The Love song for the second week..
〜9月〜
絆と出会い
『御身ニ孕ミシ混沌ノ檻ヨ、今コソソノ枷ヲ払ワン』
その言葉は、確かに聞き覚えのある声だった。
混濁した意識の中で、私は記憶の淵を垣間見る。
繰り返されるのは、日曜日の光景。
相羽君が、傷だらけになりながら、甲斐那さんと修行している光景。
視線を移す先には、木陰に座りながら、本を開く刹那さんの姿。
目が合い、刹那さんは柔らかく微笑む。それは、現実では見たことのない、刹那さんの表情。
そうして、微笑んだ刹那さんの口から出た言葉は……
「私てっきり、カイト様と陽子様は、お付き合いしているとばかり思ってましたので……」
「…………なんで、そこでそういう言葉が出るのかしら」
身を起こしながら、私は不満げにぼやく。
汗びっしょりで、着ていた寝巻きは汗を吸って、雨に打たれたかのよう。
まだまだ、夜は暑い。窓の外は真っ暗の闇。
そんな中、私の心は静かに、冷たい予感を感じていた。
そう、あの時聞こえてきた声は、間違いなく刹那さん……彼女の声だったのだ。
〜9月2日(木)〜
その日、私は図書館に立ち寄っていた。
別れ際に、刹那さんが相羽君に借りていた本を返してくれたので、それを返しに来たのだ。
「こんな本を、読んでいたんだ……」
窓際の席に座りながら、私は本をパラパラとめくる。
シェル・クレイルという題名のその本は、結ばれない悲運の男女を描いた小説だった。
過激な表現と心理描写で、中学生以下の閲覧が禁止されている本。
読み進めるうち、なんとなく刹那さんのことを考える。彼女は、どんな思いでこの本を読んでいたんだろうか。
「陽子ちゃん」
「ん……?」
掛けられた声に顔を上げると、そこにはミュウの姿があった。
ミュウはそのまま、私の向かいに腰を下ろし、本を開く。そのまましばし、沈黙が降りて……
「何か、用があるんじゃないの?」
「え?」
私がそう声を掛けると、驚いた表情を見せるミュウ。
「料理の本、逆さになってるわよ」
「えっ、あ……」
しっかし、本当にそういう光景を見ると、間抜けというよりも、感心しちゃうわ。
よっぽど、別のことに気をとられているってことなんだろうけど。
「どうしたの、一体?」
「うん、あの……カイト君のことだけど、ロイド君と決闘するって話、聞いた?」
「ああ、そのことね。しってるわ」
本を閉じ、聞いてくるミュウに私はうなづく。昨日の出来事は、すでに全校に広まっていた。
まぁ、人の多い中庭だったし、あの件を広めたのは、決闘する二人の知名度のせいもあった。
ロイド君は、成績優秀、文武両道を地でゆき、後輩からの信奉も厚い。
また、最近は相羽君も、上昇する成績と、親しみやすい風貌から、一部の後輩から絶大な支持を得ていたのだ。
その二人が決闘ということで、校内は俄かに沸き立っていた。
ちなみに今、相羽君は職員室に呼び出されている。でもまぁ、中止になることはないだろう。
なんだかんだ言って、うちの教師はそういったお祭り好きの人種が多いからだ。
「で、一体何が心配なわけ? 決闘って言ったって、死ぬことはないでしょうし」
「うん、その決闘なんだけど、何だか私が賭けの対象になっているって聞いたから……」
「ああ、そのことね。安心して、そのことを言い出したのはロイド君だから」
「…………」
しかし、私の言葉に、ミュウは不安そうにうつむいた。
その気持ちは、なんとなくわかる。相羽君では、ロイド君には勝てない。
一週間前の私なら、多分そう思っていただろう。
「だいじょうぶよ、ミュウ。別に何を賭けていたって、相羽君が勝てば問題ないんだし」
「でも……」
「はっきり言っておくけどね」
手に持った小説を、机の腕に投げ出し、私はため息混じりに口を開く。
「この前の事件の、あの魔物、ハッキリ言って別格の強さだったのよ。それと打ち合えるんだから相羽君の強さもかなりのものになっているわ」
「え……そうなの?」
「ええ。個人的には、今度の決闘……賭けるとしたら、私は相羽君に賭ける」
だから安心しなさい。そういって微笑むと、ミュウもホッとしたような表情を見せた。
それにしても、相羽君も存外、信頼されていないのかしら?
「……というよりも、努力している姿を見せていないのか……」
「え? 何か言った?」
「ううん、なんでもないわ。ミュウ」
小説を再び手に取り、それで口元を隠しながら、私は苦笑を浮かべた。
彼自身が伝えていないのだから、私が言うのも野暮というものだろう。
それにしても、世話の焼けるカップルよね。
相羽君もミュウも、嫌いじゃないんだけどね……。
〜9月5日(日)〜
その日、時間の空いた私は、近所にある白山神社に足を運んでいた。
ここ数ヶ月は、週末は相羽君や刹那さん達と一緒にいたので、急に暇になってしまった。
その相羽君はと言うと、なにやら屋上で、剣を振っている姿を見かけた。
来週の決闘に向けての特訓だろうから、邪魔しちゃ悪いだろう。
「それにしても、何もないところね……」
お祭りの時期が去ったからだろう。神社には人気がなく境内にも誰もいなかった。
色づき始めた黄葉の林を、私は歩く。
季節は徐々に、秋の様相を見せていた。空気は澄んでいて、吸い込むと爽やかな感じが胸に満ちた。
どこか、旅のパンフレットに載っていそうな景色。そんな中、
『くぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜、くぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜』
森のどこからか、間の抜けた音が聞こえてきた。
そっちのほうに足を進め、しばらく行くと……そこに、それはいた。
「何、これ?」
地面にうつぶせに倒れたそれは、真っ白な生き物であった。
犬や、猫ではないようだけど、一体何なのかしら。
「くぅぅ〜〜〜〜〜」
情けない声を上げるそれ、どうやらお腹がすいているようね……。
といっても、どうしようかしら。獣医って、このあたりには無いし……。
そんなことを考えながら、私はそれに手を伸ばし――――
「えっ……?」
手が触れた瞬間、その姿が霞のように掻き消えたのである。
そうして、私が困惑したその時、頭の中に、声が響いてきた。
『ふぅ、助かった。ようやく人心地ついたわ。感謝するぞ、娘』
「?」
周囲を見渡すが、何もいない。私は一瞬考え込み、ややあってひとつの結論に結びついた。
つまり、さっきの白いのが……。
『うむ、あれは私じゃ。久方に地上に降りたのだが、精気が思ったより少なくなっておってな……空腹で死にそうだったのじゃ』
女の子の声で、声はそんなことを言う。つまりこれは、悪霊の類なのかしら?
『失礼な、私は神じゃぞ。白山の白狐といえば、そこそこ名の知れたものじゃ』
憤慨したように、声は言う。神……刹那さんの言っていた式神の類?
『む、まぁ、そのようなものじゃ。言っておくが、私のほうが格は上じゃぞ』
「それはいいとして、つまりはどういうことなの? 話が今ひとつ見えないんだけど」
頭の中での会話は微妙に疲れたので、私は声に出してそう質問した。
もっとも、相手にとっては……声にだそうが出すまいが一緒なのだろうけど。
『実は神の世界も暇でな……たまには人間界に来訪をと思ったが、いかんせん、数百年ぶりで勝手が違ってな』
「ひょっとして、私に取り付いたとか?」
『取り付くとは失礼な。寄り代となったことに感謝してほしいものじゃ。力が戻った暁には恩恵を与えるぞ』
つまりは、ギブアンドテイクということか……それにしても。
「単なる散歩のつもりだったけど、変なのを拾っちゃったわね」
『失礼な、変なの呼ばわりは許さんぞ。私は弓瑠という名じゃ、ちゃんとそう呼べ』
「はいはい、わかりました。ユミル様」
苦笑いして、私は歩を進める。ともかく、図書館によって文献を紐解いてみよう。
変わった存在との出会い……その日、私は神と出会った。
〜9月10日(金)〜
そうして、その日はやってきた。
グラウンドに、人だかりができている。決闘の見物者が、軒並み集まっているのだ。
『これはまた、ずいぶんと集まったものじゃ、健康そうな輩がゴロゴロしておるわ』
「いくら人がいっぱいいるからって、精気は吸わないでよ。大量殺戮犯になんてなりたくないからね」
頭の中にそう返答し、私は人ごみを掻き分け、前に進む。
ここ数日の間に、ちょっとこつを覚えることができ、ユミル様との折り合いの付け方をこなせるようになった。
簡単に言うと、頭の中にひとつの部屋をイメージし、そこに彼女を置くようにしたのだ。
そうすることで、無意識下の言葉を彼女に聞かせずにすみ、彼女の影響も最小限に抑えれるようになった。
まぁ、奇妙な同居人がいると思えば問題ないだろう。
『それにしても、大変じゃなお主も。一体どっちを応援するのだ?』
「当然、相羽君よ。ミュウに泣かれたくないし、相羽君には助けてもらった借りもあるし……」
そう、まぁ今回は相羽君の応援に回らないといけないだろう。
ロイド君が勝った場合、いろいろと厄介なことになりそうだし、今回は仕方ないでしょうね。
『さて、ほんとにそれだけかな?』
「……どういう意味かしら?」
返答は無い。呆れたような気配が伝わってきて、なんとなく居心地が悪かった。
しかし、そんなことはすぐに気にならなくなる。グラウンドの中央に、審判であるロニィ先生とともに、二人が姿を現したからだ。
「グランツ先輩、がんばってくださ〜い!!」
「カイト、負けたら承知しないぞ!」
それぞれ、ギャラリーから応援の声が上がる。
そのまま、両者はロニィ先生を間に、間合いを取り、武器を構える。
その時、相羽君が、何かしらロニィ先生に声をかけ、一言二言、ロニィ先生とロイド君、相羽君の間で言葉が交わされる。
そうして、相羽君とロイド君がうなづき、あらためて武器を構えなおした。
――――――空気が、しんと静まった。
『ほぉ……』
二人の放つ気迫のようなものが、ギャラリーから声を失わせたのだ。
私も、瞬きすら忘れ、その光景に見入っていた。二人の少年は、とても眩しく輝いて見える。
――――ごくり、となったのは、誰の喉だったか。まるで、その音を合図のように、
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「いぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄たけびを上げ、二人は激突する。
そうして、因縁の対決が始まったのであった。
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