The Love song for the second week..    

〜9月〜
灼熱武踏



「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「いぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

雄たけびを上げ、二人は激突する。双方共に、自らの愛剣を持って、普段の冒険と同様の装備を持って斬撃を応酬する。
学校のグラウンドの中央で、交差しつつ、殺意すら伴って双方の剣閃が冴え渡る。

カイトの剣・雷電が、ロイドの剣・キルロードが火花を散らして激突した。
一撃、二撃、三撃、四撃、五撃――――刃と刃をぶつけ合い、鍔迫り合いの状態から、両者は大きく飛び離れた。
歓声が巻き起こる、ギャラリーにしてみれば、せっかくの決闘、あっさりと勝負が決まるのも面白くない。
たこ焼きやら、お好み焼きやらの屋台で買った物を手に持ちつつ、気に入った方の応援をするさまは、何かのスポーツを観戦しているかのよう。

しかし、グラウンドという決闘場で戦う二人の顔は、真剣そのもの。互いに譲れない想いと信念の為、互いを睨み、剣を構える。

「クソッ、やっぱり速いな……」
「――――……予想以上、か」

両者に共通するのは、不満そうな表情。互いに相手の強さに舌打ちしそうに顔を歪め、武器の柄を握りなおす。
カイトの装備は、レザーガントレットと、軽装鎧、兜はつけておらず、速さを追求した装備である。
対するロイドといえば、全身鎧に身を包んだ重装備をもってカイトに相対した。しかし、鎧を着こんでもなお、その速さはカイトを上回っている。

ザ、ザ、と互いに間合いを詰めようと、一歩を踏み出す。土煙が舞い、粉塵が起こる。
そうして、先手を斬ったのは、カイト。両手に剣を持って、相手を叩き斬ろうと振り下ろす!
それを迎撃する、ロイドの剣――――夏も過ぎたグラウンドは、彼らの周りだけ灼熱の空気が蘇ってきたようだった。



「ほら、急いで、ミュウ! もう始まっちゃってるわよ!」
「う、うん」

見物者の人垣を掻き分けるように、金髪の小柄な影が人ごみの前へと出て行く。小さな手に惹かれるように、戸惑った顔の少女がその後に付き従った。
何とかかんとか、人ごみの前に出た二人は邪魔にならないように、地面に膝をつきながら、その光景を見る。

グラウンドの中央付近、ロニィ先生を審判とした決闘は、いよいよ激烈さを増していた。
互いの奥義を持って、一気に勝負を決しようというのか、空を斬る風斬り音は、それだけで人体を両断するようかという苛烈さだった。

「見て、ミュウ、あれ……」
「あ……」

コレットにつつかれ、視線を移したミューゼルは、そこに見知った相手を見つけ、僅かに表情を硬くした。
赤みがかった髪、切れ長の鋭い瞳に、整った顔――――彼女の親友である少女は、何かに魅入られるかのように決闘の場面を見つめている。

その視線の先にあるのは、カイトなのか、ロイドなのか……判別の付かない事。
彼女の横顔をミューゼルが見ていた時、ひときわ大きな歓声が周囲から巻き起こった。

「カイト!」

コレットの叫び声、視線を戻す……ミューゼルのその先で、鎧の砕け散る光景と共に、ロイドの剣に吹き飛ばされるカイトの姿を、彼女の目は捉えていた。



剣激を縫って振るわれた刃は、軽装鎧を一撃で砕き、その刃を脇腹に食い込ませた。
骨を砕くような感触――――まるで映画を見るかのように、大きく数メートルを吹き飛ばされ、カイトは地に膝をついた。

「手ごたえ……なにっ!?」
「へ、どうしたんだよ、ロイ……そんなんじゃ、まったく効かねえぜ」

強がりか、腹部を抑え立ち上がるカイト。ロイドは、ロニィ先生のほうに視線を向けるが、彼女は我冠せずといった風に傍観を決め込んでいる。
先ほどのやり取り――――決闘の前に、カイトはロニィ先生に一つのことを申し込んでいた。

『この決闘、どっちかが気絶するか、戦闘不能になるまで続けさせてくれないか?』

その時、ロイドも特に異議なしという風に、その申し出に賛同していた。
もとより、それがハンデになるというわけはない。実力勝負であれば、多少のルールが付加したといっても、自分の負けはないと思っていた。

しかし、先ほどの一撃は明らかに致命的な一撃のはずである。
クリーンヒットどころか、クリティカルヒットに部類するそれは、普段の戦闘なら敵モンスターを一撃で倒せるほど。
それを食らって立ち上がってくるということは、カイトの体力は、そこいらのモンスター以上ということだが――――、

「馬鹿馬鹿しい、そんなことがあるはずはない」

脳裏に浮かんだその考えを、ロイドは一蹴した。もとより、負けるはずのない相手。
ミューゼルに庇われ、無様に何もできなかった奴が、短期間で変わるなど、彼には想像の外であった。



「あ、危ないわね……やられちゃったかと思ったわ」

立ち上がったカイトを見て、陽子はホッとした、ため息を漏らした。
握った手はじっとりと汗ばんでおり、喉はカラカラでまるでミイラのよう。その視線は、ずっとカイトを追っていた。

ミュウにはカイトの方に賭けると言ったが、それでもそれは、決して分の良い賭けとはいえない。
甲斐那のような圧倒的な強さではないにしろ、ロイドの強さはこの学園内に敵なしというだけあって、かなりのものであった。

陽子の見立てでは、普通に戦えば三対七で、ロイドの方に分があると思っていた。
ただ、甲斐那とカイトが訓練で使っていた、あの気と呼ばれる能力を使えば、状況は互角……いや、五十一対四十九でカイトが勝っていると思っていた。

しかし、それでも何かがあれば、あっさりと状況は覆る程度の根拠でしかない。
この決闘で、ロイドが勝ったら、色々と面倒な事になるのだ。何としてもカイトに勝ってもらわないと困る……暴れる心臓を押さえるように、陽子は胸に手を置く。
胸の動機は、緊張のせいか、友人である、カイトの危機に対する同様か……彼女自身には判別しがたい事であった。



グラウンドに響く刃の音は、いっそうその激しさを増す。火事場の馬鹿力なのか、カイトの振るう剣はさらに速くなる。
雷電の名の通り、その速さはまさに雷光のごとき、だが、その攻撃を防ぎきり、ロイドは反撃の機会を伺っていた。

「そこだっ!」
「ぐぅッ!」

二たび、鎧の砕ける音と共に、カイトは吹き飛ばされる。沸き起こる歓声は、ロイドの応援か……その歓声を背に受け、カイトに向かって斬りかかる!
三度、カイトは吹き飛ばされ、地面を二転三転する。剣の勝負には、やはりロイドの方に分があった。
だから、おそらくは見物している殆どの人は、ロイドの勝利を疑わなかっただろう。だが、戦っている二人は……、

「――――へっ、きかねえよ」
「……馬鹿な」

ゆらりと、幽鬼のように身を起こすカイトに、思わず、ロイドは後ずさった。
カイトの目は、爛々とした強さでロイドを睨み、その立ち振る舞いには、まるでダメージを負っていないかのよう。

ロイドの喉が鳴る。得体の知れない重圧をカイトから感じ、その剣先が、僅かに揺らいだ。
その瞬間、ほんの僅かな隙を逃さず、カイトは間合いを詰める! その手には武器を持たない、先ほどの一撃で弾かれた武器は、手を伸ばせば届く位置に転がっている。
しかし、カイトは素手のまま戦うことを選ぶ。この場において、武器を取りに行くなどという愚を犯そうなどとは、その脳裏に刻まれていない。

隙を見せず、相手の隙を最大限に生かし、致命的な一撃を叩き込め。それが師である青年の教えであった。
反射的に突き出された刃を、手甲で受け流し、半身のままで相手に密着し――――、

「覇――――ッ!」

至近距離で拳を、相手の鳩尾に叩き込む! 鎧に包まれたまま、今度はロイドが吹き飛ぶ――――、一瞬で攻守は逆転した。
よろめきながら、ロイドは身を起こす。観客が信じ難いように、ざわめきを発する中で、全身鎧の腹部に、大きな亀裂が走っていたのを何人が見ただろう。

「あ……あ、あ」
「ふ、は、ぁ――――」

一撃で、戦意を喪失したかのように震えるロイドに対し、カイトの息も荒い。確かに凄まじい力だが、完全に制御を出来ているわけではないようである。
ある日、カイトは甲斐那に言われた事がある。気を使う戦法は、体力どころか命までも縮めかねない。故に、本気での使用はなるべく控えるように、と。

七割の力でも、気を纏わせた刃は鋼を紙のように切り裂き、気を纏った防具は服ですら鎧と同じ強度を持つ。
だが、ロイドとの戦いでは、精神の均衡に悪影響があったせいか、カイトは弐堂流の業を使えなかった。
それでも、その身に宿る命――――その存在を燃やし、カイトはロイドを倒そうとしていた。

「ロイ――――――――!」

振るわれる拳を、ロイドは飛び退って避ける。その拳が、兜にかすった瞬間、兜が大きく吹き飛んだ!
信じがたいことだが、かすっただけでこの威力――――直撃などすれば、頭蓋が砕け散るだろう。

「う……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

それは、恐怖の叫びか、手加減も躊躇もなく、ロイドは震えを押さえ込み、剣を振る!
狙いは、カイトの頭部、殺さなければ、殺されると本能で悟ったのだろう、その斬撃は、今までの中で最も速く――――空を切った。



「え」



それは、信じがたい光景。ロイドの目前から、一瞬にしてカイトの姿が消えた。
そして、離れてみていたミュウやコレットの目には、一瞬のうちにカイトが、ロイドの背後に回ったことだけが理解できた。
目視できたのは、同じように傍観していた陽子だけ――――その目は確かに、音速すら凌駕する速度でロイドの背後に回る、カイトの姿を捉えていた。

しかし、全ては一瞬の出来事……経過はどうでもよく、ロイドの攻撃は空を切り、カイトがその背後を取った、それが全て。
勝負付けはすんだ、後は、結果を出すだけ。相手を見失ったロイドの後頭部めがけ、カイトは躊躇なく拳を繰り出す――――!

パシッ!

「はいっ、そこまで〜♪」
「な……」

その時、妙に軽い音と共に、カイトの拳はあっさりと、ロニィ先生に止められていた。
年齢不詳のスカウトの女教師――――ともすれば、カイトよりも年下にすら見られるその華奢な拳が、気を纏わせたカイトの拳を、いともあっさり止めていた。

予想外な出来事に、カイトの拳を纏っていた気が消滅し、それを見て、ロニィ先生はカイトの手を離す。
その手には傷一つない。しかし、鎧すら砕く、カイトの拳を受け止める事が出来たのである。常人とは、かけ離れた力を秘めているのだろう。

「まったく、あぶないんだからなぁ……もう」
「っ、何すんだよ、ロニィ先生。まだ決着が……!」
「お・馬・鹿。決着をつける気って、ロイドを殺す気なの? カイトったら容赦ないのね〜」

ニコニコ笑顔で、ロニィ先生は割と酷いことを言う。その言葉に毒気を抜かれたのか、カイトは沈黙した。
そんな彼の手を取って、ロニィ先生はブンブンと振りながら、大声で言う。

「はいはい、拗ねないのっ! 決闘はカイトの勝ちっ、それで良いでしょ?」

その言葉に、歓声とブーイングが沸き起こった。ミュウやコレットは手を取り合って喜び、陽子はホッとした様子を見せる。
ただ、ロイドのシンパは憤懣やるせないのだろう、怒りの声をあげて、なにやら口々に叫んでいる。
そのうち、物か何かも飛んできそうな、そんな張り詰めた空気が周囲に蔓延った。そして、

「静まれ!」

ロイドが発したその言葉に、彼の応援者達は驚いたように黙り込んだ。
ロイドは、自らの剣を見つめる。武器として、それは最早何の役にも立たないもの。自らの努力は、それを上回る努力のよって粉砕された。

「完全に、しとめられていた……僕の負けだ」

それを認めるのは、どれほど苦渋の想いであろう。それでも、自らの敗北を認めなければならなかった。
ロイドは、ボロボロになった鎧を着たまま、手に剣を持ったまま、踵を返す。

「あ、おいっ、待てよっ」
「――――敗者には情けをかけないのが、勝負の鉄則だ。何も言わないでくれ。約束どおり、ミューゼルからは手を引く」

その言葉に、カイトはどこか怒ったような表情を浮かべた。

「は? ふざけんな、俺はそんな約束をした覚えはねぇよ」
「……僕を馬鹿にしているのか? 勝った方の言う事を、負けたほうは一つ聞くのだろう。だったら」
「んじゃ、お前に命令。委員長にちゃんと謝っとけ。俺は別に、ミュウを賭けの対象にした覚えはないよ」

あっさりとしたカイトの言葉に、ロイドは驚いたように目を見開き、そして、自らの行為を悔いるように顔をしかめた。
自分は一体、何を自惚れていたのだろうか……後輩に慕われ、少しばかりよい成績を残しても、自分と相手の心構えの差異は天と地ほどに離れていた。

「――――……彼女には、いずれ詫びなければならないと思っていた。後日、命令されてではなく、僕自身の意思で彼女に謝る……それで良いだろう?」
「あ、ああ……」

静かに言葉を放ち、背を向けて歩き去っていくロイド。彼の進む方向にいる、観客の人垣が割れ、彼は寮のほうに歩いていってしまった。
それが、決闘の終わりの合図と判断したのだろう。観客は思い思いの方へと三々五々に散っていく。

「カイト――――!」

そんな中、カイトに向かって走り寄っていくのは、金髪の少女であった。彼女の後を追うように、温厚な雰囲気の少女が後を追う。
カイトに抱きつくように、飛びつくコレット。困惑した様子のカイトに、ミューゼルは微笑みを浮かべた。
そして、そんな光景を確認した後、彼女はその場から立ち去る。向かうはいつもの場所……彼女のお気に入りの場所であった。



「ふぅ……」

自販機で、何となく二本の缶ジュースを買い、陽子は中庭のベンチに腰掛けて、空を見上げた。
熱気に包まれていたグラウンドとは違い、中庭付近は、ひときわ早い秋の訪れを迎えていた。真っ青な空に、いくつもの鰯雲が流れていく。

しばらくの間、その空を見上げていた彼女の頭上が、不意に翳った。
陽子の背後に、誰かが立っている。とはいっても、彼女には、それが誰かは容易に予測が出来た。

「よぅ、いいんちょ」
「あら、相羽君。ミュウたちを放っておいて良かったの?」

からかうような陽子の言葉に、カイトはしばし沈黙し、憮然とした表情で、陽子の隣へと腰を下ろした。

「何だ、見てたのかよ」
「ええ、邪魔しちゃ悪いと思ったんだけど……あ、はい、これ」

隣に座ったカイトに、陽子は膝の上に置いたミルクコーヒーを手渡した。
怪訝そうな顔をするカイトに、「ごほうびよ」と笑いかけ、彼女は紅茶の缶のタブを開け、液体を喉に流し込んだ。
それに習うように、カイトは手に持った缶ジュースを開け、飲み込んだ液体に顔をしかめた。

「……激甘」
「ちゃんと呑みなさいよ。運動の後だし、甘いものは必要でしょ?」

からかうように、笑いながら小首をかしげる委員長。そんな彼女を横目で見ながら、カイトはポツリと呟いた。

「悪かったな……色々と」
「――――……」

それは、ロイドを倒してしまった事か、委員長をだしに、ロイドと決闘した事か。
ただ、それでカイトを責めるのは、何となく筋違いだと、陽子は思っていた。だから、彼女は微笑みを返す。

「ま、何にせよ勝ってよかったわ。負けたら、ミュウの代わりにギタンギタンに熨してたところよ?」
「怖い事言うなよ。怪我したら、いいんちょに膝枕で癒してもらおうと思ってたんだからな」
「あのねぇ……」

互いに笑いあう。異性に対する意識のようなものは薄い。あるのは友人に対する気安さがそこにはあった。
ふと、笑いを収め、真剣な表情で陽子はカイトに問う。

「身体の方は大丈夫? かなり無理したみたいだけど」
「ん、ああ……今んとこは大丈夫だ。たぶん、明日は筋肉痛で大変だろうけどな」
「そう」

そっけない会話は途切れ、二人はベンチに座りながら共に空を見上げる。
空は蒼い。穏やかな秋の空は、春のようなポカポカとした暖かさではなく、どこか暑さから解放されたような心地よさを感じた。
そして、どれくらいの間、二人でそうしていたのだろうか…………陽子が口を開いたのは、何時かの時。

「それで、今度のダンジョン実習、どうしようか?」
「え?」

驚いた様子のカイトと、そんなカイトを見て、微笑む陽子。
――――そうして、激しい決闘と共に灼熱の夏は過ぎ去って、新たな季節が始まろうとしていた。

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