The Love song for the second week..
〜6月〜
雨が上がれば..
〜6月6日(日)〜
バラバラと窓を叩く雨の音。
「ったく……どうしたもんかね、この雨は」
寮の自分の部屋にある、安物のベッドに寝転びながら、俺はそうこぼした。
5月のころの晴れやかな空とは、まったく正反対に雨は降り続けている。
月の暦が変わってから一週間、毎日毎日、雨・雨・雨・雨……。
「あ〜、くそ、こんなんじゃ遊びにもいけねぇな……」
憂鬱な気分で、窓の外を見る。
靄がかかったような窓の外は、白い靄がかかったように見える。
この雨で、大半の生徒は外出することもなく、部屋に閉じこもっている。
もしくは、体育館で身体を動かすくらいしかすることがない。
「今からじゃ、体育館も空いてないだろうしなぁ……」
言いながら、あくびが出る。
連日の自主トレで、体中ボロボロになっているからな……たまには休むのもいいか。
ベッドの上で身体を伸ばすと、とたんに睡魔が襲ってきた。
「寝るか……」
よっぽど疲れていたのだろう。
そう呟いたのを自覚したのを最後に、俺の意識は、眠りの淵に引き込まれていった……。
闇が、迫ってくる……。
光という光を全て吸い込んで、闇が、世界を覆い始めている。
『いやっ、助けてっ!』
ミュウが、闇に囚われている。ミュウが、闇に飲み込まれかけている。
『助けて、カイト君、助けてっ……』
その姿が、言葉が、闇に呑まれていく。
俺は、ボロボロになった身体で、それを見てるしかできなかった。
<力がほしい……>
それは、切実な願い、切実な叫び。
「もっと、もっと、力がほしい……」
力を、大切な人を助ける力を……もっと、もっと……。
「もっと、輝けぇぇーーーーーーーーーーーーっ!」
「……?」
自分の叫びで、目覚めたのは初めてだった。
「しっかし……まぁ、なんつーこっぱずかしい夢だ」
御伽話じゃないんだから、夢の中までかっこつけなくてもいいのによ。
自分の想像力の恥ずかしさに、頭をかきながら、俺は周囲を見る。
最初に目に入ったのは時計。
時刻は十時を回っていた。外の暗さを考えると、おそらくは今は夜中だろう。
「寝すぎたかな、外も暗くなっちまってるし…………ん?」
すっかり暗くなった窓の外、学園の校舎とグラウンドが一望できるその窓の外、そこに、何かが見える。
遠くで、よくわからないが……なんとなく、そのシルエットは……。
「人……?」
連日の雨で、グラウンドはまるで小さな浅瀬のようだった。
傘を差してても、降りしきる雨粒は身体をかすめていく。
「やっぱり……」
その場にたどり着いた俺は、思わずそう呟いていた。
校舎脇のグラウンド、そこに植えこめられた木の下に、一人の少女がいた。
降り続ける雨に、植えこめられた木の傘は、さして役にもたっていなかった。
漆黒の制服に身を包んだ小柄な少女は、まるで人形細工のような無表情だった。
「おい、あんた、こんな所で何やってんだよ」
「?」
俺が声をかけると、その女の子は、困惑した表情で、俺のほうを向いた。
透き通ったような眼差しが、なんとなく印象に残る女の子だった。
「いや、その……」
何となく言葉が出なくて、そのまま口ごもった俺だが……。
「あ」
「『あ?』って……?」
その女の子が、驚いたように発した声とともに、妙に冷たい感触が、首にまとわりついた。
何となく身の危険を感じ、視線だけを動かすと……黒光りする棒のようなものが、首に押し付けられているのがわかった。
「動くな」
静かな声が、後ろから聞こえた。
「何者だ、なぜ、ここにいる」
まるで、何も感じていないような口調で、後ろの声は続けた。
「……何者って、あんたたちこそ何者だよ。俺は、気になってここに来ただけだぜ」
そう言うと、俺は左手に持っていたものを差し上げた。
よくよく見ると、首筋に当てられた刃も、雨に濡れて、水滴を滴らせていたからだ。
「バスタオル、使いなよ。あと、この傘も。雨宿りするにゃ、ちょっと雨が強いからな」
「…………」
俺の言葉に、後ろの人物は、沈黙したままだ。
どうも、何か戸惑っているようだった。
「ふふふ……兄様、そのお方は、私達のことを、心配してくださっているのですよ」
と、それまで沈黙していた女の子が、そのとき初めて、言葉を発した。
まるで、鈴を転がしたような声色が、雨音をすり抜けるように、耳に届いた。
「大丈夫、その人は、私たちに危害を加えるつもりはないですわ」
「……そうか」
その言葉とともに、首筋から刃が離れた。
そのおかげで、やっと動けるようになった。ふぅ、首を動かさなかったから、肩が凝ったぜ……。
「すまなかったな……少年」
後ろにいた人物が、少女と俺を挟むように間に立った。
すらりとして、背の高い、少女に似た男の人、多分、兄妹だろう。
「気にするなよ、ほら」
と、俺はバスタオルを差し出した。しかし、青年は困ったように首を振る。
「すまないが、君のその施しを受けるわけにはいかない」
「はぁ? 何でだよ?」
眉をしかめて言う俺に、青年は、再び、雨で濡れた頭を振った。
「我々に関われば、君に迷惑が……」
「いいから、受け取れよ」
なにやら言う青年に、俺は無理やり、バスタオルと傘を押し付けた。
「しかし……」
「そのままじゃ、妹さん、風邪ひいちまうぜ」
それだけ言うと、俺は雨の中を、寮に向かって駆け出した。
「うわ、ぬれたなぁ……」
グラウンドから寮につくまで、およそ一分も掛からなかったが、すでに下着の中までびしょびしょだった。
重くなった服を脱いで、下着だけになった俺は、さっきの兄妹が、どうなってるか気になって、窓をのぞいてみた。
「まだいるのか? あの二人……」
しかし、勢いを増した雨のせいで、グラウンドの景色は、よく見えなかった。
まぁ、傘とタオルがあるし、大丈夫だろう。俺は、そう考えると、ベッドに寝転がった。
再びやって来た睡魔に身をゆだねつつ、俺は、今度は夢のない眠りにゆっくりと堕ちていった……。
〜6月11日(金)〜
「ふぅ……」
その日の昼休み、俺は中庭にあるベンチに腰掛けて、ため息をついていた。
梅雨の時期には、珍しく晴れた空。だけど、俺の心はどしゃ降りの一歩手前だった。
「あ〜あ、まいったぜ……」
ため息をつく理由は一つ。数日前に行われた、進路相談だった。
当然、戦士希望だった俺だが、担任のベネット先生から、手厳しい言葉を浴びせられたのだ。
「正直、今の君のレベルじゃ、卒業すら難しいわ」
「はい……」
返答のしようがなく、頷く俺に、ベネット先生は苦笑交じりに続けた。
「とはいえ、卒業が不可能だった数ヶ月前に比べると、格段の進歩よ。この調子で頑張りなさい」
と、そういわれたが、実のところ、俺はその言葉に、ちょっとヘコんでいた。
この1、2ヶ月で、俺自身はそこそこ『出来る』ようになったと考えていたからだ。
まぁ、そんなことがあったわけだが、俺は今、中庭にいる。
理由は一つ、この時間になると、毎週行われる光景があったからだ。
「さて、委員長は、っと……」
ベンチに座りながら、中庭に面している、校舎と校舎を結ぶ、渡り廊下を見た。
毎週昼休みになると、渡り廊下にロイが姿を現し、その後を追うように、委員長が現れる。
二人はいつも決まっているように、一言二言と話し、ロイがその場を去っていく。
それは、委員長がロイを週末の冒険に誘うときのパターンだ。
どうも、何回も同じことを繰り返している間に、場所とパターンが決まってしまったらしい。
「本人たちにしてみりゃ、真面目なんだろうけど……端から見ると、馬鹿丸出しだよな」
……と、そうでもないか、委員長は、真面目に誘ってるんだし。
まったく、ロイも一度くらいOKしてやりゃいいのに。
「…………?」
そんなことを考えながら渡り廊下に目をやった俺だが、予想とは少し違った光景が目に入った。
そこには男女のペアがいて、なにやら話をしている。
女のほうは委員長だったが、男のほうは、見たことがない。というか、見た覚えがない。
見た感じ、どうも、男のほうが、一方的に話しかけているようだ。
雰囲気を見る限り、どうも委員長は嫌がってるようにしか見えない。
「ま、別にどうでもいいか」
そう呟くと、俺は渡り廊下に向かった。
「よぅ、いいんちょ」
「相羽君……!?」
俺が声をかけると、委員長は驚いた顔で振り向いた。
が、次の瞬間には、何となくホッとしたような表情になった。
まぁ、この場面は片思いの相手には見せられない場面だな。見てたのが俺でホッとしたんだろ。
「なんだい君は? 唐突に話に割り込んできて、無粋な」
と、男のほうが、気障ったらしいセリフで文句を言ってきた。
長い金髪、ソコソコに整った顔の優男だが、その目つきがどうも気に食わない。
人を見下したような視線……こいつに比べれば、ロイのほうが十倍ましだな。
「僕と陽子君は、崇高かつ高貴な存在なのだ。君ごときが声をかけていい存在では……」
「いいんちょ、ちょっと、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
「ああ、実は……」
「って、人の話を聞かないか!」
「うるさいな」
俺は木刀を、そいつの目の前に突きつけた。何でそんなのを持ってるかって?
まぁ、必要だからな……今から。
「な、なんだい、その木刀は、いけないな、自分にボキャブラリーが不足しているといっても、理不尽な暴力に訴えるのは……」
「いいんちょ、コイツ……殴っていいか?」
うろたえる金髪を指し示し、問う俺。
委員長は、その問いににっこりと笑って一言。
「ほどほどにね♪」
「ひぃっ……」
情けない声を出しながら、金髪は逃げていった。
ま、これで百年の恋も冷めただろ。
「ありがとう、助かったわ」
「いや、ちょうど俺も、いいんちょに用事があったからな」
俺はそう言うと、委員長に木刀を手渡した。
そうして、もう一本の木刀を構える。
「ちょっと、稽古をつけてくれ」
「また? この前やったばかりじゃないの」
俺の言葉に、委員長はあきれたように肩をすくめた。
確かに、ここ最近は、週一回のペースで委員長に稽古をつけてもらってるけどな。
「頼む」
正直、今の自分の実力を確かめたかった。俺の実力は、どんなものか……。
「……わかったわ。一本勝負ね」
「おぅ」
俺の表情を見て、何かを感じ取ったのか、委員長の表情も真剣なものに変わる。
そうして、お互いに剣を構える。
恥ずかしいことだが、俺は今まで委員長から一本もとったことがない。
今回こそは、絶対一本とる。
力なら負けていない。必要なのは、瞬発力と、そのときの判断だ。
俺は、慎重に間合いを取り……。
「って、あれは……?」
「ちょ、相羽君!?」
「へ?」
ごす。
やたら鈍い音とともに、頭部に衝撃を感じ、俺の意識はそこでブラックアウトした。
……額に冷たい感触、そうして、後頭部は、なんだか柔らかい感触を感じる。
「気がついた……?」
目を開けると、赤い光が飛び込んでくる。
夕焼けの色の空をバックに、長い髪の女の子が、俺の顔を覗き込んでいた。
「いいんちょ……?」
「あら、今度は間違えなかったみたいね?」
クスクスと愉快そうに微笑む委員長。何となくその表情は、いつもよりやさしげだった。
「……今、何時だ?」
「もう夕方。授業……終わっちゃったわよ」
そうか、あの時、頭部に一撃くらって……。
「……そうだ、あの女の子!」
そう言うと、俺は跳ね起きた。あわてて周囲を見渡す。と、
「大丈夫か、少年」
黒尽くめの格好、あの雨の日に出会った二人。それが今、目の前にいた。
気絶する前に見た光景は、どうも間違いじゃなかったらしい。
「大丈夫ですか?」
黒い制服の女の子が、淡々と聞いてくる。
「ああ、もう大丈夫」
「まったく、さっきまでうなされていたのに、よく言うわね」
俺の言葉に、委員長はあきれたようにそう返した。そういわれると、俺は苦笑するしかない。
「けど、一体どうしてここに?」
「ああ、これを」
俺の問いに、男の人が差し出したのは、あの日貸した、傘とタオルだった。
「……わざわざ、返しに来てくれたのか?」
「ああ、受けた恩義は返さなければならない」
「だったら、起きるまで待ってなくてもいいのに」
俺がそう呟くと、女の子がおかしそうに笑った。
「兄様は、あなたのことが気に入っておられるのですよ」
「はぁ……」
「それはそうと、一体どうしたのだ? 状況が、よく理解できないのだが」
「ああ、修行だよ」
男の人の問いに、俺はここ最近の状況をざっと話した。
自分の成績の悪さ、幼馴染を救えなかった、新学期のオリエンテーション。
修行を始めてもうまくいかず、委員長にのされる毎日。
「やっぱ俺って、才能ないんだよなぁ……」
「ふむ」
俺の話を聞いていた男の人だったが、俺が話し終えると、面白そうに頷く。
そうして、男の人は、足元に落ちている石を拾うと、俺に向かって聞いてきた。
「君は、この石を二つに割れるか?」
「まさか、無理だって」
苦笑しながらそう答える俺だったが、次に起こった光景に、目を疑った。
「え−−−−−−」
隣にいた委員長も、目を丸くしている。
その男の人は、懐から取り出した短刀で、その石を、いともたやすく二つに割ってしまったのだ。
「物質はそれぞれに気をまとっている。今のは物質を形成する気を断ったのだ」
そう言うと、男の人は、短刀を懐にしまう。
「君が望むなら、この技を伝授してもいい」
「え?」
「これは普通の修行ではない、いわゆる外法だが……それゆえに、今の君には必要なものだと思う」
男の人の言葉に、俺は沈黙した。
確かに、このまま普通に修行していたんじゃ、いつまでたっても一人前になれない。
必要なのは、今、必要なのは……。
「頼む……」
俺は、頭を下げる。今はただ、わらをも掴む思いだったのだ。
「弐堂 甲斐那だ」
「刹那と申します。以後、お見知りおきを……」
それは、天子の差し伸べた救いの手か、悪魔の差し伸べた破滅の手か……。
答えはまだ、遠い先の未来にあった。
〜6月13日(日)〜
そうして次の日曜日、俺は校門に向かう。
梅雨時の合間の晴れた日曜日。その空の下、そこには−−−−−−。
「……きたか」
「おはようございます」
「遅いわよ、相羽君」
「委員長、何でここに?」
校門の入り口で待つ、甲斐那さん、刹那さんの他に、委員長の姿もあった。
「あら、ご挨拶ね。私がいちゃ迷惑?」
「いや、そんなことはねぇけど……」
「私も、あの技に興味があったからね」
委員長はそう言うと、静かに笑う。
そんなわけで、甲斐那さん、刹那さんの修行に、委員長も加わることになったのだった。
これから先、どうなるのかわからない。
ただ、この時……俺は、力を欲していたのだ。誰からも後ろ指をさされない、力を……。
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