The Love song for the second week..
〜12月〜
〜聖誕祭〜
よく晴れた青空。聖誕祭でにぎわう校内で、今日は鍵がかかり、入場できない場所があった。
昼頃ではあるが、吹く風は非常に寒い……舞弦学園の屋上は、冬の日差しに照らされて周囲とは隔絶されていた。
「まったく、何故、こんな場所にいなければならんのか……!」
屋上には、十数名の老若男女が屯っていた。白髭の軍服を着た初老の男、エルフの少女、見た目はパッとしないサラリーマンなど、様々な種類の人々。
彼らの共通点はといえば、ロニィ先生に呼ばれて、ここに来たということだけだろう。
「まぁまぁ、落ち着いて、お茶でもどうです?」
「……ふん」
サラリーマンの差し出したお茶を、憮然とした表情で啜ると、老軍人は、どこか胡散臭げに周囲を見渡した。
流れるような旋律が聞こえる。数名のエルフの男女が、屋上の一角に陣取ってくつろいでいた。
一人の少女が、歌を口ずさんでいた。それは、聖誕祭で歌われることになっている、聖歌の類のものだった。
「まったく、気が滅入るわ。あのような輩と一緒にされるとはな」
「そうですか? 良いじゃないですか、彼女、なかなか歌も上手ですし」
エルフの少女の歌声に聞きほれるように、微笑を浮かべるサラリーマン。
その横顔をじろりと眺め、老軍人は不機嫌そうに鼻を一つ鳴らした。
「貴様らにとっては、相手が誰であろうとかまわんのだろう。死の商人とは、よく言ったものだ」
「お褒めに預かり、光栄ですね」
皮肉を利かせたはずの老軍人の言葉を、サラリーマンの青年は笑って受け流した。
どうやら、そのたぐいの誹謗中傷は、聞きなれているらしく、眉の一つも動かしていない。
「♪……」
と、聖歌が終わったのか、エルフの少女の旋律が途切れた。
ぱちぱちと、エルフ達から拍手が送られる。その様子に、照れていた少女は、別方向から聞こえてきた拍手の音に、ちょっと驚いた様子で音のほうに顔を向けた。
拍手をしていたのは、先ほどのサラリーマンと、老軍人も拍手を送っていたのであった。
「…………」
無言で、ぺこりと頭を下げるエルフの少女。彼女はともかく、ほかのエルフは少々胡散臭そうに、サラリーマン達を見ていたが。
「――――意外ですね。口調からして、あなたは彼らを気に入ってはいないようでしたが」
「ああ。もちろんだとも。もっとも、だからと言って……評価を下げるわけにもいかんだろう」
拍手を終えた老軍人は、憮然とした様子。それがおかしかったのか、サラリーマンは微笑を浮かべた。
「お待たせ〜〜〜〜、みんな待った?」
と、その時、鍵のかかった屋上の扉を開けて、ロニィ先生が屋上へと上がってきた。
その傍らには、男子高校生――――シンゴの姿。彼は、背中に背負ったものを下ろす。
移動式の黒板……車輪つきのそれを持って階段を上ってきたシンゴは、相変わらずの笑顔で、それをガラガラと屋上の中央へと移動した。
自然、周囲の目がそれへと集まる中、年齢不詳の美少女教師は、どこかゆったりと、足音を立てずに黒板へと歩み寄った。
「さて、それじゃあ始めましょうか?」
黒板の前に立って、白いチョークを指で遊びながら、ロニィ先生は集まった人々へと声をかける。
一同が、気を引き締めるように黙り込むと、ロニィ先生は黒板へと何かを書き記していく。
のんびりと人々が過ごす聖誕祭の裏で、そのようにして……重要な会議が進行しようとしていた。
〜12月25日(金)〜
「ほらっ、はやくこっちこっち!」
「う、うん……」
ざわざわと、祭囃子のような騒がしさ……実際、祭りなのは確かなんだけど。
あちこちで騒々しくも行われている騒ぎは、舞弦学園の名物のようなもの。週末の休みと重なり、後先考えずに騒ぐやつも多かった。
「おい、あっちで喧嘩が起こってるってさ。いってみようぜ」
「またかよ……よくあきないよなぁ、みんな」
俺たちとすれ違うように、男子生徒たちが騒ぎの方向へとかけていった。
あっちもこっちも大騒ぎ、まるで、今日という日が人の最後の日のように、全部の力を出すかのように、みんな、はしゃいでいた。
「ほら、はぐれちゃうわよ! カイト、ミュウの手を、とってあげなさいよっ」
「あ、ああ」
「ぁ……」
コレットに急かされ、ミュウの手を思わず握ると、ミュウはちょっと驚いた顔をしたが、その手を離そうとはしなかった。
なんだか、安心する。単純だといわれるかもしれないが、ただこうやって触れられているだけで、今までの蟠りも、無かった事に出来るのではないか……とすら、思えてくる。
「よしっ、こっちの手は、わたしねっ♪」
「うおっ!?」
いきなり引っ張られ、俺は思いっきりつんのめった。見ると、ミュウの手を握っているほうの反対側の腕に、ぶら下がるようにコレットが腕を絡ませていたのである。
バランスを崩したものの、何とか持ち直した俺だが、歩きにくいことこの上ない。手を握るくらいならともかく、コレットの全体重が片腕にかかっているのだ。
「お前なぁ……離れろよ――――重いぞ」
「失礼ねっ、女子と手を組んで歩くなんて、特権階級の権利なんだから、少しは誇らしげにしなさいっての!」
むっ、とした表情で、相変わらず俺の腕にぶら下がったまま、コレットはそんなことをのたまった。
なんとなく、周囲を見渡すと――――山盛り特盛りの視線がこっちを見ている。
うちの学校の生徒だけではない。明らかに少年組のがきんちょや、ばあさんも興味心身に俺たちの方を見ていた。
(まぁ、よく考えりゃ、ミュウもコレットも目立つもんな……)
普段でも、けっこう……ミュウやコレットを追って目が動いている生徒がいることに気づいたのは、少し前のこと。
それは男子生徒だったり、時には女生徒だったりする。今でもあちこちから注目されているように思えるのは、間違いじゃないだろう。
いつも一緒にいたら気づかない。ほんの少し離れた場所に立たされて、気づいた小さなことだった。
「ま、それはそれとして、歩きにくいのは確かなんだ。ミュウと一緒で、手をつなぐぐらいにしとけよな」
「――――」
「どうした、ほら」
「ん、う、うん……」
一度、腕を振り解いてはなれた後、あらためて俺が手を差し出すと、なんだか急にオドオドとした様子で、コレットは手を差し出してきた。
しかし――――周囲の視線が痛いぞ。あちこちから殺意っぽい感じもモヤモヤと出てきてるようなきもするし――――、
「てい」
「きゃうっ!?」
急遽、予定変更。俺は腕を伸ばすと、俺の手に気をとられていたコレットの額に、ピシッとデコピンをかましてみた。
ちょうど額の真ん中に決まったのか、コレットは数秒間、額を抑えてうずくまってしまった。で、次の瞬間、
「な……何するのよ、この%‘$&$(#・Π・)/!!!!」
よほど頭にきたのか、後半はまともに言葉になってなかった。
真っ赤な顔で、ぶんぶんと腕を振り回してわめきたてる姿を見ると、とても同学年とは思えない。
そういえば、さっきから……そこいらの、がきんちょが――――何かコレットに話したそうにしてるよな。同学年と思われてるとしたら、不憫なこった。
「悪いな、やっぱり片方の手は開けときたいからな。じゃ、行くとするか、ミュウ」
「え、あ、その……」
ミュウの手を引き、さっさと歩き出す俺。戸惑いながらも、ミュウは素直に後についてきた。
柔らかな彼女の手を引いて歩くと、なんだか落ち着く……そういえば、ずっと昔、こうやって手を引いて歩いたことがあったような――――、
「待・ち・な・さ・いっていってんのよっ!」
「おわっ!?」
思わず昔のことを考えていた俺は、その瞬間、コレットにものの見事に軸足を払われていた。
反転する視界。とっさにミュウの手を離したのはよかったが、そうすると支えが当然なくなるわけで――――
がごんっ
「きゃ……か、カイト君、大丈夫?」
「あ、ちょっと……まずったかも」
額が床に直撃し、俺は声もなく痙攣した。これはひょっとして、先ほどのコレットへのデコピンの因果応報なのかもしれない。
当たり所が良かったのか悪かったのか、気絶することもできず、俺は、しばらくの間、痛む額に苦労する羽目になったのであった……。
戻る