The Love song for the second week..
〜12月〜
〜聖誕祭〜
「はーいっ、ダンジョン見学ツアーはこちらになりますっ! 参加する方は、こちらの受付までお越しくださーいっ!」
景気のいい掛け声と、周囲にたむろする人々。舞弦学園内にあるダンジョンを使った、見学ツアーはことのほか好評であった。
低階層に設定されたダンジョンを、学園生と一般客で冒険するという趣旨のこの企画、立ち上げたのは、どこぞのスカウト教師らしい。
ダンジョン内を軽く回り、周囲の探索、モンスターとの戦闘と、軽くこなして十数分で戻ってくるのだ。
この時期になれば、三年の冒険者たちはそこそこの使い手になっている。低階層のスライムやこぶしファイターに苦戦することもない。
そんなわけで、滞りなくツアーは進められた。低階層とはいえ、ダンジョンに潜ること自体、初めての人もおり、子供たちは特にはしゃいでいた。
あまりに好評すぎて、現在は数時間待ちになっているのが実情である。実際にダンジョンに潜る三年生が、そう多くないせいもあったが。
「ふぅ…………、しかし、慣れないことをするもんじゃないね」
「沙耶さん、お疲れ様です」
また一つの集団が、ダンジョンから外へと出てくる。剣を持った女生徒、弓を持ったエルフの女生徒に、親子連れのパーティであった。
子供達に手を振って分かれたあと、二人は更衣室に行って一息入れる。数分の休憩のあと、またダンジョンに潜りなおすためである。
「――――ま、あたしは暇だったからいいけど、セレスは災難だね。せっかく、相羽を誘おうとしてたのにさぁ」
「あはは……でも、ロニィ先生には逆らえませんから」
そういうと、セレスはさして気にしていないという風に笑う。ぽややんとした雰囲気が、場をなんとなく和ませていた。
想いというものは、ひどく曖昧なものである。誰かを好きという思いに明確な数値があれば、皆、苦労しないと思うのだが。
なんにせよ、この時のセレスのカイトに対する気持ちは好意であっても、恋愛感情とはいえないものだった。
もっとも、何かの弾みであっさりと恋愛感情にもなりえるほどの、傾倒的な好意であるが。
「あ、こんなところで休んでるんだ」
と、その時、セレス達のように、ダンジョンに潜っていた3年生の女生徒が、部屋に入ってきた。
魔法使いの持つロッドを持ち、羽根付きのベレー帽をかぶった、活発そうな女の子である。
「ん、どうしたんだい? こちとら、まだ疲れが取れちゃいないんだけどね」
「あ〜、ロニィ先生からの命令だって、込み合ってるから、ペアじゃなくて、シングルで案内しろってさ」
肩をすくめながら、ベレー少女は言う。つまりは、沙耶とセレスの組でなく、今からは個人個人で案内をしろというのだろう。
……まあ、何時間待ちか知らないが、込み合っているのだから、できるだけ多くこなすべきという上の意向は間違いではない。
「え、でも……」
だが、とたんに不安そうになったのは、セレスであった。彼女にしてみれば、見知った相手もいないで、他人とダンジョンに潜るのは気が進まなかった。
武弦学園の女生徒目当てに、聖誕祭を訪れる輩もいる。友人と一緒ならまだしも、言い寄られてあしらえるほど、セレスは図太くなかった。
「ま、命令だから仕方ないよ。それに、パートナー代わりにランサーが貸し出されることになるらしいよ」
「へぇ……教師側も、意外に太っ腹なことをするじゃないか」
その言葉に目を輝かせたのは沙耶である。
学校側の貸し出しであるランサーは、基本的に割高になっているので、普通の生徒はおいそれと手が出せない。
高価な玩具のようだ、とは、誰が言っただろうか。なんにせよ、こういう機会で使用できるのは、ありがたかった。
「さ、それじゃあこれからは別行動だな。少しは忙しくなるか」
「あ、あの……」
何か言いたげなセレスを残して、沙耶はベレーの少女とともに、部屋を出て行ってしまう。
取り残された感のセレスは、はぁ、と小さくため息をついて、手に持ったぬるめの缶ジュースをちびりと飲んだのである。
そうして、ダンジョン見学ツアーは様々なトラブルなどを起こしつつも、順調にお客をこなしていった。
その要因のひとつとして、ランサーを見た子供たちが、興味を持ち、勝手な行動によるトラブルを起こさなくなったのも……あったといえよう。
〜12月25日(金)〜
校内の教室……音が外に漏れない防音設備の整った部屋、といえば――――言わずもがな、スカウト教室である。
なにせ、学園の危険物と目視されている生徒の4割が、スカウト系の能力を持っているのである。
爆発はもとより、妙な騒音、変な実験器具……とにかく事あるごとに、周囲に迷惑をまき散らかすことが多いのだ。
そんな訳で、スカウトのスキルの習得は、規定された教室以外では行わないようにと、厳しく規則で示されている。
スカウト教室は、主に使用するロニィ先生を始め、何があっても周囲に被害を撒き散らさないように、十重二重の防衛結界が張ってあるのだ。
「LAHA、LALA、LAHASYA……永久に歌えよ、神の子よ……♪」
緩やかなピアノの音とともに、少女達の歌声が聞こえてくる。教室の後ろのドアを開けて中に入ってとたん、涼やかな声が聞こえてくるから不思議だ。
ちなみに、ドアを開けるだけでは、音は外に聞こえてこない。教室の中に足を踏み入れて初めて、音が聞こえるようになるのだ。
「RARA、RAHA、ARASYA……永久に眠れよ、母の手で……♪」
響きあう音色……囁くような言葉と、流れるような唱和。聖歌というのはたまにミュウが歌っているのを聞いたことがあるが、今聞くそれは、別物だった。
歌は続く……誕生と祝福、生と死と、人に列なる想いを綴った、作者の魂をそのまま歌い上げる。
「白き羽よ、大地に降り立て。父なる神と、母なる人と……愛しき人に抱かれて眠れ♪」
最後の一小節が終わったんだろう。ピアノの音と、少女達の歌声が止まる。
ほうっ、とした、ため息がいっせいに漏れた。合唱というのは、そこまで神経を使うんだろうか?
見慣れた武弦の制服と、対照的な光綾の制服が分かれて並んでいる。そんな人垣の中に、見知った少女の姿を見つけた。
「最初のほうは、もう少し抑えて歌ったほうが良いかもしれないわ。他は……」
後輩の少女たちに、真面目な顔で指導している幼馴染……普段見慣れない、凛々しい姿に、なんとなく見とれてしまう。
その光景が珍しく、このまま見ていたいという気持ちもあった。とはいえ、ずっと、こうしているというわけにもいかない。
ミュウとは一度、しっかり話さなければならないのは確かだった。
「ミュウ――――!」
と、女子の群れにどう声をかけていいのか迷っていた俺の隣で、コレットが声を張り上げたのはその時。
ざわ……というざわめきとともに、周囲の視線が、いっせいにこっちを向いた。
下級生とはいえ、数十人の女子の視線に、思わずしり込みする俺。しかし、幸いというかなんと言うか、彼女らの視線は、俺のほうを向いてはいなかった。
「きゃ――――可愛い――――!」
そう言ってコレットに殺到したのは、光綾学園の生徒達だった。戸惑うコレットを取り囲んで、わいのわいの騒いでいる。
ちなみに、その中には、武弦学園の女子も、かなりの数が混じっている。
中身はさて置き、コレットの見た目は、学園内でもかなり目立つ。高校生の中に小学生が混じっているようなものだ。
そんなわけで、コレットのことを知っている生徒なら兎も角、初見の相手なら、この反応は当然といえた。
「ううう……ひどい目にあったわ」
「だ、大丈夫、コレット……?」
廊下をふらふらと歩くコレットに、ミュウが気遣わしげに声をかける。
あの後、女生徒の群れを掻き分けてコレットを救出した後、ミュウの手を引き、早々に俺はスカウト教室を脱出した。
一緒についてくるのを渋ると思ったミュウだったが、一連の騒ぎのせいで、断る機会を逸したのか、素直に一緒についてきていた。
これも、コレットの崇高なる犠牲の上の恩恵である。俺は、窓の外の青空に映る、ハーフエルフの少女の幻影に、感謝の意を込めて敬礼した。
「…………人を勝手に殺さないでよっ、まったく」
「お、復活したな。さすがはコレット――――それが若さというものか」
「……ふふっ」
お、ミュウが笑った。それを見て、なんとなく安心した。
やっぱり、ミュウは笑顔でなきゃな…………俺はそんなことを考えながら、コレットとミュウと一緒に、人でにぎわう廊下を歩き続けたのだった。
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