The Love song for the second week.. 

〜4月〜
春の風は気まぐれで..




〜4月23日〜(金)


春の陽気が、やっと日中も続くようになってきた。校庭の桜も満開で、花壇には花が咲き、蝶が飛び回っている。
校舎を歩く、生徒達の足音も歩く、足どりは天に舞うような小春日和……。
しかし、そんな日々の中で、俺の周りだけは、そんな空気とはかけ離れているのが実状であった……。

「ふぇ……ぇっくしょっ!」

埃を鼻から吸い込んでしまい、俺は大きくくしゃみをした。金曜日の昼下がり、屋上には誰もいない。
この時間は、担当の先生達の試験を受けて、それぞれの職業のスキルをもらったり、新たな技を教えてもらったりする時間だ。
しかし、俺はそんな試験を受けることも出来ず、しょうがないからこの屋上で、自主トレをやっている。
どうしてそんなことをしているのかというと、理由は簡単。単位が足りないのである。

一念発起して、この一年間を目一杯頑張ろうと思った俺だったが、世の中はそんなに甘くはなかった。
おおよそ2年間のハンデは、俺が考えていた以上に、深刻なものだった。

もともと、今までの2年間の学園生活は、単位を貯めることを目的として設計されたものだった。
冒険者実習の始まる3年は、実習がメインで、単位の取れる授業がほとんどない。というか、一つもない。
逆に、単位は筋トレや専門学習やらで減っていくシステムになっていた……。

一応、ギリギリ進学できるだけの単位はあったが、最初の授業で、その半分が無くなる体たらくだった……。
ほとんどの生徒は、3年の始めにいくつかのスキルが手に入れられるくらいだから、2年間サボり倒してきた分のツケは、果てしなく重い。

もちろん、単位を補充することは出来る。ダンジョンの実習でモンスターを倒すことで、単位が増えるシステムだ。
だけど、今までサボってきた俺が、まともにモンスターを倒せるはずがなかった。
他の男子なら、簡単に倒せるようなモンスターに出会っても、逃げるしかないのである。
そのせいで、ダンジョン実習は遅々として進まず、ミュウにも迷惑をかけている……。ハッキリ言って、今の俺は足手まとい以外の何者でもなかった。

「って、落ち込んでても、しょうがねーよな……あと、95回!」

手に持った、模擬剣を握りなおし、俺は素振りを再開した。
この一年、やれるだけやるって誓ったから……簡単に投げ出すわけにはいかなかった。


〜4月24日〜(土)


「ったく、まいったなぁ……」

昼休みが終わり、これから実習の時間。俺はそう呟きながら、中庭に出ていた。
3年が始まって、4回目の実習……いつも側にいてくれたミュウの姿はない。何でも、神術のバド先生に用事を頼まれて、どうしても断られなかったらしい。

『いや〜、とうとうカイトもフラれたんだね、あはは』

そんなふうに脳天気に笑う学友に、無言で延髄切りを喰らわした後、俺は教室を出て、なんとはなしに中庭に出ていた。
保健室に続く廊下を、倒れた男子生徒を引きずった、保険委員が歩いていくのが見える。そのずさんな扱いに、微妙に腹の虫が治まったので、よしとしよう。

「まぁ、シンゴのヤツのことは放っといて、これからどうするかだよな……」

もはや星になった学友のことなど、遠い記憶の彼方に封印しつつ、俺は今日のダンジョン実習のことで、頭を悩ませた。
正直な話、実習に他のヤツを誘う気にはなれなかった。理由は二つ。
その一、俺と組むのが嫌で、断ってくるタイプが大半。これはまだいい。なんだかんだ言って、俺が足手まといなのは百も承知だし、それなら仕方がないと思う。
その二、俺と組むという口実で、ミュウに近づきたがる野郎が何人かいる。そんな奴は、こっちから願い下げだった。

結局、その条件から除外されるのは、クラスで数名しかおらず、その内一人も俺が抹殺したので、該当する人物はほとんどいなかった。
それに、ダンジョン実習のペアは、事前のコミュニケーションで、ほとんど決定しているのだ。
かくいう俺も、ミュウと組む事は数日前に決めていたことだったし。そんなわけだから、残り数十分でペアの相手を捜すのは、不可能に近かった。

「しょうがない、ランサーでも借りてみるかな……ミュウに怒られそうだけど」

そう呟きながら、俺は購買の方に足を向けた。
ランサーとは、学校側が貸し出している機械の人形で、冒険者のサポートが役目のロボットである。
剣士フォーディン、神術士トリ・アトリなど、様々なタイプがあり、借りるとその日一日、冒険者のサポートに回ってくれる。
便利なことこの上ないが、問題は貸出料がべらぼうに高いということだ。貧乏学生である俺にとっては、ハッキリ言って痛い出費である。

「それとも、一人で降りてみるかな……ん?」
『……何度も言っているだろう』

ランサーを借りるか借りないか、頭を悩ませながら歩いていた俺だったが、聞こえてきた声に思わずそっちの方を向いていた。
中庭にある渡り廊下に、二つの人影がある。距離的にはそう遠くなく、俺は、相手の顔を確認することが出来た。

(あいつは……)

二人の生徒のうち、片方の顔に見覚えがあった。3年生の初めての実習の時、屈辱を味わった相手。
ロイド・グランツ……通称ロイ。二枚目で、実力もあって、女生徒にもてるヤツだが、俺にしてみれば面憎い相手でしかない。
なにやら、女生徒ともめていたようだが、さらに二言三言を話すと、こっちの方に歩いてきた。

「お前……」
「…………」

俺を見て、ロイは言葉を詰まらせた。別に、のぞき見してたわけではないが、何となくこちらも気まずく、声を掛けづらい。
ややあって、その沈黙を破ったのはロイの方だった。ふん……と小さく鼻を鳴らすと、校舎の向こうに歩み去ってしまう。
なんだか、ばつが悪く、俺はため息をもらして頬をかいた。

と、その時、さっきまでロイと話していた女生徒と、目があった。彼女にしてみれば、去っていくロイの背中を見ていたんだろうけど。

「あ〜……」
「ええと……確か、相羽君だったかしら?」

気まずい沈黙が流れる前に、彼女はそんなことを言った。その言葉に、俺は彼女の顔を見る。
太陽の光を思わせる、赤みを帯びたストレートヘア。切れ長の紫水晶色の瞳を持つ、キリッとした生徒だ。ん?何かどっかで見たような……。

「あ、うちのクラスの委員長」
「……って、今まで気付かなかったの?」

俺の言葉に、彼女は呆れたように苦笑し、俺のもとに歩み寄ってきた。じっと見つめられると、なんだか気圧されそうな感じも受ける。
いわゆるクールビューティというタイプだろう。一緒にいると、どこか癒されるミュウとは、正反対のタイプだな。

「ん……まぁ、それは良いとして、ロイのヤツと、何を話してたんだ?」
「ずいぶん直球で聞いてくるわね……雰囲気から、あまり話したくないって分かるものでしょう?」
「う……そうか、悪ぃ」

ジロリと睨まれ、俺は平謝りに謝った。謝っとかないと、後が恐いと直感で察知していたとも言う。動物的な第六感、万歳。
委員長は、しばし俺を睨んでいたが、ややあってふっ、と視線を緩めて苦笑した。

「みっともない所、見せちゃったかしら……?」
「いや、んなことは無い、と思う」

困ったように言う委員長に、俺はぶんぶん頭をふって返した。そんな俺を見て、委員長は額に手をやって、眉根を寄せた。どうも、気分を害したらしい。

「そんなにオドオドしないでよ。私、そんなにきつく当たってるつもりはないんだけど」
「いや、そんなこと無いぞ。これが、俺の通常時のコミニュケーションだ……うん」
「そうかしら……?」

冷や汗を背中にかきながら、俺は委員長から視線をそらした。ああ、神様……何か、猫に睨まれるネズミの心境が理解できそうです。
きっと俺は、前世ではネズミだったのでしょう。どうか来世では、犬に昇格しますように。

そんな俺をしばし見ていた委員長だが、まあいいわ……と呟いて、一つため息をつく。
穏やかな春の風が吹いて、委員長の髪を揺らす。赤髪をなびかせながら、委員長は淡々と言った。

「ロイド君に、一緒にダンジョン実習を受けてもらうように頼んだのよ……結果は、見ての通りだけどね」
「ああ……そんなことか」
「……そんなこと?」

再び、ギロリと睨まれた。再びせすじに寒気が……ああ、その気迫。あなたはハブですか?僕はか弱いマングースです、どうか食べないで……。
もう、限界ギリギリ……正直、このままでは喰われると思った俺は、とっさに口を開いていた。

「で、これからどうするんだ? 委員長」
「そうね……どうしようかしら?」

ふっ、と重圧から解放される。あ、危なかった……あのまま続けてたら、色々と別な世界が見えそうだったぞ、マジで。
内心で、安堵のため息をつく俺。そんな俺の内心の葛藤に気付かず、委員長はしばらく考えた後、目を細めて言った。

「しょうがないか……。いつも通り、一人で行くことにするわ」
「いつも通り……って、いつも一人で潜ってんのか?」
「まぁ、ね……本命が成功しないんだし、しょうがないわよ」

委員長の本命ってのは、ロイのことだろう。しかし、あいつも罪作りだな……ダンジョンくらい、一緒に言ってやればいいのに。
あ、まてよ……ってことは……。

「じゃあ、委員長は今日はフリーなのか?」
「今日は……というか、いつもだけど、それが?」
「ならさ、今日は俺と組んでやらないか?」

俺がそう言うと、委員長は目を見開いて俺を見た。どうやら、ちょっと驚いているようである。

「相羽君と……? ううん、やっぱり、遠慮しておくわ」
「へ? 何でだよ?」

俺は、首をかしげた。だって、さっきフリーだっていったじゃないか。と、委員長はなにやら不満そうな顔をした。
俺……何か怒られるようなことしたか?

「だって、それじゃミュウに悪いもの」
「ミュウに? なんで?」

迂闊に聞き返したのが悪かったのか、委員長はイライラした表情で俺の顔を見た。
うぉ、凄い殺気が……、思わず俺は、数歩後退する。そんな俺を見て、委員長の柳眉が逆立った。で、直後に飛び出した言葉は、予想外のものだった。

「あのねぇ……! あなたミュウの彼氏でしょ!? 彼女に対する思いやりが欠けてるわよ!」
「え、あ、その……」

とっさに、違うと言いかけた声を、俺は何とか喉元で押しとどめた。正直、この状態じゃ何を言っても誤解されそうだった。代わりに、口をついて出てきたのは、一言。

「……すいません」
「とにかく、彼女持ちの子と一緒に潜るなんて、私は遠慮するわ。探すなら、別の相手にしてちょうだい」

謝る俺に、軽蔑の視線を向けると、委員長は中庭を去っていった。あとには、石の像さながらに立つ、俺が一人。

「お、俺が何をした……?」

呟く俺の、その言葉に重なるように、実習開始のチャイムが無慈悲に鳴った……。


〜実習・4F〜


結局、俺は一人でダンジョンに潜ることにした。
ランサーを借りるのはやっぱもったいないし、何となく毒気を抜かれてしまったからだ。

「おりゃっ!」

練習用の剣を振るって、俺はスライムを数匹倒す。これくらいの敵なら、何とか一人でも倒すことが出来た。
とはいっても、他の敵となるとちょっと数が多いだけで逃げなきゃならない。今回は、ミュウと一緒じゃないから、回復も限られてるし。

「ああ……ランサー連れて来るんだったなぁ……」

ため息をつきながら、俺は通路を闇雲に進んでいた。
幸いというか何というか、手強い敵とは当たることもなく、下に降りる階段を見つけたのは、しばらくたってのことだった。

「階段か……今のうちに、階数を稼いだ方が得だよな……」

ミュウは、落ち着いて一階一階クリアしていこうと言ってくれてるが、こんなペースじゃあいつも落第させかねない。
さすがに、そんな迷惑を掛けるわけにもいかないよな……幼なじみって言っても。

よし、降りるか……。俺は一つ気合いを入れると、階段を下りて、下の階層に向かった。


〜実習・5F〜


5階に降りて、すぐのことだった。

『−−−−−−!』

「いまのは!?」

すぐ側で、悲鳴が聞こえた。俺は、手近にあった通路に飛び込む。
そこには、数匹のモンスターに袋小路に追い込まれた、女生徒の姿があった。見たことのない顔だったが、だからって放ってはおけない。
あちこち傷ついてるし、そんな女の子の姿が、最初のオリエンテーリングのミュウの姿と、ダブったからだ。

「くそっ……!」

勝てるわけないのに、俺は舌打ちをしながら、飛び出していた。

「おい、お前ら!」
「え……?」
「お前らの相手は俺だ! こい!」

剣を構えた俺を見て、モンスターは俺の方に向き直った。
ドングリの妖精が1体、こぶしファイターが2体……ハッキリ言って、まともに勝てた試しがない相手だった。

「早く逃げろ……!」
「は、はいっ……」

俺は、地面にへたりこんだ女の子にそう声を掛けた。緑色のおさげ髪、眼鏡をかけた、エルフの少女は、俺の言葉に頷くと、傍らを抜けていった。
だが、走っていく方向を横目に見てた俺は、思わず振り向いてしまった。

「ちょっと待て、そっちは階段と逆……!」

……直後、背中に一撃をくらい、俺は吹っ飛んだ。油断なんてものじゃない。敵に背中を向けるバカが、どこにいるってんだ、俺は自分に舌打ちする。
何とか立ち上がるが、まともに喰らったダメージは大きい。足もとがふらついて、まともに剣が握れない。それでも、敵の方に向き直った。

「う……かはっ!」

直後、今度はこぶしファイターの拳が、土手っ腹に命中した。強烈なボディブロー……吐き気と鈍痛を訴えた身体は、地面に倒れそうになる。
それでも、痛む身体をムリに動かして、俺はこぶしファイターに斬りかかった。

「くそぉっ!」

しかし、俺の剣はガギッという音と共に、こぶしファイターの身体にはじき返された。
傷一つ付けることも出来ず、俺は地面に倒れ込む。痛みに揺らぐ視界に、モンスター達が笑っているように見えた……。

「ち……くしょう」

そのまま、こぶしファイターがトドメの一撃を振りかぶるのを、俺はどうしようもなく見ていた。
何だよ、これじゃあ、何もあの時と変わらないじゃないか−−−。

『まったく、見てられないわ……』

あの時と一緒だ……。俺の見てる前で、ドングリの妖精が、炎につつまれている……。
飛び込んできた人影が、こぶしファイター2体を、一振りで叩き斬った……。

結局、俺は……何もできずにそれを見てるだけなんだ……。

『ちょっと、生きてる……? まぁ、死ぬって事はないでしょうけど、大丈夫……相……君…………?』

ちくしょう、かっこ悪いな、俺……。ああ、意識が遠のく……。

『…………! ……………………!』

良く、聞こえない……視界がぼやけて、誰が、俺の身体を揺さぶってるのか分からない。だけど、その感じは、不思議と幼なじみのミュウに似ていたように思えた……。

「そんなに泣くなよ、ミュウ……」

だから、そう呟いていた。そしてそのまま、俺の意識は闇の中に落ちていった……。
完全に意識がなくなる直前の中で、彼女の驚いたような、困惑したような顔が、不思議と印象に残った……。


〜保健室〜


「う……ぁ……?」

光がまぶたごしに感じられ、俺はうめきながら、目を開けた。視線を巡らすと、見知った医薬品の棚。どうやらここは、保健室みたいだった。
外から日の光が射し込んできて、俺の顔を照らしてる。その日の光を背景に、俺の寝ているベッドの脇に、誰かが腰掛けているのが分かった。

「気がついた……?」

穏やかな声……逆光で、シルエットしか見えない、長髪の影は、優しく声をかけてくる。
優しげな感じ……。俺は、痛む身体に鞭打ちながら、身を起こそうとした。

「ミュウ……?」
「…………」

影の方を向きながら言ったが、返答はない。ややあって、影は一つ息を吐き、肩を落とした。

「残念だけど、違うわ……まったく、どうしてミュウと間違えるのよ」
「い、委員長……!?」

聞こえてきた声は、明らかにミュウと違う、それでいて、聞き覚えのある声だった。
よく目を凝らすと、確かにその影は、委員長その人だった。

「ご名答、よ」

委員長はそう言うと、ぽすんと対面のベッドに腰掛けた。すでに時間は夕方……って事は、あれからずいぶん時間が経っているな。

「ひょっとして、委員長が助けてくれたのか……?」
「まあね……もっとも、最初はそんなつもりはなかったんだけど……あんまり情けないから」
「へ……?」

おもわず、あんぐりと口を開けた俺を見て、委員長は冷たい口調で言う。

「そもそも、あんな敵相手にまるで歯が立たないなんて、鍛えていない証拠よ」
「う……」
「自分のレベルに合わないくせに、馬鹿みたいに人助けをするなんて、実際の冒険なら死んでるわよ」

まったく……と、委員長は肩をすくめた。
反論することも出来ず、俺は苦笑して、頭をかいた。

「はぁ……格好悪いな……俺」
「ええ、そうね。要するに馬鹿なのよ、相羽君は」
「はは……きついな、委員長」

と、委員長は急にベッドから腰を上げると、俺の腕を掴んだ……?
間近に寄せられた顔は、柳眉が逆立っていて、怒っているのが一目で分かったが、それ以上に綺麗な印象が強く、少し顔が熱くなった。

「な、何だよ……?」
「ちょっと、つきあいなさい。そのために、わざわざ起きるまで待っていたんだから」


〜グラウンド〜


委員長に手を引かれ連れられてきたのは、夕日に照らされた、グラウンドだった。
すでに予鈴までは30分を切っており、すでに気の早い生徒は、ダンジョンから上がって帰り支度をしている時刻だ。

「お、おい、どこに行くんだよ?」
「いいから、黙ってついてきなさい!」

何人かのからかうような視線を受けながら、委員長は、俺をグラウンドの中央に引っ張ってきた。
そして、やっと手を離すと、委員長は俺の方に向き直り、淡々と言った。

「相羽君、剣を抜きなさい」
「ちょ、ちょっと……何だよ、いきなり」

うろたえる俺に、委員長は眉に手をやりながら、冷たく切り返す。

「相羽君、あなたって、戦士レベルいくつ?」
「う……それは、1……だけど」
「はぁ……」

俺の返答に、委員長はあからさまなため息をついた。まぁ、確かに戦士を目指す人間にしては、低い方だ……というか、低すぎるか?

「相羽君……あなた、本当に卒業する気あるの?」
「っ、あるに決まってるだろ!」

思わず怒鳴り返した俺に、しかし、委員長はまったく動じなかった。
腰にさげた剣を抜くと、その切っ先を俺に向ける。それは、夕日を反射し、鈍く光った。

「だったら、その覚悟を見せてみなさい」
「見せてみなさい、って……そういうことかよ」
「ええ、手加減なんていらないわよ。あなたよりも、私の方がレベルが上なんだから」

正直、そこまで言われちゃ引きさがれねぇ……俺も覚悟を決めて、剣を抜いた。

「よーし、分かった、やってや……」
「遅いっ!」

ガギッ!!


鋼の雷のような一撃が、俺の剣をすくい上げる。次の瞬間には、俺の両手から剣が消え去っていた。

「鍛え方が根本的に間違ってるわ。いくら筋力を鍛えても、速さも判断力も水準以下」

冷たい委員長の言葉……呆然とする俺の背後に、カランと剣が落ちた。
そんな俺を冷淡に見やり、委員長は冷たい視線を突き立ててくる。

「剣を拾いなさい。放課後までの残り時間、目一杯つきあってもらうわよ」




キーンコーン……

遠くで、チャイムの音が聞こえてくる。俺は、地面に倒れたまま、その音を聞いていた。
委員長との勝負は、一方的なものだった。俺の剣は、ことごとく避けられ、防具越しに、委員長の剣がたたき込まれた。
手加減も何もあったものじゃないな……俺は夜の色が拡がりだした空を見上げながら、苦笑を漏らした。

身体がボロボロになった反面、心の方は、ひどく落ち着いていた。
いや、痛めつけられるたび、今まで分からなかった事が、分かったような気がした。って、別にマゾっけがあるわけじゃないぞ。

「分かった? いくら威力が高くても、命中しなきゃ意味がないのよ。筋力は、あなたの方が上なんだから、そのあたりを鍛えなさい」
「ああ、サンキュな……委員長」

倒れた俺を見下ろしている委員長に、俺はそう言った。俺の言葉に、委員長は眉をひそめる。

「別に、お礼を言われるようなことはしてないわ。気に入らない相手がいたから、叩きのめしただけよ」
「んにゃ、それでも礼をいっとく」
「……勝手にしなさい。私は帰るから」

そう言うと、視界から委員長の姿が消える。遠ざかっていく足音と共に、委員長の呟きが耳に入った。

『まったく、こんな役回りなんて、する気はなかったんだけどなぁ……』

その言葉が、何となくおかしくて、俺は笑った。
涼しく、柔らかな春の夜風が、俺の頬をゆっくりと撫でていった……。

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