The Love song for the second week..    

〜9月〜
別れと絆



「はぁぁぁぁぁっ!」
「せいっ!」

剣撃が交差する。刃には刃を、気には気を。はじき、散らし、ぶつけ合う。

『弐堂流、烈式!』

互いの放った気の刃は、中空でぶつかり合い、四散する。
肩で息をしている少年と、涼しげな顔で、それを眺めている青年は、互いに笑みを浮かべた。


「驚いたな、たった一週間で、こうも変わるとはな」

修行が終わり、甲斐那は、目の前の少年、カイトに感心したように声をかける。
カイトは、嬉しそうに、昨日のことを甲斐那に話した。

ダンジョンでの異常なモンスターの発生、そのモンスターとの激闘。
今日、これなかった委員長は、無理がたたり、寮で休んでいるということ。

「やっぱすげーよ、甲斐那さんのおかげで、こんだけ強くなったってわかってさ……」

嬉しそうに、そんな事を話すカイトは、甲斐那と、その妹の刹那が目配せをしたのに気づいていなかった。

「そろそろ、潮時ということか……」
「え? どうしたんだよ、甲斐那さん」

怪訝そうに問うカイトに、甲斐那は淡々とした声で言う。



驚いた表情のカイト、表情を変えない甲斐那。すまなそうに顔を伏せる刹那。
三者の間を、夏の風が流れていく。夏の季節は過ぎ去り、また、新たな季節がやってきた。


〜9月1日(水)〜

新学期が始まった。といっても、三年生の俺たちは、昨日も学校に居たから、そこまで新たな気分というわけでもない。
というか、夏休みを満喫し、満足げな顔で登校してくる一年や二年に、攻性魔法をぶっ放すような奴も居るくらいである。

ま、冒険者になれば、年中無休なんだから、どうこう言えるわけじゃないけどな。

「おはよう、カイト君。今日から新学期だね」
「おう、今日は一味違うな、ミュウ」

朝、教室でボーっとしていた俺に、ミュウが声をかけてきた。
俺が、適当に返事すると、ミュウはちょっと驚いた顔をし、うん、と嬉しそうに微笑んで自分の席についた。

「へぇ、驚いた。カイトも細かいところに気が回るようになったんだ」
「ん? 何のことだ?」

様子を見ていたのか、今度はコレットが、そう声をかけてきた。しかし、細かい所って、何のことだ?
俺の表情を見て、コレットは呆れたように肩をすくめた。

「何って、気づいてなかったの? ミュウのお化粧が、ちょっと変わったじゃないの」
「化粧、って……ミュウがか!?」
「いや、そう驚かれても……普通、お化粧するのが当たり前でしょ」

コレットと話しつつ、横目でミュウを見てみる。そういえば、何となく雰囲気が変わってるみたいだ。
しかし、化粧とは……男の俺には縁のない話だけどなぁ。

「ん……ということは、コレット、お前も化粧してるのか?」

俺がそう聞くと、コレットは、「ぐ」と言葉に詰まり、不機嫌そうに視線をそらした。
ということは、コレットはすっぴんということか。

「私はいいのっ、どうせ、やっても似合わないんだから」
「ふーん」

俺は、コレットのホッペに手を当ててみる。ぷにっ、という感触がした。

「うなっ!?」
「うーん、プニプニしてるな。これなら、別に化粧しなくてもいいんじゃないか?」

両手でコレットの頬をなでながら、俺はそういったんだが……いかんせん、相手が悪かった。

「な、なに触ってんのよっ、この……エロカイト!」

ごすっ

ぐほっ、み、右のストレートがみぞおちにっ……。

「ったく、油断も隙もないんだから……」
「ぐえっ」

なにやらぶつぶつと言いながら、加害者は地面に転がる俺を踏みつけつつ、いずこかへ去って行った。
しかしだな、どうせ踏む時は、スカートでやってくれ。色気も何もないぞ、お子ちゃま。

「いつつ……容赦ねーな、コレットの奴」

ズキズキと痛む鳩尾を押さえつつ、おれは身を起こし、席に座りなおした。
コレットに目を向けると、ふんっ、と不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。あ、ミュウがクスクス笑ってる。

ふぅ、それにしても……。

「遅いな、いいんちょ」

頬杖をつき、俺は口の中で呟いた。あれから数日、委員長は学校に来ていない。
怪我自体はたいしたことはないが、無理に魔力を使った心労で、寝込んでいるのだった。

まぁ、クラスを代表してお見舞いに行ったミュウの言うところでは、たいしたこともなく、今日あたりには来る筈なんだが。

と、考えてる時、教室のドアがガラッと開いて、委員長がその姿を現した。

「おはよ、陽子ちゃん」
「おはよう、ミュウ」

変わらない挨拶。委員長自身が気を使わないでほしいとミュウに伝えてあったので、特に騒ぎにもならず、こうして、委員長はクラスに復帰した。
保健委員のクレアと話してる委員長。俺は委員長の横顔を見ながら、どうやって切り出したらいいか考え込んでいた。


そのまま、滞りなく時間は過ぎ、昼休みとなった。

「カイト君、昼食はどうするの?」

チャイムが鳴って、ミュウが俺の方にそう声をかけてきた。
普段なら、ミュウやコレットと一緒に弁当を食べるんだが、今日はそういうわけにもいかなかった。

「悪い、今日はちょっとな……」
「え?」

俺はミュウに謝ってから席を立つと、委員長のところに歩み寄った。
委員長は、手作りのお弁当箱を取り出し、机の上に置いたところだった。委員長は、席に着いたまま、俺を見上げる。
俺と委員長は、まるで、決闘のように、互いに真剣に視線を交わした。

「いいんちょ、時間、空いてるか?」
「――ええ、どうしたの?」
「いや、ここじゃ、ちょっとな……」

周りには、興味津々の態で見ているクラスメート。さすがに、こんなところじゃ話を切り出せなかった。
委員長も、周囲にちょっと目を走らせてから、苦笑を浮かべた。

「そうね、じゃ、中庭にしましょ。相羽君も、購買で何か買ってきたら?」
「ああ、そうする」

なにやらヒソヒソと、ささやきあうクラスメートを尻目に、俺は教室を出た。
さて、ともかくさっさと購買にいってくるか。


購買でパンを買って、中庭に行くと、ベンチの一つに委員長の姿を見つけることができた。
弁当箱を膝の上にのせて、整った姿勢で座った委員長は、空を見上げていた。

俺は、彼女の隣に腰を下ろす。前置きを言う必要もないと思い、とりあえず俺は、本題を口にした。

「この前の日曜日に、甲斐那さんと刹那さんから、さよならって言われた」
「そう」
「そう……って、驚かないのか? まぁ、なんか用事が出来たって言ってたけど」

言いつつ、俺は購買で買ってきたアンパンを齧った。
委員長もそれを見て、お弁当箱を開く。おお、色取りがあって、なかなかうまそうだ。

「驚かない、と言えば嘘じゃないけどね……それで、そのことを言うために呼び出したの?」
「あ〜、まぁな。刹那さんと、いいんちょって親友っぽかったし、刹那さんもいいんちょに、よろしくお伝えくださいって言ってたから」

俺の言葉に、委員長は何か考え込むように眉をひそめた。
あ、そうそう、これだけは言っておかないとな。

「それともう一つ伝言、『陰ながら応援しております』って伝えてくれって言われたけど」
「はぁ……勘違いにもほどがあると思うけど……」

俺の言葉に、委員長はビックリしたように目を丸くした後、ため息混じりにそんな事を言った。
けど、今のってどういう意味なんだろうな?

「ま、それはともかく、いいんちょ、弁当、美味しそうだな」
「……あのね、真面目な話を言うのか、不真面目な話を言うか、どっちかにしなさいよ」

苦笑を浮かべながら、委員長は俺にそんな事を言ってきた。

「俺はいたって真面目だぞ、なぁ、いいんちょ。玉子焼き一つ、めぐんでくれ」
「玉子焼きね……焼きそばパンと交換ね」

大真面目に、そんな事を言われる委員長。しかし、レートが高すぎやしませんか?

「あ、不満そうな顔。でも、物事はギブアンドテイクが基本でしょ。焼きそばパンって言っても、一口だけだし」
「なるほど、そういうことか。ほれ」

納得し、俺はラッピングしたままの焼きそばパンを、委員長に手渡した。
委員長は、ラッピングを外すと、はくっ、と小さな口で、焼きそばパンにかじりついた。
しかし、普段は飄々としてる委員長の、焼きそばパンをかじる姿って、絵的にどうかとも思うが。

「ん、ありがと」

予想していたよりも、けっこう少ない量をかじっただけで、委員長はパンを返してきた。
そうして、委員長は弁当箱の玉子焼きを箸でつかむと、

「それじゃ、はい、あ〜ん」

ぐぁ。

なんて言うか、そういうのはありですか? 何気に目が笑ってるあたり、確信犯だろうけど。

「あれ? どうしたの、食べないの?」
「食べないの、って、いいんちょ……」

ちなみに、時間は昼休みである。中庭を通る生徒も多いし、こっぱずかしいったらない。
ほら、そこにも一人、見知った男子生徒が……

「って、ロイ!?」
「えっ?」

ピクリと、委員長の箸が揺れる。もっとも、玉子焼きを落さないあたり、さすがだけど。
ロイは、こっちに向かってズンズンと歩いてくる。

「う〜ん、まいったなぁ、見られちゃったか」

大して困っていないと言う口調で、委員長はそう呟くと、玉子焼きをはくりっと口に含んだ。
といっても、頬に汗が流れているあたり、気まずいんだろう。

そうこう考えているうちに、ロイが目の前に来てしまった。やつは、俺と委員長を見て、一言。

「一体、どういう茶番だ、これは」
「茶番、ってのは何だよ。俺たちはただ、飯を食ってただけだぜ」

俺がそう言うと、ロイは馬鹿にしたように、ふっ、と鼻を鳴らした。

「陽子、君も君だ。そうまでして、僕の気を引きたいのか?」
「私は……」

委員長は、何か言いたそうだが、言っても無駄だと思ったのか、ため息をついた。

「こんな品性もないような奴と付き合うと、君の品位も落ちるぞ。まったく、馬鹿なことを」
「……ちょっと待てよ」

その言いようにカチンと来て、おれはベンチから立ち上がった。
そんな俺に、ロイのやつは見下したような目で見る。

「何だ、言いたい事があるのか?」
「ああ、今のセリフが気にいらねぇ。俺を馬鹿にするのはかまわない。だけどな、お前にいいんちょを責める理由があるのか?」
「相羽君……」

俺の言葉に、委員長はホッとしたような表情を見せるが、ロイのやつはそれを見て表情を険しくした。

「どういう意味だ、それは」
「なに、簡単なことだ。お前にいいんちょは、もったいないって言ってんだよ」

言ってみて、改めて俺は実感した。俺はこいつが大っ嫌いなんだ。
なんていうか、理由とかそういう以前に、虫が好かないってやつだな。

「それは、僕に喧嘩を売っているということか」
「それ以外に、聞こえたか?」

殴りかかるなら、かかって来い。思いっきりふてぶてしく、俺はそう言ってやった。
ロイは、俺のことをにらみつけると、しかし、ふっ、と笑い、きびすを返した。

「生憎だが、喧嘩をするつもりはない。僕は、優等生で通っているからな」
「だったら、決闘ならどうだ」

それは、自然に口を付いて出た言葉だった。

「負けたほうは、勝ったほうの言うことを何でも聞く。時間は、来週の金曜、模擬戦の授業なんてどうだ?」
「勝手に、決めないでほしいな……だが、なかなか面白い」

背を向けてはいたが、ロイのやつが笑っているのがよく分かった。
相手にしてみれば、してやったりという感じだろう。

「重ねて聞くが、二言はないだろうな。例えば僕が、ミューゼルから手を引けと言えば……」
「ロイド君!」
「……ああ、二言はない。もっとも、お前も何を言われるか、覚悟をしておけよ」

思わず立ち上がりかける委員長を、手で制して俺は言う。
ロイは何も言わず、片手を上げて歩きさっていった。

「まったく、きざなヤローだ」

ロイの姿が見えなくなって、俺は肩をすくめた。
委員長は俺を見上げつつ、何か言いたそうに、口を二度三度動かし、ため息をついた。

「相羽君……分かってるの? ロイド君は学園トップの腕前なのよ。彼に勝とうなんて」
「勝つさ」

ベンチに座りなおし、俺は焼きそばパンをかじる。特に気負う必要もなく、俺はそう思っていた。

「……あ」
「ん、どうした?」

委員長の方を向くと、なぜか戸惑ったような表情を浮かべている。
俺の顔をじっと見た後、委員長は何か言うわけでもなく、弁当箱に視線を落とした。

その後は、お互いに何かを言うわけでもなく、そのまま昼休みを過ごした。
静かだったけど、不思議と居心地のいい時間だった。


〜9月6日(月)〜

「一閃牙っ!」
「くぅっ!」

放たれた一撃を、俺は刃をかえし、その一撃を凌ぐ。
重い一撃は、それだけで刃を折られそうになる。それに対抗するには、それ以上の硬度の防御、または柔軟に一撃を流す器量が必要である。

「まだまだ行くよ、相羽!」
「おう!」

今は昼休み。決闘を週末に控え、俺は竜胆と剣の修行に励んでいた。
剣の実力は学年のトップクラスの竜胆は、この上ない練習相手だった。

「虎撃っ!」
「竜撃っ!」

互いに振り回す剣は、互いよりも上へ、なお上へ行こうとする。
それは、確かに格上の相手とでは学べなかったものだった。


キ〜ン・コ〜ン……

昼休み終了の予鈴が鳴る。
俺達は、互いに汗まみれで地面にへたり込んだ。

「ふぅっ、まったく、たいしたもんだよ、相羽は」
「そうか?」

スポーツタオルで汗を拭いている竜胆に、俺は問い返した。
たしかに、少しは上達していると思ったが、そうまで手放しに褒められると、どうも困惑する。

「ここんとこ、成績も上がり調子だし、今度はロイドのやつと、決闘だもんな」
「まったく、どこから漏れたのかねぇ……」

俺とロイドとの決闘の約束は、その日のうちに全校に知られることになった。
おそらく、シンゴあたりが言いふらしたんだろうけど……そのおかげで、一度は職員室に呼び出されてしまった。

もっとも、最終的には『おもしろそうだし、やっちゃえばいいよ♪』のロニィ先生の一言が、反対論を押しのけたのだが。

「ロイドは強いよ、あたしでも二本に一本はとられるしさ」
「へぇ〜」

竜胆の言葉に、俺は肩をほぐしながら、気の抜けたようにこたえた。
いちいち、ロイの強さに取り合う気は無かった。大体、気にしていたらまともに戦えないし。

「ずいぶんな自信だよな。こっちは心配して言ってるのにさ」
「拗ねるなよ、竜胆」
「拗ねてなんかないっ!」

竜胆は剣を鞘におさめ、立ち上がった。
そうして、立ち上がった俺を疑わしそうに見る。

「本当に大丈夫かよ、ミュウのことも賭けに入ってるんだろ?」
「勝つさ」

キッパリという俺に、竜胆は呆れたように苦笑いを浮かべた。
そうして、少し間合いを話すと、剣を構え、腰を落とした。

「ためさせてもらうよ。この一撃をかわせりゃ、ロイドのやつもやりあえる。だけど、受けて怪我するんなら、元々その資格がないってことさ」
「…………」

殺気に近い闘気に、俺も構えを余儀なくされた。
まるで、昔の時代の剣豪同士の決闘のように、緊迫した空気が流れる。

細い糸のように張り詰めた空気が切れる、その瞬間――――

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

腰だめに構えたまま、竜胆が突っ込んでくる!
横なぎに振るわれる剣の軌道――――かわすことはできない。

「くっ……!」

俺は、手に持った剣で、その一撃を凌ぐ。
しかし、行きすぎた剣が、次の瞬間、倍速で戻る!

一撃目は左から右、二撃めは、右から左の軌道……!

「飛燕襲っ!」

気づいた時には、既に眼前には刃。俺は――――

「くっ!」
「ば――――! ……え?」

左腕で、俺はその刃を受け止めていた。
防具もないが、肌と刃の間には、一つの膜があり、それが剣を止めていたのである。
『弐堂流・鎧式』。気の鎧をまとうそれは、防御も桁違いのものだった。

「ふう、びびったぁ……」
「びびったのは、こっちだよぉ……」

半泣きで、竜胆は地面にへたり込んだ。
まぁ、普通なら腕が斬り飛ぶところだもんな……。

「悪ぃ、心配させて。ま……他には秘密だけど、そういうこと。俺は負けねぇよ」
「〜〜〜〜、まったく、たいした男だよ、あんたは」

俺を見上げながら、竜胆は目を細めてそういった。
そろそろ午後の授業が始まるな。そろそろ教室に戻るとするか。

「さ、そろそろ戻ろうぜ。授業も始まるしな」
「ああ、相羽、決闘がんばれよ。応援するからな」

へたり込んだのを、立たせるために差し出した右手。それを握りながら、竜胆は、にかっと微笑んだのだった。


〜9月10日(金)〜

そうして、決闘の日がやってきた。
場所は、校庭のグラウンド。なんか人垣だの屋台だの、お祭り騒ぎになっているんだが……。

「ま、やることに変わりはないか」

一人、教室で気合を入れると、俺は席を立った。
いよいよ、ロイとの決闘が始まる。だが、不思議と負ける気はしなかった。


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