The Love song for the second week..
〜12月〜
〜聖誕祭〜
ダンジョンから這い出してくる無数のモンスター達。一時期は、その数に圧倒されはしたものの、持ちこたえた学園側は、教員達の活躍もあり、徐々に押し返していった。
そうして、謎の一団……というか、周知の事実であるロニィ先生に率いられた一団が、ダンジョンの入り口を抑えたことにより、事態は一応の終結を見せた。
壊れた入り口は、即席の魔方陣で封鎖され、中からも外からも開けることができないようになっている。
「ふぅ、あとは……ダンジョン内に閉じ込められたガイド役の生徒と、一般のお客様の救出を残すだけですね」
「ええ、ですが、ダンジョン内がどうなっているか分かりません。即急に救助にあたるべきでしょう」
ダンジョンの入り口付近で、レパード先生とベネット先生がそう打ち合わせをしていたそのころ――――学園の屋上に一人の青年の姿があった。
今回の事件の元凶ともいえるべき青年は、黒一色の衣服に身を包み、事の次第を最初から最後まで見届けていた。
その表情は、端正な石膏細工のように無表情……今回の襲撃が失敗に終わったにも関わらず、その表情に悔恨の色はなかった。
「抑制されたか。だが、揺らぎはあった。間違いない。この学園に、器がある……」
「兄様……」
満足そうに呟く青年……甲斐那に背後から声をかけた者が居る。屋上を渡る冬の風に髪をなびかせ、彼の背中を見つめるのは、先ほどまでダンジョンに潜っていた彼の妹。
駆けられた声に、青年は振り向く。無表情であった彼の表情は、妹に語りかけるときだけは、わずかながら優しさの彩を湛えていた。
「刹那か。怪我はないな」
「はい……」
「――――どうした?」
彼女の様子から、異変を感じ取ったのだろう。甲斐那は静かに、刹那に問いを重ねる。ややあって、沈黙した彼女から、静かな言葉が漏れた。
「陽子様に、お会いしました」
「――――そうか」
長い沈黙の後、深くは聞かず、甲斐那は静かに刹那の言葉に頷いた。詳しく聞くことで、妹がさらに深く落ち込むことを、恐れての行動のようだった。
冬の風が、夕闇を孕んだ屋上に吹きすさぶ――――黒い二つの影が、落日の余光に映し出され、長い影法師を形作っていた。
「行こう、我らには時間がない。迷い止る猶予は残されていないのだ」
「…………」
返答はなく、沈黙のみ。しかし、歩き出した影においていかれないように、小柄な影は後を追う。
そうして、表立った一連の事件はこうして幕を閉じる。しかし、関係者各位には、この事件は単なる予兆に過ぎず、新たな事件の前触れであると感じ取れる事柄であった。
宵闇に包まれた屋上より、黒い影は消えうせる。二人が再び姿をあらわすのは、今しばらく後のことであった――――。
〜12月25日(金)〜
「くそっ、さっきの階には居なかったし、下のほうに降りたのかよっ!」
委員長を探してダンジョンに降り、大急ぎでフロアを調べまわったが、ダンジョンツアーの何組かと出会うだけで、肝心の彼女の姿は見つけられない。
仕方ないので、捜索範囲を広げようと、俺たちは階段を下りて次の階へと向かった。
「ちょっと待ちな、相羽! セレスが限界っぽい!」
「はぁ、はぁ……ちょっと待ってくださ〜い」
階段を降り、すぐに駆けだそうとして、俺は竜胆に肩を捕まれて止められた。
階段を下りてすぐ、そこの壁に寄りかかって、セレスが大きく息をついている。体力に自信のある俺や竜胆ならともかく、セレスにはこの強行軍はきつ過ぎたか?
しかし、どうする? セレスの体力が回復するのを待つか――――だが、何となく嫌な予感が胸から離れない。
悩んでいる暇は無いんだ――――くそっ、だったら――――!
「しょうがない、セレス、乗れっ!」
「へっ、きゃ、きゃあっ!」
セレスの腰をつかんで立たせると、俺は背を向けて彼女を寄りかからせる。そのまま、彼女を負ぶさった体勢で、立ち上がった。
いきなりの俺の行動に、竜胆は目を丸くしている。俺の背負っている、セレスもそうだろうが……言い訳している余裕は無かった。
「この階層なら、竜胆一人でも何とかなるだろ? 悪いが、セレスが回復するまで戦闘は任せる」
「ああ、分かったよ。よし、行くとしようか」
俺の言葉に竜胆は頷き、先頭に立って駆け出す。俺はセレスを背負いながら、置いてかれないように、歩調を速めた。
「――――モンスターだ、相羽、隠れて!」
T字路の交差点、先に行った竜胆が、急いで戻ってきつつ、鋭い声で囁いた。
俺とセレスは、身を屈め、通路から出てくるモンスターに発見されないように、気配を殺した。運がよければ、不意を撃てるかもしれない。
だが、モンスター達は俺達のほうには向かって来ず、通路の向こうを走っていってしまった。
どうも、さっきからモンスターの様子がおかしい。なんというか、何かに呼ばれているかのように、どこかへ向かっているかのようだった。
「くそっ、ダンジョンに入って、どのくらい経った?」
「焦るなよ、相羽。まだ30分も経ってない。もともと、罠もモンスターも大したことないんだ。充分に急いでるよ」
さっきのフロアを全部見て回って、次のフロアも半ば制覇――――かなりのオーバーペースなのは分かっている。
しかし、委員長の安否が分からぬまま、ここでのうのうとしている訳には行かなかった。
「それでも、急がないと…………悪い、二人とも、もう少し付き合ってくれ」
「はぁ、しょうがないねぇ――――セレス、立てるかい?」
「は、はぃぃ……」
竜胆の問いかけに、ふらふらしながら立ち上がるセレス。その時――――遠くで、悲鳴が聞こえた。
俺と竜胆は、思わず顔を見合わせ、声のした方へと駆け出した。
「あ、ま、まってくださいぃ〜〜〜」
背後でセレスの声が聞こえたが、構っていられる状況じゃなさそうだ。俺と竜胆は、一本道を駆ける。走った通路の先、複数のモンスターが何かに群がっているのが見えた。
「行くよ、相羽! あたしに合わせな!」
「ああ、任せる! ……ここだっ!」
走りながら前に出る竜胆。彼女の背後に付き、その動きを同調させる。本来なら、マスタークラスが使う技。
俺と竜胆のどちらも、そんな技を使う事は出来ないが――――二人がかりなら、これくらいはできるっ!
「「鳳 凰 襲 ! !」」
竜胆の二連撃、さらに、俺の二連撃がモンスター達をことごとく吹き飛ばす。
もともと、低レベルの階層のせいか、その一撃を見て、生き残りのモンスターは逃げ去ってしまった。
「……おい、大丈夫か?」
「あ、あなたたちは……?」
モンスターに襲われ、壁際に追い詰められていたのは、どこか頼りなげな男子生徒だった。怯えたような表情で、俺達を見る。
ふと、思い当たった事がある。先ほどの階層と違い、この階層にダンジョンツアーの生徒がいるはずは無い。加えて、ダンジョンに潜る時間帯で無い以上、この男子生徒は……、
「お前、委員長を連れ去った奴らだな! 委員長はどこにいるんだ!」
「ひっ、す、すみません……すみませんっ……」
胸倉をつかみあげて引っ張りあげると、半泣きの男子生徒は、怯えながら「すみません」を繰り返すだけだった。
頭に、血が上る。このまま、絞め殺してやろうか――――怒りに任せて動こうとしたその時、淡々とした声が、俺に理性を呼び戻させた。
「落ち着きな、相羽。それじゃあ、しゃべりたくても話せないよ」
「――――竜胆。 …………ああ、悪い。どうかしてたみたいだ」
ふっ、と息を吐き、俺は男子生徒を解放する。気が抜けたのか、男子生徒は腰を抜かしたようにへたり込んだ。
男子生徒は、助け舟を出した竜胆に対してホッとしたように礼を言った。
「あ、ありがとうございます……」
「勘違いしないでほしいね。アタシだって、女の子に乱暴するような連中に、愛想良くするつもりはないよ。それで、連れ出した女子はどこに?」
そっけない竜胆の物言いに、男子生徒は心底辛そうな表情になるが、それでもポツポツと言葉を選んで話し出した。
「この先の行き止まりの部屋です。でも、行ったら危険かも……」
「危険?」
「はい、僕は下っ端で、部屋の入り口で見張りをしていたんですけど、争う物音が急に悲鳴に変わって……嫌な予感がして逃げ出した時、背中を何かに斬られたんです」
そういう男子生徒が背中を見せる。そこには――――まるで紙をハサミで切り裂いたかのように、すっぱりと傷口が開いていた。
深い切り傷のそれは、あまりに鮮やか過ぎて、痛みすら感じていないようだが、かなりの重症のようだ。覗き込んだ竜胆の目が険しくなる。
「あの、どうでしょうか? 背中の方はよく見えないから、放っておいたんですけど」
「こいつは、ひどいね……多分、魔物達は血の匂いに引かれてやってきたんだよ。壁を背にして幸いだったね」
もし、傷口を抉られてたら洒落になんない状況になってたよ。淡々とした分、凄みのある竜胆の声に、男子生徒は真っ青になってくず折れた。
じわじわとではあるが、背中の傷からは出血もしており、そのせいで貧血になっていたのかもしれない。
「はぁ、はぁ、相羽さ〜ん、沙耶さ〜ん、待ってください……あれ、この人は?」
と、ようやく遅れて走ってきたセレスが、通路に立ち止まった俺と竜胆、そして倒れた男子生徒を交互に見て、不思議そうに首を傾げる。
ちょうどいい、セレスにはコイツの傷の手当てを頼もう。正直、そこまでしてやる義理もないだろうが、このまま放っておくのも寝覚めが悪いだろう。
「セレス、こいつを看てやってくれ。俺と竜胆は先の部屋を調べてくる。いくぞ、竜胆」
「ああ、ここは任せたよ、セレス」
「は、はい」
戸惑いながらも頷くセレスを残し、俺と竜胆は、男子生徒の指し示した方へと走り出す。委員長の安否が分からない以上、急がなければならないだろう。
その時、通路を走る俺に併走し、難しい顔で竜胆が声を掛けてきた。
「相羽、行くのはいいとして、さっきの男子に傷を負わせた奴が、待ち構えている可能性は高いよ」
「分かってる。けど、もし委員長がいるんなら、一刻も早く助けに行かなきゃならないんだ」
竜胆の言いたい事は分かる。少なくとも、この先にいるであろう奴は、かなりの腕を持っている。
しかし、だからといって歩調を緩めるわけにはいかなかった。委員長の安否が分からない以上、戸惑う時間も惜しかったから。
そんな俺の態度を頑なだと思ったのか、竜胆は走りながら器用に肩をすくめて見せた。
「ふぅ、しょうがないね……アタシが先に突入するから、相羽は後詰に回りなよ。最悪、怪我くらいは覚悟しとくからさ」
「悪ぃ、竜胆。頼りにしてるぜ」
「――――バ、バカ。恥ずかしいんだよ、相羽」
そんなやり取りをしつつ駆けると、通路の先が見えて来る。アイコンタクトをして、俺は数歩だけ速度を緩める。
その数歩分で、先に飛び出した竜胆の後ろにつき、俺は武器を抜きながら、部屋の中に駆け込んだ。
「委員長、無事なのか!?」
「え、相羽君……?」
幸いな事に、襲撃は無かった。俺達が駆け込んだ部屋は、まるで巨大な獣が荒れ狂ったかのように、壁に床に爪痕が刻まれている。
その部屋の真ん中辺り、左の手に剣を持ち、拍子抜けしたように呟いたのは、探していた委員長だった――――。
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