The Love song for the second week..    

〜12月〜
〜聖誕祭〜



「委員長、無事なのか!?」
「え、相羽君……?」

天井から壁、床にかけて、びっしりと奔っている獣の爪痕――――そんな半壊した部屋の中央で、呆然とした表情で、委員長はこっちを見て呟きを放った。
様子を見る限り、どうやら乱暴されたりはしていないようだ。俺はホッとして、委員長に駆け寄る。

「助けに来たぜ。大丈夫だったか、いいんちょ」
「ええ、何とかね。さすがに冷や汗はかいたけど……」

苦笑じみた表情で、委員長は言葉を返す。と、俺の後から遅れてきた竜胆が周囲を見渡しながら、顔をしかめた。

「こりゃあ酷いね……陽子さん、だったか。アタシは竜胆、あんたのことはミュウから聞いたことがあるよ」
「ええ、言葉を交わすことはなかったけど、あなたの事は知ってるわ、さやちゃん、でしょ?」
「う、ミュウのやつ……余計な事を言ったな――――……まぁいいや、それで、あんたをさらった男達ってのは?」

竜胆の言葉に、俺は部屋を見渡す。しかし、もとより障害物になるようなものもない大部屋――――誰かが隠れているようには見えなかった。
何となく、風が流れて血の臭いがしたような気もしたが、それも一瞬……俺たちの周囲には、誰も居ないようだった。

「突然現れた、モンスターにやられて消えたわ。多分、保健室に転送されたんだと思う」
「――――ふぅん、で、アンタだけが無傷で残ったってわけだ」

竜胆の言葉に棘のようなものを感じ、俺は竜胆の様子を伺い見る。どこか疑うように、彼女は委員長を睨みつけていた。
その手は大剣の柄に掛かっており、いつでも抜剣できる事は、そのしぐさから見て取れた。

「おい、竜胆、何を――――?」
「おかしいんだよ。さっき会った男子生徒は背中をスッパリ切断されてた。部屋も見ての通りボロボロだ。なのに、あんただけ無傷……ひょっとして、あんたの仕業じゃないのかい?」
「竜胆!」

いきなり委員長に絡む竜胆に、俺は声を荒げて竜胆のむなぐらをつかみ上げた。だが、竜胆の鋭い目つきをみて、手の力を抜く。
竜胆は冗談でもなんでもなく、本気で委員長を疑っているようだ。委員長が、男子生徒を手に掛けたのではないかと――――。
委員長は、竜胆の言葉に、さして反応を見せなかった。ただ、竜胆の視線を避けるように瞳をそらしてポツリと…………、

「――――あれは、私じゃないわ」

つぶやくように、しかし、語尾にわずかな怒りを込めて、委員長は言葉を吐き出した。
その言葉に気を削がれたのか、竜胆は柄に掛けていた手を離し、驚いた表情で委員長を見た。

「――――とにかく、いいんちょは助けたんだ。ここから離れようぜ」

重くなった場の空気を取り繕うように、俺は二人に言葉を掛ける。
気まずい雰囲気を感じていたのは、竜胆も委員長も一緒だったらしく、俺の言葉に首を縦に振った。

「そうだね、地上に出るとしようか――――と、その前に……相羽、あんたちょっと、向こうを向いてな」
「え、何でだよ?」
「何でも。 ほら、さっさとあっちを向く!」

強い口調で言われ、俺は分けもわからず、後ろに向き直る。と、

ごきっ!

「――――!」

鈍い音とともに、委員長の声もない悲鳴が聞こえ、俺はあわてて振り返る。
見ると、竜胆の傍らで、委員長が右肩を抑えて蹲(うずくま)っていた。

「おい、どうしたんだ、いいんちょ!?」
「慌てるんじゃないよ。ちょっと外れてた肩を戻しただけさ。ほら、この布で吊って」

竜胆は、手早く委員長の右腕から右肩を、手に持った布地で固定する。
委員長は大人しく、竜胆の手当てを受けている。表情にこそ出さないものの、その額には、うっすらと汗が浮き出ていた。

「ありがとう、竜胆さん」
「なに、こちとら打ち身に打撲は日常茶飯事だからね。これくらいの事はお手の物さ」

立ち上がった委員長は、痛みを感じているだろうに、平気そうに笑みを浮かべる。と、竜胆は委員長の肩をいつもの調子でバシッとひっぱたいた。

「――――っ!」
「うわぁっ! いいんちょ、大丈夫かっ!?」
「あ、悪い悪い。つい…相羽にやるノリで叩いちまったよ」

声もなく膝を落として震える委員長を、俺は助け起こす。竜胆は引きつった笑顔で頬をポリポリとかいた。
ともかく、委員長は助け出した。となれば、これ以上ここに居る必要はないだろう。

「よし、用事は済んだことだし、とっとと出ることにしようか。相羽、あんたは陽子さんを守ってな。この階のザコくらいなら、あたし一人で充分だしね」
「わかった、俺は…いいんちょについているから、頼んだぞ、竜胆」

準備運動なのか、鞘を収めた剣を数度振る竜胆。委員長の傍らに控え、俺は竜胆に応じる。
そうして、部屋から出て、セレス達の待っている場所に向かったのだが――――、



「………居ないな」
「ああ、セレスのやつ、どこに行っちまったんだろうね?」

変哲のない廊下の片隅。先ほどの戦闘の痕が生々しく残った破壊の現場――――。
その目印があるから、ここで間違いないと思うんだが………当の本人達の姿が見えなかった。
傷ついた男子生徒と、その男子生徒を看護しているはずのセレスは、どこに行ったんだろうか…?

「まさか、モンスターにやられたんじゃ…」
「なわけないだろ? いくらセレスの見た目が弱っちくったって、この階層のザコに負けるはずもないだろうし…案外、先に出口に向かったんじゃないか?」

竜胆の言葉に、俺は少し考えて、そうかもしれないという結論に至った。
先ほどはパッと見しかしなかったが、男子生徒の傷は、けっこう酷いものだった。容態が悪化したとなれば、医者に見せなきゃならない。
確実なのは、ダンジョンを出て保健室に連れて行くことだし、セレスの性格からして、相手が誰であれ、怪我人を助けようとするだろう。

「なんにせよ、こっちも怪我人を抱えてるんだ。セレスだってガキじゃないんだし、大丈夫だろ」
「わ、わかった。とりあえず、出口に向かおう――――委員長も、それでいいな?」

俺の言葉に、無言で頷く委員長。怪我が響くのか、言葉を発する元気もないようだ。
それにしても………なんだかんだ口で言っても、竜胆はセレスの事を信用しているようだ。いつの間にか、仲良くなってるみたいだな。

そうして、俺達は来た道を戻りだした。幸い、途中でモンスターと出くわすことはなく、出口も近づいてきた頃である。
通路の向こうに、見知った少女の姿を見つけた。男子生徒を壁に寄りかからせて、彼女は曲がり角の向こうを窺っている。
俺達の足音に気づいたのか、セレスは嬉しそうに手を振っている。と、彼女は手を振りながら、もう片方の手を口元に持ってきた。
人差し指を唇の前に一本立てて、しーっと仕草を見せているのは、静かにという合図だろうか。

「…? どうしたんだろうな、セレスのやつ」
「いや、あたしに聞かれたって分かんないよ。ともかく、いってみようぜ」

セレスのしぐさに首を傾げた俺を尻目に、さっさと彼女のもとに歩いていく竜胆。さすがに、友達付き合いが長いせいか、阿吽の呼吸を心得ているようである。
委員長を連れた俺が後に続くと、セレスはホッとしたような表情を見せた。怪我人がいるから気を張っていたようだが、元来気弱な性格だからな…。

「沙耶さん、カイトさん………良かった、無事だったんですね」

言葉の後半は、俺の隣にいた委員長に向けられたものだった。そうだな…怪我をしているとしても、乱暴をされなかったのは幸いだったよ………。
もし委員長がそんな目にあっていたら――――正直、実行犯相手に理性が保てるがどうか、自信がなかったからな。

「ああ、こっちは何とかな。それよりセレス、あんた、こんなとこで何をしてるんだい?」
「あ、それなんですけど………この曲がり角の先に、外に出る階段があるみたいなんです。ですけど、そこにはモンスターが………」

竜胆の問いに、そう言いつつ、口ごもるセレス。一人ならともかく、怪我人を抱えてモンスターの相手をするのは得策じゃないと判断したんだろう。
実際、俺や竜胆みたいに片手でも振り回せる剣の類ならともかく、セレスの場合は両手を使う弓だからな…行動が制限されるのも無理はなかった。

「何だ、出口はすぐそこなんじゃないか。待ってな、セレス、あたし達が道を開いてやるよ」
「そうだな、早いとこ片付けて、いいんちょ達の手当てもしなきゃならないしな」

竜胆の言葉に同意し、俺は剣を構える。こういったとき、背中を預けられる相手がいるのは心強い。俺を竜胆は視線を交わし、頷きあった。

「あ、ちょっと待ってください、モンスターというか、あれは………」

セレスが何か言いかけていたが、俺と竜胆は気にせず曲がり角から飛び出し――――硬直した。

「うげ、な、なんだよ………あれ!?」

竜胆が悲鳴を上げるのも無理はなかった。というか、竜胆が声を出さなかったら、間違いなく俺が悲鳴を上げていただろう。
角を曲がった先は、長い通路があり、遠くに上りの階段らしきものがちらちらと見えた。なぜ階段らしきもの、と表現をぼかしたかと言うと、よく見えなかったからだ。
階段へと続く通路には、文字通り無数のモンスターが押し合いへし合い…まるで生き物の腸のように、天井や壁一面にスライムが張り付いていたからだった。

竜胆の悲鳴が聞こえたのか、次の瞬間、いっせいに魔物たちがこっちを向いた。その目は一様に、どこか正気を欠いているようだ。

「う、うわぁっ!」
「ちょ、竜胆、一人で逃げるなよ!」

さすがにまずいと思ったのか、一目散に逃げ出した竜胆を追って、俺は委員長達の待つ場所に駆け戻った。
幸いなことに、モンスターたちが追ってくることはなかったようだ。そのことに安堵しながら、俺と竜胆は気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をする。

「ふぅ。しかし、まいったな」
「ああ、いくら雑魚っていっても、あんなに群れられちゃ、まともに剣も触れやしないよ。魔法使いが居たとしても、あれだけの数相手に押し切れるかどうか」

そう言って、竜胆は肩をすくめる。一匹一匹なら大したことのない相手でも、あんな風に大量に群れられるのは想像外だった。
いくらなんでも、怪我人を抱えてあの中を突破するのは不可能のように思える。しかし、他に脱出路があるとも思えないし、どうしたものかな…。

「あ、そういえば………」

不意に、セレスが呟くと、懐から何かを取り出した。それは、どこか古めかしい様相のアミュレットのようだった。

「セレス、それは?」
「あ、はい。ダンジョンツアーの随伴員の人は、いざという時のために、脱出用の装具をロニィ先生から渡されていたんです」

そんなものがあったのか………まぁ、ダンジョンに一般の人を入れるとなると、そういうものも必要になるんだろうけど。

「ただ………どうしようも、どうしようも、どうしようも無い時にだけ使うようにって、念も押されたんですけど………どうしましょうか?」
「………」

それでも、やっぱりロニィ先生は、ロニィ先生だったらしい。とてつもなく不安な言葉を添えてくれたようだ。どうする…? 動かないで救助を待つって手もあるが…。

「――――よし、ここでじっとしてるのも性に合わないし、使ってみよう。最初は俺が行く」
「………いや、相羽はここに残りな。使うのは…そこの怪我人とセレスとあたしだよ」
「竜胆?」

俺の言葉をさえぎって、竜胆がそんな事を言い出した。いったい、どうしたんだろうか?

「ロニィ先生の道具がまともだったことは無いからね。使うやつと残るやつ、二手に分かれよう。相羽は委員長とここに残りな」
「………わかった。運よく外に出れたら、俺達が残ってることを伝えてくれ」
「ああ。もっとも、そう都合よく行くとも思えないけど。何しろ、ロニィ先生の道具なんだし…もしかしたら、どこか変なところに飛ばされるかもしれないからね」

苦笑いをする竜胆に、俺も内心で同意する。何しろ、常日頃からワープやらマップ消去やらと物騒な罠を仕掛けまくっているロニィ先生のことだ。
転移した先が、石の中――――なんてことも普通にありそうであり、正直なところ、危険度が高い選択肢であることに間違いは無いだろう。
本来なら使いたくないところだろうが…セレスが看護している男子の容態は、あまり良くないようだ。アミュレットの使用を決断したのも、そのためである。

委員長を襲ったやつらのグループだし………いっそ、このまま放っておこうかと内心で思わなかったわけでもない。重体になれば、保健室に転移されるはずだし。
もっとも、ダンジョン内に異常が起こっているこの状況じゃ、保健室に転移できるという保証はどこにもないし…空気読めない発言をするつもりも無かった俺であった。

「よし、それじゃあセレス、頼んだよ」
「はい、ええと………えいっ」

セレスは、手にしたアミュレットの蓋を開けると、中から小瓶を取り出し床に叩きつける。いざという時の緊急脱出用のためか、細かい手順は必要ないようだ。
小瓶の中身は床に散らばると、まるで意思を持っているかのように図形を描き、転移用の方陣を描く。程なく、転移のための光が床から沸きあがった。

「急いでください! おそらくは、それほど長くは効果がないはずです」
「ああ、ほら、しゃんとしな! あと少しだよ!」

傷ついた男子生徒に肩を貸し、竜胆が魔方陣の中に足を踏み入れる。すると、その姿がすっと掻き消えて、光の向こうに消えていった。
どうやら、転移の魔法は正常に作動しているらしい。その様子を見てから、セレスは俺と委員長に向き直り、小さく会釈する。

「では、行ってきます。カイトさんも――――…お二人もお気をつけて」
「ああ、そっちも気をつけろよ、セレス」

俺の言葉にセレスは頷くと、光が徐々に弱まりつつある魔方陣を抜け、転移していった。そうして、光が消えた後に残ったのは俺と委員長である。
いつ救助が来るか分からない状況である。俺と委員長は体力を温存するために、壁に寄りかかりながら座り、救助を待つことにした。

「委員長、肩のほうは大丈夫なのか?」
「ええ、動かしさえしなければ、問題ないみたい。竜胆さんの応急処置のおかげね」
「そうか。それなら良いんだけど」

委員長のその言葉に、俺は横目で様子を見る。包帯を吊ったその姿は痛々しかったが、顔色は悪くなく、虚勢を張っているわけでもなさそうだった。
しかし、怪我をしていうことに変わりはない。こういうとき、神術が使えるやつが傍にいればな………ミュウとかがいれば、委員長の傷も治せるだろうに。

「そういえば、ミュウにあって話をしてきたよ」
「――――…そう」

それだけで委員長は、俺がミュウと交わした会話のやり取りを察したらしい。どこか考え込むかのように目を伏せた。

「ミュウは、応援してくれるって言ってたよ。それで、だけどさ………いいんちょ。あらためて、俺と付き合ってくれないか?」
「――――相羽君」

俺の言葉に、委員長は顔を上げて、こっちを向く。憂いを帯びたその瞳が俺を映し、結んだ口元が開くと――――…。

「ひょっとして、ミュウとの話が付けば、私と付きあえると思ってたの?」
「………え?」

呆れたような口調で委員長に言われ、俺はふと、委員長からは折り良いリアクションをもらってないことに気がついた。最近の出来事は無理やりキスして、泣かれた事だし。
何しろ、ミュウやコレットとの仲がギクシャクしていたから、それが解決しただけで、全部が解決したような気になってしまっていたのだ。

「私が相羽君の告白を断ったのは、ミュウの事だけじゃなかったのよ。相羽君、卒業まで、あと、どのくらいか分かっているの?」
「卒業まで………あと3ヶ月くらいだけど」
「ええ、そうよ。もう、あとそのくらいしか残っていないの。学生生活は………」

俺の目を見て、委員長は静かに言葉を投げかける。その目には、どこか達観めいた、静かな湖畔を思わせる彩をうかがわせた。

「卒業しても、一緒に過ごせる保障がない以上、私達は、これ以上親しくなるべきじゃないわ」
「保障って………そんなことが理由なのかよ」
「ええ。そうよ。もし付き合っても、そう遠くない時期、分かれることになる………だったら、付き合わないほうがいいわ」

キッパリと、委員長はそんな事を言う。そこに迷いは見えず、何を言っても委員長には通じそうに無い。
掛けることのできる言葉も無く、俺はただ、口をむなしく開閉することしかできなかった。そんな俺から視線をそらすと、委員長は宙を見上げ、ポツリと呟いた。

「本当に、せめてあと一年、貴方が私を好きになるのが早ければよかったのにね」
「………そういえば、聞いてなかったけど」

その時、委員長の言葉に、一つの違和感を感じた俺は、その事を聞こうと声を掛けた。なに? と言いたげに俺を見る委員長を見つめ、気になった事を投げかけてみた。

「結局のところ、いいんちょは俺の事が好きなのか嫌いなのか、どっちなんだ? 今まで一度も、委員長の口から聞いてないように思えるんだけど」
「………」

委員長は、何かに迷うように、視線を揺らした後、俺の顔をしっかりと見据え、迷いのない口調でキッパリと言い放った。

「…好きよ。こうしていると、心地よさを感じるくらいに、相羽君のことは好きだと思うわ」
「――――そうか」

嫌われているわけじゃないと知って、俺は内心でホッとした。だけど、喜ぶ間もなく、委員長は次の言葉を口にする。

「だから、分かってほしいの。互いの為にも恋愛事にかまけている場合じゃないことを。私も相羽君も、あと少しで学園を卒業するのだし、卒業の為に集中すべきなのよ」
「――――…」

それは、正論だった。委員長は兎も角、俺は卒業できるかどうか、いまだに微妙な立場にある。こんな時期に恋愛にかまける場合じゃないってことも、まぁ、理解できる。
だけど、他ならない委員長にそう言われるのは、正直、我慢ならなかった。俺の気持ちよりも、卒業のほうが大事なのかと、そんな風にも思ってしまったのである。

「…いやだね」
「相羽君…?」
「俺は、いいんちょが好きだし、卒業の為に付き合う事を遠慮したいとは思えない。一緒に居たいって気持ちを誤魔化して、何ヶ月も学園生活を送るのは我慢ならないんだ」

俺の言葉に、委員長は困ったような顔をする。それを見て、俺はますます頭に血が上った。苛立つままに、俺は激情を口にする。

「いいんちょが一緒だったから、俺は頑張れたんだ。いいんちょと、これ以上一緒にいれないんなら、俺はもう頑張らないし、卒業もしない!」
「………あ、あのね、相羽君。自分が何を言ってるのか分かってるの?」

俺の言葉に、委員長はめまいでも起きたのか、額に手を当てて首を振る。正直、自分でも何を言ってるのか良く分からないくらい、頭に血が上っていた。
ただ、後になって考えると………好きなものを取り上げられそうになって、泣き喚く子供のような表情を、俺はしていたんだと思う。

「話は簡単じゃないか。いいんちょが俺と付き合ってくれれば、俺は頑張って卒業する。どこに問題があるんだよ!?」
「………まぁ、確かに問題のない提案だけど――――前後の話のつじつまを考えると、まるっきり脅迫だと思うけど」

激発する俺とは対照的に、冷め切った態度で委員長は肩をすくめる。もっとも、右肩は負傷していたから、すくめたのは左肩だけだったけど。

「ふぅ、しょうがないわね………相羽君に留年されたら、ミュウに申し訳が立たないし」
「――――いいんちょ、それじゃあ」
「卒業までの間なら、付き合っても良いわ。もっとも、それ以上のことは、保障できないけど」

委員長は優しい微笑を浮かべる。それは、ここしばらく見ていなかった、委員長の笑顔だった。何かを吹っ切ったかのように、委員長は優しい目で俺を見つめてくる。

「そ、そうか、付き合ってくれるんだな、いいんちょ――――」
「いいんちょじゃないわ………陽子よ」
「え?」
「付き合うんだから、いつまでも、いいんちょって呼び方は無いんじゃないの?」

委員長は、そう言うと、からかうような視線を俺に向けてくる。ぅ――――何だか、妙に気恥ずかしいな。俺は一つ深呼吸してから、初めて、彼女の名前を呼ぶ。

「――――陽子」
「………うん。これからよろしくね、相羽君」

委員長は、俺の言葉に満足したのか、俺を見つめると、わずかながらに頬を染めて、静かに言う。こうして、俺と委員長は、付き合うことになったのだった。
二人っきりの状況――――委員長の怪我が無かったら、多分、委員長に迫って押し倒していたんじゃないだろうか。
しかし、今は委員長が怪我を負っている状況だし、いちゃつくより先に、ダンジョンから脱出するのが先決だろう。

「しかし、これからどうするかな………? 救助を待つにしても、いつ来るか分からないし、かといって出口はふさがっているしな」
「出口か………上に行くのが無理なら、下に向かうのはどうかしら?」
「下?」
「ええ。実習のダンジョンは、上に行く階段は出口に、下に行く階段は下の階に行くように出来ているから。一度下の階に下りて、そのまま出口に向かうの」

委員長の言葉に、俺は少し考える。確かに、普通のダンジョンではない実習ダンジョンなら、その方法をとることも可能だろう。
ただし、それは何のトラブルも無い場合である。もし、下の階が同じ状況なら…降りたとたん、モンスターハウスに放り込まれることになるのだ。
この付近の階層は、ザコばっかりと言っても、怪我をしている委員長がいる以上、リスクを伴う行為はするべきじゃないだろう。

「………いや、ここでしばらく救助を待とう。セレスや竜胆が無事に脱出できたとすれば、すぐに捜索隊も来るはずだ。へんに動き回ったら、それこそ逆効果だろ」
「――――ええ、そうね………驚いた。相羽君もちゃんと状況を考えているのね」
「待て、どういう意味だよ。それは」
「言った通りの意味だけど。状況を理解し、最善の手を考えるのは、冒険者としてしなければならないことだし、その点については、合格って事よ」

そう言って、笑顔を見せる委員長。多少は認められたと考えていいんだろうか? まあ、褒められたくらいで満足をしていたら、また怒られそうだけどな。
そんなことを考えながら、俺は委員長を見る。壁にもたれかかって休息をする委員長。外された肩が痛むのか、その息は僅かに荒い。
不謹慎だけど、そんな委員長を見て、何となく色っぽさを感じてしまった。薄く開いた唇が、艶かしく動く様子に、思わず唾を飲み込んでいた。

「――――…? どうしたの、相羽君? 急に黙り込んじゃって」
「あー、いいんちょ、なんて言うか、その、なぁ……」
「……また、いいんちょって呼ぶし。当分は直りそうに無いわね。それで、どうしたの?」

ふう、と溜め息をつく委員長。その唇に魅入られるように見とれてしまい、俺はついつい、

「なんていうか……キスしたくなった」
「――――」

思いっきり直球で、願望を口にしてしまった。その言葉を聞いて、委員長は瞬きを数回。で、その後、肩を震わせてクスクスと笑い出してしまった。

「ふふっ………随分とストレートな物言いよね」
「わ、悪かったな! 回りくどい言い方は苦手なんだよ」

妙な所でツボに嵌ったのか、委員長は面白そうにクスクスと笑っている。なんというか、気恥ずかしくなって、俺は思わずぶっきらぼうに言うと、視線を逸らした。
本当に、こういう時ってどんな風に言ったら良いのか分からないからなぁ……クラスの男子の中には、女性を口説くのを得意とする奴も居るけど、俺には無理な話である。
そんなことを考えつつ、委員長に視線を戻すと、笑いの虫が治まったのか、委員長はクスクス笑いを止めていた。といっても、その顔は相変わらずの笑顔だったけど。

「時々、思うんだけど……相羽君って面白い所があるわよね」
「……お褒めに預かり、光栄だよ」

絶対、ほめられているわけじゃないけど、ふてくされるのも何となく負けたような気がするので、俺はそんな風に返答する。そんな俺を、委員長は面白そうに見ると、

「それで、キスはしないのかしら?」

さらりと、無茶ぶりをしてきてくれるのだった。正直なところ、笑われたり、からかわれたりで、胸のどきどきは、どこかに飛んでしまっていた。
とはいえ、それで、委員長にキスをしたくないかと聞かれれば――――もちろん、したいに決まっているのであったけど。

「………それじゃあ、するからな」
「ええ……んっ」

委員長を壁に押し付けるように、身体を寄せながら唇を寄せる。委員長の唇は、予想よりも柔らかく、心地の酔い感触がする。
甘い香りは、委員長の髪の匂いだろうか? 心地のよい香りを吸いながら、俺は委員長の唇をついばむ。そうしているうちに、もっと委員長に触れてみたいと思った。
怪我をしている右肩に触れないように、左の肩にと、腰に手をやって、抱き寄せる。委員長は、力を抜いて、俺に身を任せているようだった。
俺は、制服の中に手を入れると、委員長の胸の辺りをまさぐってみる。胸を覆う下着の感触が俺を一層興奮させた。

「んっ………相羽君? ちょっと、こんな場所で」
「悪い、委員長。もう、我慢が出来なくてさ。触らせてくれ」
「………まぁ、こんな場所なら、誰かに見られることもないだろうけど――――」

と、委員長が呟いた、その時であった。不意に、背後に殺気が膨れ上がる。敵!? そう感じて、振り向いた俺の眼前に迫っていたのは……小さな靴底であった。

「何をしてんのよ、このバカイト――――っ!!」
「ぶはっ!?」

側頭部に、ドロップキックを喰らい、俺は壁に叩きつけられる。ちなみに、委員長は、俺が振り向いた時には、身を離していて無事であった。
俺に不意打ちの一撃をかましてきたのは、見まごう事なき、ちびっ子のコレットである。コレットは、怒りおさまらぬといった様子で、倒れた俺を睨んできた。

「まったく、セレス達から話を聞いて心配して駆けつけたのに、何を盛ってるのよ、このエロカイトは」
「コレット、先行するなよ。おーい、居たぞ、二人とも無事だ!」

足音と共に、聞きなれた声――――これは、竜胆か。どうやら無事に、地上に出れて助けを呼んできてくれたらしい。それも最速で。
出来る事なら、もうちょっとだけ、遅れてきてくれても良かったのになー、と思うのは、俺の贅沢なんだろうか?



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