The Love song for the second week..
〜8月〜
彩の夏
「はぁ、はぁ、はぁ……」
青い空をただただ見上げ、仰向けに地面に寝そべりながら、俺は息をする。
燦燦と、日は降り注ぎ、蝉時雨は、はるか遠く、そんな、曖昧な光景の中で、俺は、生きていることを実感する。
傍らには、転がっている剣。
ふと、自分の右手を見ると、そこには光を纏った拳が見えた。
〜8月7日(土)〜
バシャバシャと、水をはねる音。
目の前を、何人かの生徒が楽しそうに泳いでいった。
今日は、プール開きということで、うちのクラスが駆り出されていた。
さっき掃除も終わり、今は自由時間ということで、プールを自由に使っている所だ。
「しかし、あっちぃな……」
青い空を見上げながら、俺はそうぼやく。
おれはプールサイドに座って、水に足をつけながら、何をするわけでもなく、ボーっとしていた。
「ずいぶん、気が抜けてるわね」
首筋にヒヤッとした感触。振り向くと、そこには長い髪の女の子がいた。
「なんだ、いいんちょか」
「あら、ずいぶんな挨拶ね。せっかく差し入れを持ってきたのに、そんなつれない事、言うんだ」
そういう委員長の左手には、ジュースの缶の詰まったビニール袋があった。
右手には、ジュースの缶。どうやらこれで、俺の首に触ったらしい。
「どーもすいません、委員長様、どうぞこの私めにもジュースを譲ってはいただけないでしょうか」
「何だか、ぜんぜん心がこもってないような気がするけど」
そう言いつつも、委員長は苦笑しながら、手に持ったジュースの缶を手渡してくれた。
「さんきゅ。って、これ紅茶かよ……俺、炭酸の方が良いんだけど」
「だめよ、それにそれ、私のお気に入りの一つなんだから」
笑いながら、委員長は俺の隣に腰掛ける。
半袖シャツとスパッツ姿で、足を水に浸しながら彼女は空を見上げた。
「しかし、本当に熱いわね……ゆだっちゃいそう」
シャツの胸元をパタパタとあおぎながら、委員長はそう口にする。
俺は、ちょっと甘めの紅茶を飲みながら、委員長の姿を横目で見る。
改めて言うわけでもないが、委員長はスタイルも良い。
男女問わず人気もあるし、何でもできる。そんなわけで、一緒にいると、どうも注目されているような気になって落ち着かない。
もっとも、落ち着かない原因の一つが、委員長の胸元とか、なまあしとかに目が行ってしまうことなのかもしれないが。
……面目ない。健全な男子なんです、俺。
「で、何でこんな所でボーっとたそがれてるのかな、相羽君は?」
「なんだ、いいんちょ特有の、おせっかいってやつか」
まぁね、と委員長は笑いながら小首をかしげる。
赤みを帯びた、サラサラの髪が目の前を流れ、そんな光景に、なんとなしに俺は見とれてしまった。
「それはそうよ。少なくとも、友達のことを心配しないのはおかしいわ」
「友達……」
そう言われ、何となく俺はちょっと嬉しかった。人から一線を引いているような付き合い方をしている委員長が、そんなことを言うとは……。
「そうよ、ミュウも寂しがってるでしょ、一緒に泳いであげないの?」
だが、委員長の次の言葉を聞いて、ちょっとがっくりきてしまった。
つまり、委員長の友達ってのはミュウで、彼女が寂しがってるから、俺に声をかけてきたって事か。
ま、委員長にとって、俺の存在はクラスメート以上のものじゃないんだろうな。
「めんどくさい」
「またそんなこと……」
微苦笑し、委員長は目を細める。猫のような表情に、俺はなんとなしに居心地が悪かった。
「彼女にかまってあげないと、いいかげん、愛想つかされちゃうわよ」
「彼女じゃねーって」
なんとなしにムッときて、俺はそう言い返した。
どいつもこいつも、俺とミュウが付き合ってると思っているのだ。
「でも、分かってるんでしょ? ミュウの気持ち」
「……」
そんなことは分かってる。最近何となく、分かってきてるんだが……。
「なぁ、いいんちょ、恋って何だと思う?」
「へ?」
俺の言葉に、委員長はまるで別の生物を見るかのように俺を見て……。
「や、やだっ……相羽君ったら、何でそんなまじめそうな顔で……っ、ぷははっ」
クスクスと笑い出してしまった……チクショウメ。
そりゃあ俺だってさ、こんなこと聞くべきじゃないと思ってんだぞ。シンゴのやつに聞かれたら、学校中の恥になりかね……。
「ふ〜ん、まぁ、最近暑いからねぇ」
「そのまま逝け――――――っ!!」
ごす。
足元の水面から顔を出したシンゴの顔面に、正義の鉄槌を振り下ろすと、深い海底のそこに、やつは沈んでいった……。
まぁ、酸素ボンベにゴーグル、水ひれまでつけた完全装備なのだ。俺の踵落としで気絶したくらいじゃ、死なないだろう。多分。
「それはともかく、どうなんだ、いいんちょの意見としては」
「うん……そうね……」
改まった俺の言葉に、委員長はしばし考え込んで、やがてポツリと話し出した。
「恋ってのは、要するに自己(エゴ)じゃないかしら」
「エゴねぇ……」
「そう。他人に好かれたい、他人を手に入れたい。そうした欲求が恋なんじゃないかしら」
他人を求める、他人を欲しがる……か。
「だけど、ミュウにはそんな気持ちはないんじゃないか」
「?」
怪訝そうに、俺の言葉に眉をひそめる委員長。
揺れる水面、見ようによってはどんな風にも姿を変えるそれを見つめながら、おれは考える。
「俺もそうだ、ミュウと一緒にいるのが当たり前だったからな。いまさら、求めるようなものなんてねぇし」
「ふぅん」
興味深げに俺を見る委員長。
「このままでいいのか、俺とミュウの関係とか、今やってる修行とか、色々考えると、やるせなくなってな」
「それなら、気分転換に何か別のことをすれば良いんじゃない? 視野を広げれば、見えてくるものもあるだろうし」
委員長の言葉に、俺は頭をひねる。
そもそも、何か別のことってったって、何をすりゃいいってんだよ。
「たとえば、そう……デートしてみるとか」
「デートねぇ……一緒に出かけるのなら、ミュウとはちょくちょく行ってるぜ」
俺の言葉に、委員長は肩透かしを食らったように、呆れたような表情を見せた。
「じゃあ、他の女の子とのデートはどう? そのほうが刺激にもなるし」
「おいおい、ミュウを泣かせるな、ってのがいいんちょの持論だろ?」
「ばれなきゃいいのよ」
しれっとした表情で、委員長はそんなことを言う。
しかし、デート……か。確かに、少しは気分転換になるかもな。
「だけどな……相手はどうする?」
「う〜ん、そうね……身近な女の子なんてどう?」
「身近な……って」
委員長に見つめられて、おれはドキッとした。
確かに、最近じゃ甲斐那さん達の修行がらみで、けっこう話してるし、委員長のことも嫌いじゃないんだが……
「たとえば……コレットとか」
「却下」
やっぱりそんな事かい。
まぁ、本命がいるんだし、俺なんかとデートする暇もないだろうしな。
「あれ、だめかしら?」
「何でコレットになるんだよ。あんなチビのちんちくりん、デートの対象にもなりゃしないって」
そう、俺が言ったとたん―――
「だぁれが、まめちびよっ!!」
「うわっ!?」
背中を突き飛ばされて、俺は水の中に頭から突っ込んだ。
数秒もがいて、何とかかんとか水上に出て、俺は加害者の小悪魔をにらんだ。
「げほっ、コレット……てめぇ何しやがる!」
「はんっ、こそこそと悪口、言ってるそっちが悪いんじゃない」
プールサイドに仁王立ちする、浮き輪つきの水着少女は拗ねたようにそっぽを向いた。
しかし、スクール水着に浮き輪、ビート板に水泳キャップとは……まんまガキだな。
「あのな、悪口って俺たちはただ―――」
口を開きつつ、視線を移して、俺は硬直した。
俺がコレットにプールに叩き落された拍子に、水しぶきを浴びたんだろう。
頭から水をかぶった委員長は、あっけに取られた様子で動かない。
水を吸ったシャツは、委員長の身体にぴったり張り付き、その身体の線をくっきりと映して……
「水も滴る、良い女……」
「この、バカイトッ!!」
呟いた俺の顔面に、ビート板が直撃し、俺はもんどりうって、水中に沈んだ。
再び水の上に浮かんだ時には、そこにコレットの姿はなかった。
「くそっ、コレットのやつ……」
「災難だったわね、相羽君。ほら、上がって」
ぼやく俺に声をかけたのは、ずぶぬれの委員長。
プールサイドから差し出された手を、俺は握ろうとし―――
「いや、やっぱいい。せっかくだから、泳ぐさ」
「そう?」
「ああ、それより、いいんちょも着替えたほうがいいぜ。そのままじゃ、気持ち悪いだろ」
「うん、そうね……それじゃ、相羽君、またね」
しばし考え、委員長はジュースを持って歩きさってしまった。
俺は、その様子を見送ったまま、水にぷかぷか浮いて、ややあって、下を向いて不満そうに言った。
「馬鹿息子……節操なしかよ、お前」
〜8月15日(日)〜
「せいっ!」
「はぁっ!」
甲斐那さんの繰り出した剣撃を、俺は真正面から受け止める。
しかし、防いだ直後、即座に飛んできたのは、つばぜり合いの状態からの、肘打ちだった。
「ぐあっ!」
肩に衝撃を受け、俺は吹き飛ばされ、二転三転する。
打たれた箇所は、まるで内側から打たれたかのように痛む。それをこらえ、俺は何とか起き上がった。
「どうした、カイト。まだまだ気を使いこなせていないぞ」
修行の内容は、ここ最近になって少し変化した。
そのきっかけは、俺が気を使えるようになったこと。
先月の末、修行している最中に、唐突にそれは使えるようになった。
それは、言葉では言い表せない感覚。身体の奥のほうで、気の入れ方を理解したような感じだった。
「そういわれても、そうほいほいできねぇよ……」
「当たり前だ。だからこその修行だろう?」
今、やってるのは、実際に気を使った模擬戦だった。
斬撃、打撃ともに、気を使って相手の身体を穿つ。言葉で言うなら簡単なのだが……。
「だからって、剣を使っての勝負に、肘鉄とか膝蹴りってのは……」
「卑怯、とでも言うのか?」
俺の言葉に、逆に甲斐那さんは俺にそう問い返してくる。
「勘違いするな、カイト。戦人というのは、たとえ刃なくとも、戦うすべを持たなければならない」
「……」
「剣がなくては戦えない、というのは二流のいいわけだ。真の戦人ならどんな剣でも使いこなし、剣がなくとも戦えるのだ」
それは、確かにその通りだった。
実際の冒険の時、剣が折れたからって戦えないんじゃ、冒険者としては失格だろう。
そう考えると、学校の剣の授業よりも、何倍もためになるのがよく分かる。
甲斐那さんは、まさに最高の師匠だった。
「おし、そんじゃいくぜ、甲斐那さん!」
「ああ、こい!」
一念発起し、改めて対峙する俺と甲斐那さん。とはいえ……
「でりゃあっ!」
「遅い」
あっさりと、返す刃で返り討ちを喰らい、俺は再び地面に伸びた。
本当に、俺って強くなったんだろうか……と、何となく不安になってしまう最近の修行であった。
〜8月21日(土)〜
その日の朝、学校のオリエンテーションということで、俺たちは体育館に集まっていた。
3年生全員が集まる体育館で、発表された内容というのは……。
「スタンプラリー?」
「うん、今日はダンジョンのフロアを使ってスタンプ集めをするんだって。上位の班には、賞品も出るみたい」
ミュウの説明を聞きながら、おれは手元の資料を覗き込んだ。
1、スタンプは、ダンジョン内の宝箱に入っている。
2、スタンプは、1フロアでの有効数は5とする。
3、地上に出た場合、スタンプシートは回収、0からのスタートとなる。
4、本日に限り、1つのグループの上限を3〜4名とする。
……要するに、普通のダンジョン実習と一緒だが、スタンプ集めというおまけがあるって事だろう。
まぁ、班行動可能人数が3〜4名って事は、普段よりも楽になるくらいか……。
「んじゃ、グループはどうする?」
「うん、カイト君と私と、コレットでどう?」
まぁ、妥当なグループだろうな。そう考えたが、ふと気になることがあった。
「……カイト君?」
「悪い、ミュウ、ちょっと俺、寄り道するわ。先にダンジョン前で待っててくれ」
ミュウを残し、おれは騒がしい体育館を出た。
その場所には、やっぱり彼女がいた。
もはや習慣になったのか、中庭のベンチに腰掛け、その娘は、委員長は空を見上げていた。
青い空には入道雲。青を蒼く見せるコントラストは、まるで一枚の写真のようであった。
「よう、いいんちょ」
「相羽君……どうしたの、こんな所で? そろそろ、スタンプラリー始まるわよ」
ベンチに腰掛けた委員長は、それはそれは気だるそうに、そんなことを言った。
委員長がここにいるということは、やっぱり今日も駄目なんだろう。
「はぁ……今日も駄目だったのか?」
「ん、まぁね……しょうがないでしょ」
ロイドのやつ……こういうイベントの時くらい、オッケーしてやりゃいいのに、まったく、頑固なやつ。
あ、考えたらムカムカしてきた……。
「で、どうするんだ、いいんちょは?」
「そうね、元々そこまで期待していたわけじゃないし、今日も一人で回ることにするわ」
予想通りの返答、だから俺は、委員長に言った。
「だったら、俺たちと組もうぜ、ミュウとコレットに俺……頭数はあと、一人余ってるんだ」
その言葉に、委員長は困ったように微笑を浮かべた。
ああ、何ていうか……すげー悔しい。結局、委員長と俺との間って、その程度のものなんだ。
結局、委員長は何も言わず、俺も何も言わず、その場から立ち去る。
近いのか遠いのか、俺は委員長との関係が、よく分からなくなっていた。
「さぁっ、張り切っていくわよっ♪」
始まったスタンプラリー、ダンジョン内に入るなり、元気に言ったのはコレットだった。
小さな身体でピョンピョン跳ねながら、洞窟の奥へと歩いていく。
「元気よね、コレット」
「単純に、ピクニックとかと一緒だと思ってるんじゃないか?」
「あ、そうかもしれない」
ミュウと俺は、顔を見合わせて苦笑する。
そうして、俺たちはコレットの後を追い、そうして、スタンプラリーは始まった。
「よし、これで3つね、快調快調♪」
ウキウキといった感じで、スタンプカードにぺたしと判を押すコレット。
確かに快調だった。罠にあうことはあったが、モンスターとの遭遇もなく、順調に進んでいた。
……そう、順調すぎるくらいに。
楽観が懸念に変わったのは、5つ目のスタンプを手に入れた時。
「……なぁ、なんかおかしくないか?」
「え、なにが?」
俺の言葉に、コレットはキョトンとした表情でそう聞き返してくる。
ミュウのほうは、俺と同じように感じていたようだ。
「うん、なんか、静か過ぎる……よね」
通路は、静まり返っていた。まるで、何かを恐れているかのように……。
そして、しばしの静寂の後……。
『ゴァァァァァァァァァァッ!!』
爆音と、何かの獣のような咆哮が聞こえてきた。
続けざまに響くその音は、誰かがそれと戦っていることを示していた。
「ね、ねぇ、なんだかやばくない?」
「ああ、ここは、避難したほうがいいかもな」
コレットの言葉に、俺は頷き、もと来た道を引き返そうとする。
「待って、カイト君!」
それを引き止めたのは、ミュウだった。
彼女は震えながらも、俺に向かってしっかりとした口調で言う。
「助けに行こう、ここで逃げたら、私達きっと、後悔すると思う」
「……」
それは、どんな思いだったのか、ミュウの言葉それを聞いたとき、俺は4月のオリエンテーリングのことを思い出した。
何もできなかった自分、どうしようもなく、目の前の現実から逃げようとした自分。
だから、今度は逃げたくなかった。
「分かった、だけど、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「うん」
「けっきょく、行くわけね……」
引き締まった表情のミュウと、げんなりした顔のコレットを連れ、俺は通路を駆け出す。
いくつかの角を曲がり、抜けた通路の先……俺たちがたどり着いた時、戦いの決着は、つこうとしていた。
「くっ……!」
「陽子ちゃん!?」
一人の女生徒が、壁に背を預け、敵をにらんでいる。
肩を切り裂かれ、左腕は力なく垂れ下がり、右手でやっと剣を持っているという感じだ。
敵は、半月刀を持った、竜戦士だった。
人と竜の中間に位置するその生物は、凄まじいまでの戦闘能力を有している。
「委員長!」
俺は、委員長を背に庇うように、竜戦士と彼女の間に割って入った。
「馬鹿……なんで逃げなかったの……殺される……」
その言葉を耳に聞きながら、俺は目の前の光景を見詰めていた。
やけに、ゆっくりの光景は、竜戦士の剣が迫ってくる光景。
それは、走馬灯とか、死ぬ寸前のゆっくりとした感覚とか……ではない。
本当に、その攻撃は遅く感じたのだ。
これなら……止めれる!
「はあっ!」
気合の声と共に、おれは竜戦士の剣をはじく。
敵の攻撃は、やっぱり重かった。だけど、甲斐那さんの修行に比べれば、ぜんぜん軽く感じられた。
「いくぜっ!」
不思議なほど落ち着いて、おれは剣を構える。
いざとなったら、拳や頭、脚を使ってでも倒してみせる。
強くなった自分を、この瞬間、俺はやっと自覚できた……。
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