The Love song for the second week..    

〜10月〜
少女達の裏側



喉の乾き……潤いなんてものは、自分の中に何一つないのは分かっていた。
きっと、生まれてから死ぬまで、私は満たされる事はないだろう。

それでも、私は生きている。肉体的にどこも損傷はない、知能もそこそこあって、勉強も出来るし、友人もいる。
端から見れば、満足できる人生だけど、それでも、私は、そんな自分の人生にたいした意味を持てずにいた。

〜10月1日(金)〜

「それでね、アイツったら、私の他にもコナ掛けて、やっちゃってるのよ、信じられない!」
「――――……はぁ、それにしても、毎度毎度やってるわね、あなた」

その日の昼下がり、教室でお弁当を食べてる私のもとに、クラスメートの友人が声を掛けてきたのが始まりだった。
その娘は数ヶ月前、冒険者のパーティと合コンをして、そのうちの一人と恋愛関係になったらしい。

で、数ヶ月付き合った挙句、ものの見事にその冒険者に二股を掛けられて、振られてしまったとか。
振られた本人は、憤懣遣る瀬無いといった感じで、だんっ、と机に缶ジュースを持っていた手を叩き付けた。

缶ジュースの中身が、私の机にこぼれる。それにしても、ダイエットの為とはいえ、ジュース一本では身体に悪いのではないかしら?
私はため息をつきながら、ハンカチを取り出して、机を拭く。

「だいたい、おかしいと思ったのよ、最初の頃より、随分と気が回るし、妙に優しいし……」
「へぇ……」

生返事をして、私は彼女―――名前は久美歌を見る。恋愛事に興味津々な彼女は、高校に入ってから既に、十数回、恋愛と失恋を繰り返している。
恋愛事とは無縁な私とは、百八十度、人生観が違う彼女であるが、私とは妙に気があっていた。

「だから、陽子も気をつけなさいよ。隠し事をする男って、今までと妙に違うところがあるんだから!」
「参考にさせてもらうけど……愚痴を言う為に来たわけ?」

既に、お昼休みも十分ほど経過している。他人の馴れ初めやらデートの様子やらを聞かされるのは、退屈そのものである。
何とはなしに教室を見渡してみる。席の向こうでは、相羽君とミュウ、それにコレットがお弁当を食べているのが見える。
あっちはあっちで、ほのぼのとした空気を漂わせているのが、遠目にも分かる。
……あ、相羽君がコレットに張り倒された。定番とはいえ、よく飽きないわよね。

「いいえ、今日はいい話を持ってきたのよ。友達の紹介だけど、合コンに誘ってくれる冒険者のパーティがいるらしくってね」
「――――……参加する気? 付き合ってる彼氏がいるんでしょ?」

視線を久美歌に戻し、さすがに呆れたように聞いてみる。
しかし、私は青春真っ盛りを自称する彼女は、瞳を燃え上がらせて、キッパリと言い切った。

「いいのっ、大体、恋愛は一人としか出来ないなんて、誰が決めたのよっ。たくさんの候補の中から選ぶのが、私の流儀なの!」

そんなことを言ってるから、彼氏の方も愛想を尽かしたんじゃないんだろうか?
彼女のその主張は、別に間違ってるとも思えないけど……。

(『随分と、女性というのも様変わりしたものじゃの……昔はもっと奥ゆかしいものじゃったが』)

「まぁ、それはそうとして、私は遠慮するわ。そういうのに、あまり興味ないし」
「興味の有る無いじゃないわよ! 前も言ったけど、そんな事をやってても、一生かかっても彼氏なんか出来ないわよっ!」

そっけなく答える私に、彼女は食い下がってくる。なんだか、今回はあっさり引き下がる気は無いみたい。
いつもは、私が断ると、特にしつこく聞くこともせず、話を打ち切るのが常なんだけど。

「――――ひょっとして、その合コン、私を連れてくって約束してるの?」
「う」

どうやら図星だったらしく、彼女は気まずそうに言葉を詰まらせた。
安請け合いは怪我のもとって言うけど……どうしたものかしら。別段、気が進まないだけで、断る理由もないのだけど。

「お〜い、いいんちょ、ちょっといいか?」
「え? 相羽君?」

唐突に声を掛けられ、思わず驚いて数トーン高い声で返事をしてしまった。
その様子を見て、クラスメートの彼女は、ちょっと驚いた様子で、私と彼を交互に見ている。

「なんか、下級生の女子が……いいんちょに会いたいって教室に来てるぜ」
「あ、そう……ありがとう」

私は席を立って、教室を見渡す。前と後ろに出入り口がある教室。その前のほうの扉に、何名かの小柄な女の子がいるのが見えた。
見る限り、一年生の女の子達みたいだけど……面識がある相手だったかしら?

「こんにちわ。私に何か用なの?」
「あ……その…………」

私が声を掛けると、どこか照れたように女の子が、もじもじと、照れている。
それにしても、何か可愛い女の子ね……同性である私にもそう思えるんだから、男子にも人気があるんだろうな……。

「ほら、早く渡しちゃなさいよっ」
「う、うん……」

友人なのだろう、取り巻きの女生徒に声を掛けられ、その娘は真っ赤になると――――、

「あの……これ、もらってくださいっ!」
「へ?」

その娘が差し出してきたのは、何かの菓子折りの箱のようだった。
なんというか……なんなんだろう、この空気は。差し出した格好のまま、その娘は固まってるし、周囲の視線が何か私に刺さってきてる。
これは、さっさと受け取った方が得策か……な?

「あ、ありがとう……」

箱を受け取ると、蜘蛛の子を散らすかのように、黄色い声をあげながら、下級生の女の子達は廊下を駆け去ってしまった。
一体、なんだったの……? 廊下に出て見渡すが、既に一年の女子達は、視界から消え去っていた。

なにやら中途半端に重い包みの箱を持って、私は自分の席に戻った。

「よう、どーだった、いいんちょ」
「……相羽君、そこ、私の席」

席に戻ると、そこには私の席に陣取って寛いでいる相羽君と、席の傍らに立つ久美歌の姿があった。
どうやら私が戻るまで、二人してなにやら話していたらしい。

相羽君をどかし、私は自分の席に座る。机の上に包みを放ると、残ったお弁当を食べ始めた。
なにやら興味深げに、彼女と相羽君は、包みに視線を向けている。

「なぁ、いいんちょ、なんなんだ、これ?」
「さぁ? 面識の無い相手に渡されたものだし、そのまま捨てるのもありかもね」
「うわ、陽子ったら、容赦ないのね」

呆れたように、声をあげる久美歌。私はその声を無視して、最後の玉子焼きを口に運んだ。

「なぁなぁ、じゃあ、あけてもいいか?」
「――――別に構わないわよ。あ、でも、恋呪の類がかかってるかもしれないから、やっぱり私があけるわ」

食後のお茶を飲みながら、私はそう答える。
古来より、他人へ贈り物をするときは、その持ち主の念が込められているという。
それに、あの女の子の様子はただ事ではなかった。なにやら一癖も二癖もありそうな贈り物のように思えた。

「おお、何か美味そうだな〜」
「え?」

だから私が開ける、って言うのに、人の話を聞かなかったのかしら、相羽君は。
なにやら喝采をあげる、相羽君の手元を覗き込む。そこには、箱の中に手作りのアップルパイが敷き詰められていた。

「あ、いいんちょ、いいんちょ宛のカードが入ってたぜ」
「カード……?」

相羽君からカードを受け取り、私はそれに目を通す。それには、細かい字でびっしりと文字が書かれていた。
斜め読みでざっと文字を読む。どうやらそれは、恋文のようである。

「『親愛なる陽子お姉さまへ……』――――勘弁して欲しいわ」
「もてんだな、いいんちょ」
「まぁ、何だかんだで、性別問わずに好かれるタイプだしね」

呑気にアップルパイを摘みながら、相羽君と久美歌は我関せずといった風に、ねー、と首を傾げあう。
それにしても、どういうことかしらね……なんだか最近、妙に女の子から熱視戦を浴びせられる割が増えた気がするけど。

(『全く、嘆かわしい事じゃの』)
「ほんとにね……」

脳裏に響く、同居人のため息を聞きながら、私もため息をつき、アップルパイを口にしたのだった。

〜10月10日(日)〜

夢を見る……身体が干からびて、カサカサに風化する。
足りないものがある。枯渇した渇きを埋めるものは、いったい何か?

分からない……ただ、今は、この渇きを癒してもらいたかった。

「あ……」

重くなった身体を起こし、周囲を見渡す。見覚えの無い部屋――――今は夜中なのか、部屋は闇に包まれていた。
今日の記憶を思い起こそうとしても、どうしても思い出せない。
身体はまるで、歳を取った老人のように重く、意識は混濁している。
冷える身体は、布を身に纏っていても熱は生み出さず、どうしようもないほどに、私を蝕んでいく。

「さ……むい…………」

解放されたい、この極寒のような飢えと寒さから――――……私は、寝床から這い出して、部屋を見渡す。
部屋の隅に、人が転がっていた。男の人――――牡。狂った身体を鎮めるには、精気が必要……そう判断し、私はその身体に舌を這わす。

「ん……む…………」

首筋から頬、そして、唇に舌を這わせる――――……そして、唇を求めるように、私も唇を寄せ……。

「ぅぁ…………ミュウ…………」
「!?」

血の気が、引く。飛び退るように私は、夢から醒めるように、眠っている彼を見つめた。
分からない……なんでこんな事をしているのか、私はなぜ、こんなことを……。

(『すまぬな、私が原因なのじゃ』)

「弓、瑠……?」

脳裏に響くユミルの声に、私は疑問の声をあげる。いつもの尊大な口調とは裏腹に、その声は弱々しげだった。

(『主の身体を拠り所にしても、搾取できる精気には限りがあってな……さすがに一人では、私の心体を維持できぬか』)

つまり、どういうことなのか……。

「あなた……かなりまずい状況なの?」
(『――――……』)

返答は無い、ただ、無言の返答こそが、何よりの返答であると思った。

「答えなさい、弓瑠……! 最近、妙に身体が重かったし、これからも、ずっとこんな状態が続くというの……!?」
(『いや、安心せい。数日もすれば身体は元に戻る。私という寄り代が無くなるからな』)

その言葉に、私は状況を考え、そうして結論を出す。
つまり、弓瑠の体の維持は、私という身体だけでは足りないのか……一人では。

「ずいぶんと、しおらしい答えじゃないの。何? どうしようもないというの」
(『いや、そういうわけではない、じゃが・・・…』)

言葉に詰まる彼女。その先を予想し、私はため息をついて脳裏に棲む彼女に語りかけた。

「結局的に足りないのは、精気の量でしょう? つまり、私という器に精気が大量に必要である。もしくは、どこかから持ってくるか」
(『ああ、ここ最近、お主が男女問わず懸想をされていたのは、私が精気を集めるときに発する、色香のようなものだ』)

弓瑠の言葉に、私は何となく納得する。ここ最近の身体の変調は、弓瑠の影響だったのだろう。
放っておけば、弓瑠は消えるのだろう。言われたとおり、数日の間……我慢すれば、彼女は消滅し、私は普通の生活に戻れる。

「だけど、それじゃあ私が納得しないわ」
(『陽子……?』)

私は、眠っている相羽君の傍に、にじり寄った。
彼は、私の心なんて知らず、相変わらずすやすやと眠っていた。

「一人では、って言っていたわね。じゃあ、二人分なら何とかなるの?」
(『それは……無論だ。もとより、降神の儀式はつがいの男女の命を持ちて完成する。一人で神を降ろせるのは、よほどの巫女だけだ』)

一人では少量の精気も、二人分の器を濾過すると、その量は数十倍になるらしい。
だとしたら、話は早い。今できることを、私はするだけだ。

「相羽君をつがいに、貴方を生かす。言っておくけど、勝手に憑り移っておいて、勝手に消えるのは許さないわ」
(『だが、それは……』)
「いいのよ。どこの誰とも知れない男より、親友の彼氏の方が幾分ましだわ」

軽口を叩きながら、私は相羽君に口付ける。相羽君は眠たそうに身じろぎをする。
まるでそれは、むすがる赤ちゃんのように、無垢で、そうして優しい寝顔だった。

(『待て、陽子……だとしても、相手がその小童では、お主は納得できぬだろう。恋慕の情が有る、ロ――――』)
「駄目よ、事情を話したところで、気が触れたとしか、思われないわ」

弓瑠のような存在は、この大陸では、広く知られていない。私も、刹那さんの話を聞き、詳しく調べるまで、存在すら知らなかったのだ。
いや、それより何より、事情を話しても、受け入れられるとは限らない。
拒絶されるのを、私は恐れていたのだろう。だから今、目の前にある選択肢を迷わず、選んだのだ。

「相羽君を起こさないようにしておいて。それくらいはできるでしょう?」



そうして、私は身に纏った物を脱ぎ捨てる。
興味が無いというわけではない。ただ、きっかけというものが無ければ、互いに交わる事は無かっただろう。

身体は、これから起こることに期待と恐怖を感じ、震え、蜜を滴らせる。
自慰の仕方は知っていても、男の人がどうすれば喜ぶかは分かっていない。

時々、そういった話を耳に挟む事があっても、聞き流して耳に入れようとはしなかった。
今、考えると、ちゃんと覚えておけば良かったと、思う。

だから、私は私が気持ちよくなるように、いつものように身体を触る。
首筋、鎖骨、胸……そして、私の大事な部分に手を伸ばす。

「はぁ、はっ……」

次第に、息が荒くなる。彼を、受け入れる事が出来るように、身体が出来上がっていく。
仰向けに眠る相羽君の胸に顔を預け、私は自慰に浸る。

時々、相羽君が僅かに身じろぎをし、私は劣情感に駆られた。
起こさないように、と命じてあっても、それが確かなのか分からない。
いつ起きるか分からない。そう考えても、指は止まらなく、声を抑える事は出来なかった。

「んっ…………!」

頭の芯からしびれるような、絶頂感――――身体が振るえ、私は大きく息を吐いた。
そうして、私は恐る恐る、相羽君のその……部分に手を伸ばした。

「ぁ…………」

そこは、なんだか不思議なほど熱く、硬くなっていた。ひょっとしたら、私の声に反応して、そうなったんだろうか……?
そう考えると、なんだか胸が熱くなった。胸が温かくなって、彼を受け入れたいって、そう思った。
単なる気の迷いなんだろう。そんなことは分かっていた。相羽君はミュウの彼氏で、二人とも、私は好きなのだ。

「…………」

だから、これは今夜だけの事。明日になれば、私も忘れる事にする。
相場君の下着を下ろしてみる。薄暗い部屋の中、その、大きな棒みたいなものが、そこに立っているのがわかった。
コクリ、と喉を鳴らし、私は相羽君にまたがった。少し、腰を下ろしてみる。

何もつけない身体……その大事なところに、それがあたっているのが分かった。
本当に入るのか、不安だったけど……私は意を決して、それを受け入れようと、手を添えて、腰を鎮めていく。

「う…………っ…………!」

裂かれていく、そんな感じが身体のなかを支配していく。人を受け入れるのがこんなに大変なんだって、初めて知った。
脈打つ、それは、初めに入れるだけでも大変なのに、それ以上の事もしなければならない。

何時間掛かったか、分からない。ゆっくりと、ゆっくりと、そして、やっと全てを呑み込めたとき、私は安堵の息を漏らした。
私の身体の中に、相羽君がいる。彼の呼吸に合わせて動くそれは、痛くて、愛しかった。

「ぁ……ぅっ…………」
「あ」

相羽君がうめき声を上げて、そしてその時、私の身体の中に、熱いものが流れたのが分かった。
夢精……なんだろうか、それでも、熱い迸りは、私はホッとさせる。
繋がった部分は、とても傷み、動かせるようなものではなかった。だから、相羽君が……気持ちよくなってくれたのなら、私はこれ以上しなくてもいい。

真の意味で、つがいになれなくても、身体のつながりがあれば、それで充分なのだろうから。
相羽君は、相変わらず眠っている。その表情は、どことなく幸せそうだった。

「いい夢を見なさい、相羽君…………」

相羽君に口付けし、私は彼から離れる。
身支度を整え、私はベッドに横になった。裂かれた部分が傷む。それでも、今は眠っておくべきだろう。

「弓瑠……これで、あなたの心体は大丈夫なのかしら?」
(『ああ…………その少年のおかげで、私の力も半ば回復した。しかし……それでよかったのか?』)

弓瑠の後半部を無視し、私は目を閉じた。
色々な気持ちが胸を占める。罪悪感、達成感、痛感…………しかし、その感情を的確にあらわす言葉は、見つからなかった。


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