The Love song for the second week..    

〜11月〜
〜ココロノハナ〜



最初に互いの事を意識したのは、いつのことだろうか。
想いというものは、数値では計ることはできない。曖昧で、厄介なもの。

それは時折、春の風のように、胸の内を占めることもあれば、極寒の鎖のように、締め付けることもある。
それが根付いたことにすら、気づかないほどひっそりと……それは、私の胸の内で育っていたのかもしれない。

型になるほど確かではない…………静かな変化だった。


〜11月15日(月)〜

「ふぅ……」

教室内のあちらこちらで生まれるため息に、感応したかのように、私の口からも、知らず知らずとため息が漏れた。
ここ最近は、周囲はどこか浮ついた空気が蔓延している。それは、おそらく翌月の聖誕祭のせいだろう。

学園祭を上回る、年の最後のビックイベント。そのため、力をためているというか、その反動で抜けた空気が漂っているようだった。

「はい、よろしい。繰り返すけど、みんなも、この公式はちゃんと覚えておくように。いいわね」

ベネット先生の、その言葉に、私は黒板を見ようと顔を上げ、そうしてすぐにその視線を、手元へと戻した。
黒板に公式を書き終えた生徒が、こっちを見ていることに気がついたからだ。

(また、こっちを見てる……いったいどうしたのかしら)

ここ最近、妙に視線を感じると思い、周囲を見渡すことが幾度か、それは同じクラスメートの相羽君のものであることが大半だった。
今も、何気なくではあるが、彼の視線が私のほうを向いているのがよく分かる。
どことなく、鋭さを感じるその視線だけど、私のほうは別にこれといった心当たりはなかった。

(何か、あったのかしら……でも、刹那さんたちの関連だったら、迷わず声をかけてくるだろうし……)

「……相羽君、どうかしたの?」
「あ、いえ、別に何も」

ベネット先生のその言葉とともに、相羽君の視線が外れ、私はホッと息をつき、黒板を見ようと顔を上げた。
どことなく浮ついた日々……天気も、そんな雰囲気に感染したのか、窓の外の空は、どんよりとくもっていた。

〜11月20日(土)〜

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

相羽君の持つ剣が振るわれるたび、その拳が唸るたび、モンスターは吹き飛び、道を開ける。
彼の背中を見つつ、私は援護のため、神術の聖歌を紡いでいた。

(『――――それにしても、血気盛んじゃの、あの小童は』)
(「っ……なんだ、起きてたの、弓瑠」)

唐突に、頭の中に、声が響き、私は紡いでいた聖歌を途中で中断してしまった。
幸い、区切りの小節の部分だったから、舌をかまずにすんだのだけど……。

学園の近くにある神社で拾った彼女は、憑き神の一種として、私に取り付いていた。
ここ最近は、力を蓄えるとか何とかで、ずっと眠っていたのだが、ふとした時に起きる事がある。

もっとも、しばらく話すと、すぐ声が聞こえなくなり、眠ってしまうのが常だったけど。

(『あれだけ派手に、血と精気を撒き散らせば、嫌でも気が向くというものであろう?』)
(「…………」)

その言葉に、私は改めて相羽君の戦う姿を見る。周囲の敵を殲滅して、彼は肩で息をしていた。
その体から、湯気のように立ち上るのは、圧縮された闘気。その姿を見ると、なんだか背中にしびれるような感覚が走った。

(『しかし、なかなかどうして……毒にも薬にもならぬと思ったが、見事に育ったものじゃ』)
(「あのね……相羽君には、ミュウっていう相手が居るんだから、ちょっかいを掛けちゃ駄目よ」)

興味津々といった感じの彼女に釘を差すように、私はそう語りかける。
だけど、自称・偉大な神様である彼女は、それはそれは不満そうに返答をしてきたのだった。

(『何じゃ、つまらぬ……せっかく御主の身体を借りて、久方の悦楽に浸ろうと思っておったのに、興が醒めたわ』)
(「興が醒めなくても却下。人の身体を、何だと思ってるのよ……」)

思いっきり自分勝手な言い草に、私は半ば頭痛のようなものを感じながら、溜息をつく。
しかし、反省する気もないのか、彼女は眠そうな声で平然と反論してきた。

(『良いではないか。もとより、あの童とは、一度は睦み合った仲、御主とて嫌とは言い切れまい?』)
(「――――あの時は……」)

反論しようとして、私は言葉を飲み込んだ。身体に刻まれた、男の人との行為の証――――それは無視できるものじゃなくて……、
それでも、そのことを意図的に考えまいとしていたのを、見透かされたような感じで、居心地が悪かった。

(『まぁ、よい……私は寝る。後のことは勝手にするが良いわ』)
(「あ、ちょっと――――」)

人の言葉など、聞きはしない。いいたいことだけ言ってそれきり、弓瑠の声は聞こえなくなった。
本当に、勝手なんだから……こんなことなら、拾わなければ良かったかも。

「相羽君、大丈夫?」
「ああ、さすがに、こんだけの数を相手にするのは、体力的に辛かったけどな」

気持ちを切り替えて、相羽君に声を掛ける。言葉とは裏腹に、彼はまだ、元気そうであった。
ここ最近になって、相羽君のくせ、と言うか性格が何となく分かってきた。

彼は、真っ直ぐで、意地っ張りで、負けず嫌い。だから、彼は私に優しい言葉を期待してはいないだろう。

「あら、それじゃあ今日は、もうお開きにしましょうか?」

わざと突き放した私の言葉に、相羽君の顔に生き生きとした笑みが宿る。

「冗談、俺はまだまだいけるぜ、いいんちょ」
「そう、それじゃあ行きましょう。今日中に、もう一階層は突破しておかないとね」
「ああ……、っと、その前に、どうやら団体さんの登場みたいだな」

にらみ合う様に、顔つき合わせて喋る私達の耳に、複数の獣の声と、地鳴りのような鳴動が聞こえてくる。
どうやら、血の匂いに引かれ、集まってきたようだった……だとすると、ここに留まっていては、魔物を呼ぶことになる。

「突破しましょう。相羽君、先鋒は務まる?」
「ああ、お安い御用だぜ、いいんちょ」

そうして、頷きあうと、私達はともに駆け出した。口に呪文を紡ぎ、聞き手に剣を握る。
ここ最近の鬱憤も、何となく落ち着かない心情も、こうして冒険をしている間だけは、意識の隅に置くことが出来ていた。

〜11月21日(日)〜

閃光が、純白の羽を散らす。魔王である少年をかばった天使の少女は、羽根を失い、奈落へと堕ち行く。
奈落の闇に落ちようとする、天使の少女の手を、悪魔の少女がつかみ、助ける。
その光景を、魔王である少年は呆然と、そして、拒絶するかのように見つめていた。

「こんな、こんなものが愛というのなら……俺は愛など、一生認めんぞ!」

怒りを込め、少年は自らに攻撃を仕掛けてきた者達――――天使の集団を睨み付ける。
その手に握られるは、魔王のみ持つことを許された、歪な剣。

「殺してやる、殺してやるぞ!!」

怒りの声を上げ、少年は飛翔する。天使と悪魔、最後の戦いが始まろうとしていた――――。


相羽君とともに、映画館に入ってしばらく経つ。
映画の内容は、個人的には確かに楽しめる範疇だった。もっとも、やっぱり女の子受けするようなものでもなかったんだけど。

(映画の相方に私を選ぶあたり、相羽君の目利きは確かだったってことか)

そんなことを考えていた私だったけど、ふとそのとき、左手に違和感を感じた。
なんだか暖かい感触――――そちらに視線を向けると、私の左手の上に、相羽君の右手が乗っていた。

「――――?」

隣の席の相羽君はというと、画面に見入っていて、無意識の事か、意識してやっているのか分からない。
ただ、別に振り払う理由もなかったので、私はそのまま、スクリーンに視線を戻した。

左手を通して伝わる、相羽君の心境――――じっとり汗ばんだ手は、緊張しているかのようだった。
映画のほうも、そろそろ終わる。物語はフィナーレへ指しかかろうとしていた。



「しっかし、冒険者の増加に伴う犯罪の急増、か。世の中物騒になったもんだな」
「別に、それだけが理由じゃないと思うけど……世界が開けて半世紀、何かしらの変化がある時期なんじゃないかしら」

映画の終わった後、私達はファミレスに寄って、とりとめもなく時間をつぶしていた。
話題は、学校のことや、さっき見た映画のこと、それに、最近のニュースなど様々。

意味のあること、ないこと、ともかく話しているだけで、時間は楽しく過ぎていった。
なんと言うか、相羽君の言葉は嫌いじゃなかった。まっすぐで、要点を時折、鋭くつくことがある。

成績の良い生徒と話す、先生のような気分のその会話は、何気なく見た腕時計によって中断した。

「ん……もう、こんな時間か。そろそろ、帰らないといけないかもね」
「――――五時半、か」

腕につけた時計の針は、五時半に指しかかろうとしていた。
今からお店を出ても、何処かに寄っていたら、確実に帰宅時間を過ぎてしまうだろう。

個人的には心残りの感もあるけど、それでも、帰宅時間を守らないといけないだろう。
私は、学園に帰りましょうと、相羽君に話しかけようとし――――、

「いいんちょ、これからちょっと、寄りたいとこがあるんだけど、いいか?」

相羽君のその言葉に、意表を突かれる形で、言葉を止める事となった。

「――――? 別に、かまわないけど……」

安受けあいするかのように、頷いた、その時。相羽君の心情を知っていたとすれば――――彼の心が目に見える花のようなものであれば、
私はこのとき、決して頷かなかっただろう。そうして、その日、私は一つの決断を迫られることになったのである……。

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