The Love song for the second week..    

〜11月〜
〜その手を、すり抜けたもの〜



何気ない一言で生み付けられた、胸の熱い衝動。
押さえようとしても、それは身体の内側を焼き尽くすように、ジリジリと広がっていく。

心は迷走するかのように、深い思考の迷路に入り込み、出口を見出す事は出来ない。
彼女の何気ない仕草、一挙手一投足が、目が離せない。引き込まれるほどに、強く魅入られた。

…………正直、こまったな。と、自分に語りかける。
いままで、こんなに激しく、誰かを好きになったことは無かった。

人を好きになる、人に恋をしたことは、一度ではない。
それでも、今回の恋焦がれる感情は、特別に強すぎた。

胸いっぱいに占める、彼女への思い。それは、俺にとって、恋と呼ぶには些か強すぎたのかもしれない。



〜11月15日(月)〜

「はぁ……」

なんだか、やる気の起きない身体から、今日、何度目になるか分からないため息が漏れた。
今は授業の真っ最中なのだが、やる気が無いものは無いのだからしょうがない。

今は、数学の授業中。といっても、昨今は実習がメインになっている三年の後半。まじめに授業を受けてる生徒は、そう多くない。
男子の大半はやる気もなさげにしているし、女子も結構な数が、内職――――趣味の範疇のであるが、それに勤しんでいる有様だった。

「はぁ…………」
「――――相羽君、たるんでいるのかしら?」
「いや、そんなことはないっすよ」

ベネット先生の言葉も、なんとなく右から左に聞き流す。文化祭が終わってからここいら、教室は妙に……だれた空気が漂っていた。
もともと、お祭り好きが勢ぞろいしたクラスである。お祭りの後は、燃え尽きた祭りの後という風な雰囲気が蔓延するのが常であった。

「いいから、この問題を解きなさい! 他の人も、この問題はテストに出ますから、ちゃんと覚えること!」
「はいはい」

ただ、生真面目なベネット先生はこういった雰囲気が大嫌いのようである。
穏やかに言おうとしても、その口元が引きつっているのがよく分かった。

(こりゃ、逆らわないほうが無難だな…………)

今ひとつ煮え切らない頭を駆使して、俺は黒板に書かれた問題を解くことにしたのだった。



キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン…………



気だるい雰囲気を残したままで、昼休みを迎えると、教室内は少しだけ、明るさを取り戻したような喧騒に包まれる。
学食へと足を向ける者、自らの机で弁当を広げる者と様々であったが、俺はそんな中、何をするでも無くぼうっと自分の席に座っていた。

「お〜い、生きてる? カイト」
「ん、どうかしたか、コレット」
「どうかしたの、じゃ無いわよ。毎度毎度のことだけど、まだ、元気にならないの?」

背もたれに体重をかけながら、俺はコレットの様子を見る。両手を腰に当て、そいつは怒ったようにこっちを見ていた。
しかし、本当に元気だよな……文化祭明けの授業で、一人最初から元気な天然ちびっ子だったが、周りが沈んでるせいで、どうも居心地が悪かったらしい。
そんなわけで、ミュウをはじめ、知り合いを片っ端から元気にするよう、声を掛けまくっているようであった。

ま、今ではその努力のかいもあって、クラスの半分くらいは、元気を取戻しつつはあるんだが…………。

「いいじゃねえか。休みたいんだよ、俺は」
「むぅ、何よ、その言い草は。カイトのくせに、生意気」
「…………」

まともに取り合ってたら、きりが無いな、こりゃ。
ともあれ、このままじゃ、せっかくの昼休みを、ぶっ潰されかねん。ここは一つ、狸寝入りを決め込むことにしよう。

「――――……」
「あ、ちょっとこらっ、人が話してる最中に、寝ないでよねっ」

コレットの声が聞こえてくるが、取り合わず、無視無視。そうして、しばらくした時である。急に、腿に軽い重みが感じられた。

「?」
「ほら、起きろ〜〜〜!」

唐突に、間近から聞こえた声に、薄目を開けてみる。すると、目の前にはコレットの後頭部……どうやら、人のひざの上に乗っかってくつろぎ中のようだ。
もともと、小学生サイズの身体のコレットである。そういった体勢も無理じゃあないんだが……正直、恥ずかしいぞ。

「クスクス……」
「ね、あれ見てよ」

周囲方々から視線を感じる。男子の殺意のこもった視線と、女子の好奇のこもった視線を向けられ、妙に落ち着かない。
ふと、視線を感じ、そっちのほうに向くと、なんとなく、呆れたような表情の委員長と視線が合った。

「――――だぁっ!」
「きゃっ!?」

何で、そうしていたのか分からない。気がつくと俺は、コレットを抱えながら、席から立ち上がっていた。
急に立ち上がったことに驚いたのか、コレットはお姫様抱っこの体勢のまま、目を白黒させている。

俺はこれ以上、妙な誤解を受ける前にと、即効で教室を離脱したのだった。



ダダダダダダダダダダダダダッ…………



「ぜえっ、ぜえっ、ここまでくりゃ、誰も見てないだろ」
「…………」

屋上にたどり着いた俺は、周囲を見渡し、一息つく。今日は雨の降りそうな曇り空。
そのせいか、屋上を利用しようという生徒はいないようで、いつもは昼休みの生徒の溜まり場である屋上も、今は閑散としていた。

「ほら、もういいだろ、下ろすぞ、コレット」
「あ、うん」

両腕に抱えていたコレットを、地面に降ろす。さっきまでの元気はどこに行ったのか、コレットは何か気まずそうに俺のほうを見た。
だけど、すぐに気まずそうに、また視線を逸らしてしまった。どうやら、さすがに気まずくなったようである。

「おまえな、もうちょっと加減ってもんをしてくれよな。あれじゃ、体のいいさらし者だぜ?」
「う…………ご、ごめん」

てっきり言い返してくるかと思ったが、あまりにも素直にコレットが頷いたので、俺のほうが悪いように思えてしまった。
なんとなくバツが悪くなった俺は、頬を書きながら、コレットに言葉を投げかける。

「いや、分かったんならいいんだよ。しかし、これじゃあ教室に帰りづらいよな……ちょうど近いし、学食でも寄ってくか」
「う、うん……ねぇ、カイト」
「?」

掛けられた言葉に、コレットのほうを向くと、彼女は何か言いたそうな表情で、俺のほうを見ていた。
その表情は、いつもの勝気なものじゃなくて、なんと言うか、女の子特有の、儚い表情(かお)であった。

「――――ううん、なんでもない」
「何だよ、変なやつだな。ほら、いくぞ」

屋上を出て、学食に向かう道、コレットは相変わらず、何か言いたそうに、俺のほうをちらちらと伺っていた。
そんな彼女を横目で見ながら、俺はふと、考える。

(なんか、調子狂うんだよな、ここ最近)

そんな漠然とした不安が、ふと胸をよぎる。それは、わずかな違和感。
自分の心と身体……そこに生まれた変化に、俺は戸惑っていたのだった。

〜11月20日(土)〜

「ふぅ、今日はなかなか、ハードな一日だったわね」
「ん、ああ……」

時刻は午後の六時。時間いっぱいまでダンジョンを利用していた俺たちは、終了の鐘の鳴るころ、薄暗くなった外に出ていた。
すでに気の早い生徒たちは帰宅しており、あたりには、俺たちと同じように時間いっぱいまで粘っていた生徒達がたむろしていた。

こうして見回すと、知った顔も、けっこうチラホラといる。同じクラスの、クーガーや、クレア。
あと、竜胆とセレスもあっちでくつろいでいるのが見えた。それに――――

「あ」
「――――」

目が合った。どうやら、一人でダンジョンに行っていたのか、入り口から出てきたロイドと目が合い……、

「――――ふん」

思いっきり、露骨に目をそらされましたよ。コンチクショウめ。
ま、いきなりフレンドリーに声をかけてきたら、それこそダッシュで逃げるだろうけどな。

「相羽君、どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、いいんちょ」
「?」

なに? と言いたげに、こっちを見つめる委員長。しかし、なんか緊張するな。

「明日、ヒマか? 暇なら、付き合ってもらいたいのがあるんだが」
「――――ええ、別にかまわないわよ。待ち合わせは、いつもの場所でいいの?」

委員長の返答に、俺は内心でほっとしながら、首を縦に振る。
今までは、なんの気なしに誘えていたのに、なんだか変な気分だった。

〜11月21日(日)〜

明けての翌日、俺はいつもの待ち合わせの時間より、なぜか30分も早く来てしまっていた。
いや、そんな気は全然なかったんだが、なんか寝付けなかったせいで、部屋にいても落ち着かず、校門前にきたのである。

「…………さすがに、まだ来ていないよな」

校門に寄りかかり、出かけていく生徒たちを見ながら、俺は一人ごちる。
出て行く生徒と対称に、人生に疲れた顔で、寮に向かう生徒たちも見かけたが、まぁ、気にしないでおこう。

…………そうして、しばらく待ったころである。

「あれ、相羽君?」
「よ、いいんちょ」

待ち合わせの時刻ぴったりに、校門に歩いてきた委員長は、俺の姿を見て、なぜか驚いたような顔をした。
彼女は、腕時計で時間を確認すると、右を見て、左を見て、空を仰ぎ――――、

「――――……雪でも降るのかしら」
「どういう意味だよ、それは……ま、聞かなくてもわかるんだが」

俺は基本的にいつも、待ち合わせの時間ぎりぎりまで、粘るタイプだからな。
ミュウに聞かされているだろうし、委員長との待ち合わせでも、しょっちゅう遅れてる俺だから、委員長が不審に思うのも無理はないだろう。

……信用ないよなぁ、俺って。

「まぁ、いいや。早く出かけようぜ。焦る必要はないけど、今日やる映画の上映には、間に合わないとな」
「あ、なるほど。映画を見に行きたいから、早起きしたんだ」

納得がいったのか、どことなく興味深そうに微笑む委員長。

「……でも、映画を見に行くなら、私じゃなくてもよかったんじゃないの?」
「いや、そうでもない。アクション映画は、ミュウは肌に合わないみたいだし、コレットは映画の途中で暴れ出すからなぁ」

そんなこんなで話をしながら、俺と委員長は学園を出る。
空は気持ちよく晴れ渡っており、遊ぶには良い頃合の天気といえた。



…………そうして、俺と委員長は日がな一日、のんべんだらりと一緒に過ごした。
見たい映画は午後からということもあって、特にそれまでやることの無かった俺達は、見物がてら、街中を歩いてはあちこちの店に立ち寄っていた。

「……それにしても、どうして冒険者の装備品って、こういうものまであるのかしら?」
「いや、俺に聞かれても…………あと、いいんちょ、体の前に当てるのはやめといた方がいいって」

服を見定めるように、興味深げに委員長が手にしているのは、女性の剣士用の鎧であった。
皮製であるそれは、身に付けると身体の線がよく見えてしまうものであり、なんと言うか、装着した委員長の姿を見てみたいような気も――――

「って、何見てんだそこの! お前も見るんじゃない!」
「あら」

店内のあちこちから、委員長に集中する視線を感じ、俺は男どもの視線を遮るように、委員長の前へと立ちふさがった。
当の委員長はというと、さして気にした様子も無く、手に持った鎧を、棚に戻していたりするわけだけど。


……俺、空回りしてるのか?

そんな風に悩んでいたのだが、委員長の言葉に、ふと、我に帰った。

「相羽君、そろそろ映画が始まる時間よ。行きましょうか?」
「あ、ああ」

微笑んで、きびすを返す委員長。背中に刺さる視線も気にならず、俺は上の空で彼女の後を追った。



映画の方は、まぁまぁ面白いと思った。魔界を舞台にした活劇物で、魔王である少年が主人公の、一風変わったものである。
途中で、天使やら悪魔やら、地球勇者などが出てくる滅茶なもので、最後まで目が離せないものであった。

そうして、映画を終えた後、俺と委員長はファミレスによって、まったりと時間をつぶしていた。
特に話すべきことも無い時も、委員長は苛立つわけでも怒るわけでもなく、ただそばに居てくれる。
何か、こういう空気はイヤじゃないなぁ、って不思議とそう思った。

「ん……もう、こんな時間か。そろそろ、帰らないといけないかもね」
「――――五時半、か」

舞弦学園の寮生は、基本的に外泊は認められておらず、学園の敷地内に、夕方6時までに戻らなければならなかった。
……まぁ、実際のところは、門以外にも抜け穴とか、秘密の抜け道とかが、ちゃんと在りはするのだけど。
ただ、気概的には真面目な委員長は、そういったものを利用するつもりは、さらさないようであった。

「いいんちょ、これからちょっと、寄りたいとこがあるんだけど、いいか?」
「――――? 別に、かまわないけど……」

唐突な俺の申し出に、委員長は怪訝そうな顔をしながらも、うなづいてくれた。
俺は、席から立つと、レシートを手に取った。時間的に推して入るけど、今ならまだ、間に合うだろう。



…………そうして、俺は委員長を連れて、その場所を訪れた。
時刻は夕方。既に日は暮れかかっており、黄昏の陽光を、緩やかに放っている。

「それにしても、お参りするなんて、意外にロマンチストな面もあるのね」
「…………そういうんじゃ、ないんだけどな」

ガランガラン、という音。賽銭箱には、小銭を投げ入れ、俺と委員長は手を合わせ、お参りする。
夕暮れの神社には、俺たち以外、誰も居ない。目をあけて、委員長を横目で見る。
目を閉じてお祈りをするその様子は、いつもの凛々しい面が消えて、なんだか優しい表情が浮かんでいた。

そうして、その目が開く。俺を見つめるその瞳は、夕日の光を受け、静かに輝いていた。

「相場君もお祈りは済んだんだ。なんて、お祈りしたの?」
「――――いいんちょは、どうなんだよ」

木の葉のざわめきとともに、俺はそう質問をする。
委員長は、流れる風になびく髪を手で触りながら、どうということもないという風に、返答をする。

「私は、みんなで無事に卒業できるように、って。ありきたりかな?」
「俺は」
「ん?」

どうなるか分からない、ただ、それでも、どうしても言いたかったことを、

「俺の好きな人と、両想いになれますように、って祈った」

彼女の瞳を見つめ、静かに俺はそういった。
委員長は、一瞬ほうけたようになり、そうして、その後には、困ったような笑顔がその顔には浮かんでいた。

「――――そう」
「あ、いいんちょ……俺は――――!」

静かに、きびすを返し、立ち去っていく委員長。俺は、反射的に彼女の肩を掴み――――振り向いた彼女の顔に、硬直した。
その顔には、静かな笑み。いつもと同じように、委員長は静かに微笑んでいた。

「お願い、相羽君…………私を好きにならないで」

日も落ち、闇に包まれる神社の境内。その声はどこか、静かに胸に響いていた…………。


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