The Love song for the second week..    

〜12月〜
〜聖誕祭〜



「対魔王、同盟協議会……ですか」

聖誕祭の行われている……というか、全国規模で行われる祭りのうちの一つ、舞弦学園の聖誕祭。
その屋上で、大陸中から集まった有志の代表者――――なかには、遠くのアガメン通商圏からも来た人々もいる。
さまざまな種族、人種の集まりの人の輪で…………彼らは、ロニィ先生の提案に、一様に顔を見合わせた。

魔王ラガヴリ――――これより先、おおよそ十年後の、王国暦574年に復活が予言されている魔王。
それに対抗するため、今のうちより魔王に関する情報、対抗策を集めることを念頭に、一つの組織を発足しようというのだった。

「そういうことね。ここにいる皆って、一癖も二癖もあって、団体行動に向かないんだけど、だからこそ、好きなように動けるでしょ♪」
「つまりは、政権の中央ではなく、爪弾き者によって支えられる組織ということか、たいしたものだな!」

皮肉っぽく言ったのは、老軍人。彼はラスタルの軍に籍を置いていたが、エルフ嫌いを公言してはばからず、閑職に追いやられていた。
もともと、ラスタルは親エルフが大半を占めている国である。実力云々以前の時点で、彼は出世の糸口を与えられていなかった。
実力、実績に関して言えば、他者が一目置く存在であるにも拘らず、彼は未だに、部下を持たない身の上であった。
まぁ、そのおかげで、さまざまな公式の式典などを無視して、ベルビアの冒険者学校などにも訪れることができたのだが。

「ですが、少々時期が早いのではないですか? 十年という期間の間、組織を維持するにも、莫大な労力がかかると思いますが」

黙り込んだ皆の中で、続けて声を発したのはサラリーマンの青年。彼は、ビアンキ共和国にある武器メーカーの社員であった。
新興のメーカーであるが、精力的に活動しており、今回は舞弦学園の武器防具の見積もりを引き換えに、この会合に参加していた。
二十代後半と、年齢は若いが、その目利きは確かなものと、巷での評判は良い。

「それに、各国でも魔王についての伝承、逸話などを参考に、対応策を練っているのです。われわれが動くべきなのでしょうか?」
「う〜ん、それなんだけどね……災害とかって、けっきょく直前になってあわてて準備するでしょ? 今はまだ、どこも本格的に動いてないみたいよ」
「――――それは、確かにそうですが」
「嵐が来たんなら、雨漏りくらいで許されるけど、魔王が復活すると……楽しそうだけど、大変そうじゃない?」

ロニィ先生の言葉に、困惑するように互いを見る人々。重要な話があると集められて来たはいいが、話の大きさに、困惑しているようである。
そんな彼らに言い含めるように、ロニィ先生はあくまでも……にこやかな相好を崩さず、言葉を続けた。

「まぁ、百年後くらいなら、確かに無視してもいいけど、十年は、意外にあっさり過ぎるものよ? その時になってヤな思いはしたくないと思わない?」
「確かに、そうですね……来るべき未来のため、私達は動くべきなのでしょう」

ロニィ先生の言葉に相槌を打ったのは、先ほど聖歌を歌っていた、エルフの少女である。
その言葉を聴いて、老軍人の眉が跳ね上がった。どうも、彼のエルフ嫌いは筋金入りのようである。

「ふん、ご大層なことを言う……同じ言葉でも、エルフともなると、言い方も高尚めいておるわ」
「――――貴様! お嬢様に向かってなんと言う口の利き方を……!」

老軍人の言葉に、少女に付き従っていたエルフの青年が、怒りの表情とともに、老軍人をにらむ。
彼だけでなく、エルフの少女の付き添いの共は皆、老軍人を険しい目で見つめていた。

「良いのですよ、マイトレイ――――申し訳ございません、猛りし御方」
「お嬢様!?」

だが、そんななか、老軍人に皮肉を言われたエルフの少女は、彼に向かって深々と頭を下げたのである。
ぎょっとしたのは、少女の付き添いの青年。だが、そんな彼を手で制し、少女は老軍人に優しく語りかけた。

「ですが、これからは志しを同じくする仲間となるのです。できれば、仲良くしてはいただけないでしょうか?」
「――――ふん、別に、仲良くしないとは言っておらん……ただ」
「はい?」
「その偉そうな物言いは何とかしたほうがいい。年相応の、娘らしい言葉でいいと思うが」

小首をかしげていた少女は、老軍人の言わんとすることが分かったのだろう。
困ったように、頬を染めて、少女は老軍人に微笑を返した。

「すいません……慣れておりませんので。追い追い、努力します」
「そうしてくれ。堅苦しいのは好かん」

エルフの少女と、老軍人――――なんだかんだと言って、どうやら互いに和解できたようである。
その様子に、不満そうな少女の取り巻きのエルフ達…………また、我関せずな人間も何人かいる。そんな周囲を見て、サラリーマンは嘆息交じりにつぶやく。

「やれやれ、これは、前途多難のようですね」
「そうね。でも、退屈よりはましでしょ?」

サラリーマンの言葉に応じたのは、ロニィ先生。こうして、ちぐはぐながらも、魔王への対応策を練る組織が一つ、発足されたのであった。
首謀者はロニィ先生……しかし、その裏にはもう一人の人物が、裏から関与していたのである。それは……、

「それで、わざわざこんな所に我々を集めて……いったいこれから、どうするというのだ? どうせ、ディクソンの坊やの差し金なのだろう?」
「あらら……あっさり、ばれちゃってるわね」

老軍人の台詞に、さして困ってもいないという風に、笑うロニィ先生。彼女は相変わらずの笑顔のまま、居並ぶ人々に、何事か言う。
彼女の言葉を聴き、あちこちから不満そうな声が上がる。幸い、隔離された屋上のため、誰もその文句を聞きとがめるものはいなかったが。

老軍人は仏頂面に、エルフの少女は赤面し、サラリーマンは取り繕うように苦笑を浮かべた。
そうして、屋上の扉が開け放たれる……話は終わりなのか、屋上に集っていた人々は、ロニィ先生も含め全員が、階下へと各々降りていったのであった。

〜12月25日(金)〜

人々が行き交う校内――――下級生の行う催し物を、俺とコレット、ミュウも渡り歩きながら楽しんでいた。
チョコバナナ、わたあめ、金魚すくいなど、縁日めいた雰囲気のなか、三人で遊ぶ。
それはそれで楽しかったが、一つ問題があった。三人で遊ぶのはいいが、ミュウとちゃんと話す、きっかけがつかめないでいたのである。

「しかし、どうするかな……」
「ん、ふぁにが?」

もごもごと、口の中で焼きそばを咀嚼しながら、コレットがのん気そうに俺に聞き返してきた。
最初こそ、ミュウに遠慮していたのか多少おとなしかったが、今は率先して校内を練り歩いている。
金魚すくいに集中しているミュウが、こちらに聞き耳を立ててないのを確認して、俺はコレットの耳に口を近づけて、ひそひそ声で囁いた。

「だから、ミュウとちゃんと話をしようにも、どうやって二人っきりになるんだよ」
「…………んくっ。そういえば、そうだったわね」

今、気づいたかのように、焼きそばを飲み込むと、深刻そうに考え込むコレット。
こいつ…………ぜんぜん考えてなかったな。それとも、鳥頭並みに、三歩進んだら忘れてたか……後者だろうか?

「なんか、哀れみのこもった視線を向けられてるような気がするけど」
「気にするな。それより、どうするんだよ。ミュウは三人一緒だから、俺達と一緒に来てるような気がするけど」
「そうね……よっぽどのことがない限り、カイトとミュウを二人にするのは得策じゃない、か」

何とか自然に、私だけ離れる理由があればいいんだけど……とつぶやき、知恵をめぐらそうとコレットは考え込む。
そのとき、金魚すくいを終えたミュウが、教室から廊下にと戻ってきた。

「お待たせ。何とか一匹取れたよ……? どうしたの、コレット?」
「う〜ん……」
「?」

うんうんと考え込むコレットをみて、怪訝そうに小首を傾げるミュウ。
怪しまれそうだと感じて、俺はとっさに、言い訳めいたことを口にしていた。

「ああ、気にすんな。さっきから食いすぎで、トイレが近く――――」
「ふっ!」

ごす。

「――――!」
「か、カイト君、どうしたの? 急にお腹を押さえて……」
「気にしないほうがいいわ。単なる食べすぎよ」

腹を抑えて、悶絶する俺を見て、ミュウが不安そうになるのを、ちっこい加害者は平然とそうのたまった。
死角に隠れての腹部への一撃……もうちょっと下だったら、男の尊厳がピンチだったぞ……いや、衝撃は十分に響いたが。

「だ、大丈夫……? 保険室いこうか?」

心配そうに言うミュウに返答もできず、うずくまる俺。よっぽど良い位置に入ったのか、しばらく動けそうもない。
周囲の喧騒が腹に響いて、がやがやと人が行き交う音も、やけに遠く聞こえる。その時――――、

「やっほ〜、お久しぶり、コレット、ミュウ!」
「あっ……リナちゃん!? ユウキ君も……」
「ひさしぶりだな、ミュウ。探すの、大変だったぜ」

聞きなれない声が聞こえてきた。どうやら、ミュウの知り合いのようである。
うずくまったまま、聞き耳を立てる。近づいてきたのは、男女のペアのようだった。

「よう、コレット。相変わらずちいちゃいな」
「むっ、うるさいわねぇ……端っから喧嘩を売ってるの?」
「まぁまぁ……落ち着いて、コレット。でも、どうしたの? 急に」
「ええっと……ちょっとベルビアの聖誕祭を覗いてみたくなって」

聞きなれない男子の言葉にコレットが食って掛かるのを、ミュウが止め、応じるように聞きなれない女の子の声が聞こえた。
さっきのミュウの言葉からすると、男の方がユウキ、女がリナという名前だろう。

「ま、だから実習は自主休講――――で、はるばる舞弦学園まで来たってわけだ」
「まったく……後が大変なのよ、ユウキったら、後先考えないんだから……ところで」

ユウキの言葉に、リナがそうやって反論すると、続けて――――どうやら俺に視線を向けたようである。
心配そうな視線と言葉が、うずくまった俺の耳にも届いた。

「その人、大丈夫なの? なんか、顔色悪そうだけど」
「あ……そ、そうだ! カイト君、大丈夫!?」

ミュウがあわてて、俺の肩をゆする。が、さっきのコレットの一撃は、かなりのものだった。
さすがに、腰が抜けたわけではないが、膝が笑っていて、歩くのにも難儀しそうだった。

「ちょっと、やばいかもな……」
「コレット――――私、保険室にカイト君を運ぶわ」

俺の様子を見て取ったのか、ミュウはそういって、俺のそばに屈んで肩をかそうとする。
心得たのか、コレットがうなづいたのが、地面に伸びる影から読み取れた。

「オーケー、それじゃあ私は、二人を案内するわ。何かあったら、校内放送で呼びなさいよ」
「うん、わかったわ……さ、カイト君、つかまって」
「ああ……」

ミュウの肩を借りて立ち上がると、廊下の向こうに歩いていくコレットと、一緒に歩く二人の男女の姿が見えた。
黒い学生服――――どうやらそれは、遠目には光綾学園の制服のように見えた。

「ミュウ、あの二人、コレットの知り合いか?」
「ユウキ君と、リナちゃんのこと? 彼女達は十ね――――……」
「じゅうね……なんだ?」
「あ――――と、コレットの十年来の友人なのよ。わざわざ、ラスタルから来たんだって」

へぇ……と、俺は相槌を打った。まぁ、確かにコレットも向こうに知り合いの一人くらいは、いるだろう。
わいのわいの……と、人のにぎわう廊下をミュウに肩を借りて歩きながら、俺はそんなことを考えた。

十年来の友人…………幼馴染、か。

肩を貸してくれる、少女の横顔を見る。小さいころから、ずっと一緒にいた女の子。
ずっと一緒にいたはずなのに、気がついたら遠くに離れてしまった、幼馴染…………。
綺麗になったその横顔を見ながら、俺は一抹の心の揺らぎと、その理由について、思いを馳せていたのだった。

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