The Love song for the second week..
〜6月〜
虹の出た空の先..
〜6月8日(火)〜
その日の放課後、私は人気の絶えた廊下を歩いていた。
外は白銀の靄、まるで、遠い大陸の魔法都市みたいだ……。
ある意味、その例えは理に適っているのかもしれない。
人は外に出ることもなく、建物の中で日々をすごしている。
外に世界はあるのに、外に人は誰もいない。
建物の中だけで過ごされるこの時期、建物の中は、とても静かであり、また、人のざわめきで、喧騒に満ちている。
そんな矛盾に満ちた世界。
誰も通らない廊下、その反面、クラブ活動に使われている教室には……人が満ちている。
私がこれから向かう場所も、雨によって行き場を失った生徒たちが集まっているはずだ。
目的の場所に着くと、私は扉を開けた。
ドアを開けると、静かではあるが、人の発する音が聞こえてくる。
ここは図書館。
普段は利用する人が少ないこの場所も、この時期だけは、人で溢れていた。
「あ、遅かったね、陽子ちゃん」
図書館の奥にある、複数人数用のテーブル。そこに先に座っていたのは、私の数少ない親友の一人、ミューゼルだった。
もともと、今日、この時間に図書室で過ごそうと言ったのは、ミュウである。
特に断る理由もない私は、彼女の誘いを承諾し、今、ここにいる。
別に、図書館に来たからといって、特に明確な目的はない。
各々に本を借りて、時間をつぶすだけだが、結構そういう時間も、私は気に入っていた。
「何? また料理の勉強?」
「うん、カイト君に、ご馳走しようと思って」
ミュウが嬉しそうに言う。彼女が、同じクラスの相場君に片思いなのは、周知の事実であった。
問題は、片思いされている本人が、それに気づかないことであるけど。
「本当にがんばるわね……相場君も、いい加減、気づいてもいいのに」
「あはは……でも、カイト君、そういうところは疎いから」
苦笑混じりに言う、ミュウ。
努力しても報われない彼女を見てると、なんとも言えない気分になる。
その状況は、今の私の現状と似ているからだ。
といっても、私の場合は、まだ恋というわけでもない。
何となく気になっている、男子生徒ならいる。
一応……アプローチをかけてはいるが、ことごとく空振りに終わっている。
ただ、私にはどうも、それが恋とは思えないのだ。
そも、私はあまり、そういったことに貪欲ではないようだ。
クラスの女子が話したり行っている行動。
身を焦がすような劣情や、誰かのことを考えるだけで、胸がいっぱいになるなんて、私は経験したことはない。
よくみんなから、進んでいる、大人っぽいといわれるが、私はそういうことには酷く乾いていた。
「そういえば、陽子ちゃん、進路指導、どうだった」
「ん、あたしはそれなり。ミュウは?」
「うん、神術師としての特性は十分だから、このまま頑張りなさいって」
「そっか、ミュウは、神術師になるんだったわね」
あたしの言葉に、ミュウは嬉しそうに頷く。
それは、とても輝いていて、私は少しうらやましくなる。
私は、進路指導の先生に聞かれ、答えることができなかった。
私は将来、何になろうとしているのか。
私は、何も求めていない。人よりも少し要領がいいだけで、実は、何も持っていない。
何かをしたいというわけでもないのに、出来るだけの才能を持っているなんて、なんて、愚か。
「陽子ちゃんは、将来、何になりたい?」
「私? ……そうね」
私はミュウのその問いに、曖昧に笑うだけだった……。
出ることのない答え。満たされない自分。
だからなのかもしれない。目標を持ったあの人や、目の前のミュウに惹かれるのは……。
答えなんてあるはずのない問い……私はこれから、何をしていけばいいんだろう。
私は将来……何になろうというのだろう。
〜6月11日(金)〜
「ちくしょ〜、ロイの野郎〜、まけねぇからな〜」
「……まったく、夢の中まで張り合うなんてね」
相場君の頭を太ももに乗せた姿勢で、私は苦笑を漏らした。
今は、昼休みも終わり、午後の授業の時間だが、私は中庭にいた。
一撃を受けて伸びてしまった相場君をそのままにしていくわけにもいかず、ベンチに寝かせて介抱することにしたのだ。
「はい、ハンカチ濡らして来ました……」
「ありがとう」
黒い制服の女の子の差し出したハンカチを受け取り、相場君の額に当てる。
一撃を受ける寸前、とっさに身をそらしたのか、怪我のほうは幸い、大事には至っていないようだった。
「それで、相場君に用があるんでしたよね」
「ああ、これを返しに来た」
私の問いに、黒尽くめの男の人が頷いた。手には、バスタオルと傘を持っている。
おそらくそれは、相場君のものだろう。どういう経緯で貸していたのかはわからなかったが……。
「何なら、私が受け取っておきましょうか?あとで、相場君に渡せばいいことだし」
「いや、彼が起きるまで、我々は待っている。時間は確かに有限だが、それでも……」
「そうですか」
それきり、沈黙が落ちる。
ただ、特に気まずいというわけでもなかった。
まだ春先の暖かさを残す、日中。
そんな中、ベンチで何もなく過ごすのは、決して不快というわけではなかった。
「ちくしょー、まけねぇぞ……」
また、相場君が寝言を漏らした。
しかし、口を開くとこれだ。負けず嫌いというか、なんと言うか。
「兄様、あれ……」
「む……」
と、黒服の女の子が、何かに気がついたように、向こうのほうを指し示した。
その先には、青色の空を彩るように、大きな虹が出ていた。
七色のコントラストは、まるで、青色の海にかかる、架け橋のようだった。
「虹、きれいですね」
「はい、本当に……」
私の漏らした呟きに、そう返答したのは、女の子だった。
私は、彼女の顔を見て、愕然とした。人形のような無表情の顔に、涙が流れていた。
どうして彼女は、泣くのだろう。
きれいな顔は、笑った表情が良く似合うというのに、どうして彼女は泣くのだろう。
そんな疑問が、頭にこびりついていた。
……だからだろうか。
相場君との話を終え、去っていく二人の後を追いかけたのは。
「待って!」
「む、君は……」
「どうか、なさいましたか?」
二人は、甲斐那さんと、刹那さんは無表情で振り向いた。
人形のような無表情。それを見たとき、私は思わず、こんなことを口走っていた。
「あの、私も一緒に、相場君の特訓に参加させてくれませんか?」
「え?」
その言葉に、刹那さんは驚いたような表情を見せた。
そう、やっと分かった。私は、彼女を放ってはおけないのだ。
無表情な彼女。虹を見て涙した彼女。
そんな彼女と、私は友達になりたいと思ったのだ。
一目ぼれ、というわけではないだろう。ただ、私は純粋に、彼女と友達になりたいと思っていたのだった。
意外にも、私の申し出はあっさり承諾された。
その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。
それはまるで、初めて遠足に行くときのような、不思議な高揚感であった。
虹の出た今日の空の先、行き着く先の空を夢見ながら、私は眠りについた……。
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