The Love song for the second week..    

〜11月〜
〜偏化する、―――――〜



初恋は、実らない、なんて言葉がある。誰が考えたか知らないけど、それは確かにそうと思う。
淡い想いも、ささやかな夢も、大人になる過程で捨てなきゃならないから。
いつか、そういったものとは離れて、暮らさなきゃならない……。

他の人より成長が緩やかなこの身体じゃ、普通の恋もできるかどうか疑わしいけど……。
それでも、何の冗談なのか、再びあの人と会うことができたのは、ほんの少し、幸せを感じることができた。
いまは、この瞬間が一番好き。みんなとの高校生活、変わらない、そんな日々が――――。

〜11月15日(月)〜

「……ねぇ、カイト」
「?」

屋上は、グズグズとした曇り空。今にも雨が降りそうな空は、なんだか私を不安にさせた。
顎を上げるように、私はカイトを見上げて、言葉を詰まらせた。

ここ最近、なんだかカイトは変だった。
なんだかいつも、ボーっとしてるし、さっきの授業だって、難しい問題をすらすら解いていた。
いたずらを仕掛けても、困ったように笑うだけで、髪を引っ張ってきたり、頬をつねったりしてこなくて、なんか寂しい。

…………ま、もし胸やお尻に触ってきたら、蹴たぐり倒そうと思ってたし、今までのこともあって用心してるかもしれないけど。
面白くない、面白くない、面白くない……ちょっとは、かまってくれてもいいのに。

でも、言えない。しばらく一緒に過ごしていて、カイトがあの事を覚えてないことは分かってた。
それに、ミュウの気持ちも知ってるし、そういった争奪戦を覚悟できるほど、私は大人じゃなかった。

半歩だけ、下がる。今まで見上げていた角度だと、見ることができなくなった、カイトの顔。
月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人なり……だっけ。背の延びたカイトに、なんだか、置いていかれた気分だった。

「――――ううん、なんでもない」
「何だよ、変なやつだな。ほら、いくぞ」

カイトに促され、私は一緒に食堂に向かう。一緒に歩く道すがら、カイトは時々、あたしの方を横目で見ていた。
なんだか、こそばゆい感じがする。ときどきは、こんな風な気持ちになるのも悪くはなかった。

…………で、

「あっ、てめっ、それは俺のから揚げだろ!」
「なに言ってるのよ。ファイター系は、無駄にお肉なんか食べて太っちゃいけないって、レパード先生も言ってたじゃない」

さっきのことなど、何もなかったように、私とカイトは、やいのやいのと、食堂でご飯を食べていた。
うん、やっぱり私はこの方がいい……割り箸でカイトと喧々諤々とやりあいながら、私は笑ったのだった。

〜11月22日(月)〜

キーンコーン……

「おはよ〜」
「はよ」

週明けの月曜日、なんだかんだで、また一週間が始まることになる。
いつも通りの朝、教室の向こうでは、クラスの色物トリオのうち、シンゴとクーガーが、朝からハイテンションにどつき合ってるのが見えた。

「おはよう、コレット」
「あ、おはよ〜、ミュウ。昨日はどうだった?」

私より少し遅れで教室に入ってきたミュウは、私のその言葉に苦笑を浮かべた。

「うん、いろいろ後輩に教えるのに手間取っちゃって、結局、一日それでつぶれちゃったわ」
「後輩っていうと……聖歌隊の?」
「そう、聖誕祭で、光綾学園との合唱があるって、張り切っちゃって」

ミュウの言葉に、私はそう、と頷いた。ミュウは温厚だし、教えるのも上手なんだろうなと思う。
聖歌も全国トップクラスの腕前……って言うのも変だけど、適任だろうし。

「それにしても、休日まで頑張らなくてもいいのに……こんなことならカイト誘って、遊びに行ったほうがよかったかも」
「カイト君と遊びに――――……う、ううん、みんなに頼られてるもの。そんなことできないわ」
「……今の間は、ちょっと引っかかるけど」

私がそういうと、ミュウはちょっと困ったように微笑んで、いたずらっ子のように笑みを浮かべた。

「うん、本当はちょっと、遊びたいなぁ……って思ったの」
「――――」

かわいい。同姓である私もそう思うんだから、男子なんて悶死確定なんだろう。
はぁ、それでも、何でこんなミュウに、なびかないのかしら……。

「あ。おはよう、カイト君」
「ああ、おはよう、ミュウ」

うわさの張本人登場。いつも通り、能天気そうなクラスメートは、相変わらずの顔で、ミュウと挨拶している。
私も、いつも通り挨拶しようと、口を開いた。

「おはよ、相変わらず、遅ようさんね、カイト」
「ああ、コレットはいつも早いな……年だからか?」
「なっ……人を何歳だと思ってるのよ、あんたわっ!」

思わずカッとなって言い返すが、返事はなかった。カイトは、目を細めて、教室の向こうを見ている。
その表情は……なんだか怖かった。いつものカイトなのに、カイトじゃないみたい。

「カイト君……?」
「悪い、ミュウ。ちょっと用事があってな」

カイトはそう言うと、席に座っていた女生徒の方に歩いていった……と思ったら、すぐに戻ってきた。
その間、十秒もないのに、なぜか、ますます不機嫌になって、自分の席にどすっと腰掛けた。
声をかけるんじゃねぇ……という気配がプンプンと漂ってきて、私とミュウは、顔を見合わせる。

「いったい、どうしたのかしら、あいつ」
「……陽子ちゃんと、何かあったのかな……ひょっとして、痴話げんか、とか」

妙に不安そうな表情のミュウ。私は、そうは思えずに、首をかしげた。
あの堅物な委員長が、カイトと何かあるとは、到底思えなかったから。

「ないない。たぶん、あのバカイトが何かやって、揉めてるとかそんなことでしょ」
「ん…………」

どこか沈んだ様子で、ミュウはそれでも、静かに微笑んだ。



…………その日の放課後、私とミュウは廊下を歩いていた。特に何も予定のないミュウと一緒に、魔術科の教室でお茶をしようということになったのだ。
実はというと、お茶をする場所として、魔術科の教室は、格好の穴場であった。

まず、材料となる葉っぱはそこいらにあるし、水も火も使い放題……唯一難点は、真面目なベネット先生に見つからないようにすることだけど。
幸い、ベネット先生は用事があるということで……出かけているのを確認している。
購買で、いくつかのお菓子を買い込んだ後、私とミュウは、魔術科教室に辿り着いた。

「さ、入って入って」
「うん、おじゃまします」

秘密基地をお披露目するような雰囲気で、私は教室内にミュウを差し招こうとした、そのときだった。

「きゃ!?」

ミュウの前を横切るように、誰かが駆け去っていく。それは一瞬で、教室内にいた私には誰だか分からなかったけど……、

「陽子ちゃん……? 何で泣いて……」

ミュウには、それが誰か分かったようだ。呆然と、駆け去ったほうを見やっている。

「いいんちょ、待ってくれっ!」
「あ、カイト君……」

その時、もう一人……ミュウの前に走ってきて、立ち止まったのが、カイトじゃなかったら、深刻なことにはならなかったと思う。
なんだか焦った様子のカイトは、呆然とするミュウと話す間も惜しかったのか、無言で横を通り過ぎようとし――――、

「ちょっと、待ってよ、カイト君っ!」

制服のすそを、ミュウにつかまれた。文字にすると、長いけど、それはほんの数秒のこと、だから、私にはどうすることも出来なかった。
まさか、カイトが――――

「っ、離せよっ!」

ミュウのつかんだ手を振りほどくなんて、私も想像してなかったから。
一瞬の空白、塩の石像のように立ち尽くすミュウに、ほんの一瞬だけ視線を向けて、カイトは私の視界から消えた。

私はあわてて、教室から廊下に出る!

「こらぁっ! いったい、なにやってんのよ!?」

廊下に出て、駆け去ったほうを見るけど、そこには誰もいなかった。
まるでそれは、現実感のない風景、白昼夢のような、いやな、現実――――。

「ミュウ、落ち着きなさいよ。あんなの、何か変なんだから!」
「…………ごめん、コレット。私、ちょっと一人になりたいから」
「ミュ……ウ……?」

その表情は、落ち込んでいるけど、なんだか変。それは、いつものミューゼルじゃない。
あの一瞬、あの一瞬で……ミュウが、何か違うものに変化してしまったかのように、私には思えたのだった。

それは、偏っていたものが、もう片方に傾くかのように……。
誰もいなくなった廊下、そうして初めて、私の目から涙がポツリポツリと零れ落ちたのだった――――。

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