしまった。
まだ少し、階段までは距離があるけど……ここは低階層だし、ランサーはフルチューンだから危険はないだろう。

「よし、ついて来な。言っとくが、逃げようとは考えるなよ」

そういうと、男子生徒はきびすを返し、通路の向こうに歩いていく。私の後ろには三人、ここは大人しくついていく他なさそうだった。



「……それで、いったい何のようなのかしら?」

階段をひとつ下りた別の階層。行き止まりの袋小路になっている部屋につれてこられ、私は男子生徒に質問を投げかけた。
室内はがらんとした空間。壁に背をつけた私を囲むように、十数人の男子生徒がその場にいる。
その顔には、一様に下卑た笑み。皆がこれから起こることに期待をしているかのようだった。

「何の用とはひどいな。ここに集まったこいつらは、皆、あんたに告白して、振られたやつばっかりなんだぜ」
「――――……ああ」

そういえば、ここ最近はゴタゴタしていたせいで、毎週単位で来る男子の告白もおざなりに対応していた。
いつもはそんな事もないのだけど、やっぱり余裕がなくなっていたのだろう。

「で、あんたが誰のものにもならないなら、いっそ皆の物にしようって事になったわけだ」
「なるほど、そういうことね。主犯はあなたって所かしら。他の男子は告白された覚えはあるけど、あなたには面識はないはずよ」
「――――ああ。なかなか面白そうだったから、ちょっと手助けをな。ま、犬に噛まれたと思ってあきらめるこった。どうせ、初めてじゃないんだろう?」

こういった修羅場に慣れているのだろう。その男子生徒は私のしぐさから、そんなことまで読み取ったようだった。
しかし、どうしようか……この場を切り抜ける方法なら、いくつもある。
男子生徒が目の前に壁を作っているが、切り抜けられないレベルではないし、いざとなったら、自分で自分に大怪我を追わせれば、瞬時に保健室に転送される。

……だけど、私が考えたのは、それとは別のことだった。もし、ここで私が暴行されたと聞けば、相羽君はどうするだろうか。
おそらくは、男子生徒達を探し出し、血祭りにあげるだろう。だけど、ここは学園、人死には教員がいる場所では食い止められるだろう。
そして、私はそのことを理由に、相羽君から離れられるのではないのだろうか……相羽君にはミュウがついていてくれるし私は――――。

「なんだ、抵抗しないのかよ」
「!」

反応が、遅れた。男子生徒に腕をつかまれ、引き寄せられる。一瞬、動けない私の顔に、男子の顔が近づいてくる。
それがどういう意味か……つまり、キスされ――――、

ごっ!!

「がぁっ!?」
「っく……!」

悲鳴とともに、男子生徒は飛びのいた。口元からは切ったのか、血が流れ出している。
私は痛む額を押さえる。無意識に拒絶した身体は、男子生徒の顔面に頭突きをかましていたようだ。

「この女……!」

忌々しげに呟く男子生徒。周囲の空気も剣呑なものに変わり、取り巻きも手に手に武器を構えた。
これは、ちょっと五体満足じゃすまなくなりそうだった…………。

〜12月25日(金)〜

「……ふぅ、どこにいるんだよ、いいんちょは」

校内、中庭、グラウンド、弓道場、体育館と見て回り、近くにいた知り合いに声をかけてはいるものの、手ごたえはない。
ひょっとしたら、女子寮に戻ってるかもしれないな……一度、委員長の部屋に行ってみようか。
そんなことを考えながら、俺はグラウンドの端にあるダンジョンの入り口に足を向けた。
今も、一般の家族連れでごったがえしているダンジョン入口。周囲を見渡すと、立ち並ぶランサーに混じり、見知った顔が見えた。

「おーい、竜胆。それにセレスも一緒か」
「ああ、相羽じゃないか。どうしたんだい?」
「あ、カイトさん、こんにちは。ひょっとして、様子を見に来てくれたんですか?」

ちょうど休憩中なのか、竜胆とセレスの二人は、お菓子を手にのんびりとしていた。
俺は、委員長の特徴をざっと述べ、彼女の姿を見てないか、二人に聞いてみた。

「う〜ん、結構別のクラスのヤツともすれ違うけど、そもそも、あまり面識ないからな」
「そっか。時間取らせて悪かったな」
「……あの、その人って、カイトさんとどういう間柄なんですか?」

竜胆の応答に落胆した俺に、おずおずとセレスが聞いてきた。俺と委員長の間柄……一言で表現するには複雑な関係だった。
二人の視線に沈黙する。それでも、俺は委員長を探さなくてはいけない。

「あの、ちょっとよろしいですか」
「?」

そのとき、たむろっていた俺達に声をかけてきたのは、女の子を連れた家族連れだった。
おそらくは、今も行われているダンジョンツアーの参加者なのだろう。そう判断したのは竜胆も一緒か、彼女はダンジョンの隣に設えた受付を指差した。

「参加なら、あっちで受け付けてますよ。ちょっと、今は混み合って時間も掛かりますけど」
「いえ、そうではないんです。私たちは、さっきツアーに参加したんですが……案内役の女生徒が、男子生徒たちに連れ去られてしまったんです」
「……ええっ?」

家族連れの言葉に、セレスが驚いたような声を上げる。連れ去られたって、どういうことなんだ?

「そいつは、穏やかじゃないね。詳しく話してもらいたいな」
「は、はい……」

無意識に口調が地に戻った竜胆に促され、老夫婦は事の次第を話し出した。ダンジョンツアーは順調に進んでいたが、地上に戻るとき、十数名の男子生徒に絡まれたこと。
案内役の女生徒は、ランサーを家族客の護衛にあて、自らは、男子生徒に付き従い、どこかに連れ去られてしまったのだとか。

「一応、受付に届けましたが、様子を見て対応するとだけ……このまま放っておいて良いものかと」
「……ねぇ、陽子お姉ちゃん、大丈夫なの?」
「陽子、お姉ちゃんだって!?」

女の子の声に、俺は声を荒げていた。女の子は、俺のほうを見て、ほやほやとした笑みで、こくりと頷いた。

「うん、陽子お姉ちゃん。すっごく強くて、かっこいいの」
「!」

少なくとも、俺の知る限り、強くてかっこよくて、陽子という名前の女子は一人しかいない。
俺はダンジョンの入り口に走った。と、数歩も行かぬうちに、俺の隣に小柄な影が並んだ。

「竜胆、それにセレスも……」
「ま、ちょうど暇してたからね。付き合うよ」
「暇じゃないですよ……お待ちのお客さんは、どうするんですかぁ」

にかっと笑う竜胆と、半泣きのセレスの組み合わせに俺は苦笑した。家族連れの列に割り込んで、俺はダンジョンの扉を開けた。
案内役の女生徒がそれに気づいたのか、怒りの声を上げてこちらに詰め寄ってくる。

「ちょっとあなたたち、今は一般生徒は立ち入り禁止よ!」
「悪い、行かせてくれ!」

制止の声を上げる女生徒を振り切り、俺と竜胆、セレスはダンジョンへと潜ったのであった…………。


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