大番長・西欧編 

結界の巫女・セラ



ロンドの中核に存在する、統一教会の一室。
一人の女が住まうその部屋に、金色の腕輪を持つ少女が訪れたのは、昼過ぎのことだった。

「セラ姉さん、入るわよ」
「いらっしゃい、ディーナ」

部屋の主は、スラリとした体躯の女の人。茶色の長い髪は、黒髪の母を持つ名残。
年齢は二十代前半の、落ち着いた女性であった。名はセラ=エンリーコート。

「また、何かいやなことでもあったの?」
「うん……何かあると会議会議……嫌になっちゃうわよ」

年相応に、不満の声を漏らす少女に、セラは微笑を浮かべる。
聖女と呼ばれるディーナが、本音を漏らせる相手はそう多くなかった。

「それで、不満を言いに来たの?」
「ううん、セラ姉さんに、占って欲しいことがあって……この前、話した」
「この前の……新しく知り合った少年のことね」
「うん、いろいろと、向こうも大変そうだから……」

そういって、ディーナは会議でのこと、ともかくその少年の様子を見ることなどをセラに話した。
セラは、ディーナの話をじっと聞き、そうして、懐からカードの束を取り出した。

「分かった、占ってみるわ。よく、聞いておきなさい」

そう言うと、セラは神経衰弱のように部屋の机にカードを無規則に並べていく。
全てのカードを置き、そうして、無造作に一枚一枚めくり、結果を口にした。

「そうね、今は良くも悪くもないわ。結局、その少年の行動しだいね……珍しいわ」
「何が?」

カードをめくり続けるセラに、怪訝そうな表情でディーナが質問する。

「本来、こういった占いは善と悪、どちらかに僅かながら偏るの。なのに、今は文字通り、どちらでもないの」
「?」
「よほど、運命回帰線が薄いのか……それとも、もしかして運命そのものを……コホッ」

言葉を途中で詰まらせ、セラは二度三度、苦しげに咳き込む。

「大丈夫、セラ姉さん!?」
「うん、大丈夫よ……」

そう言いながら、せきはやはり止まらない。

彼女は、この部屋から出れない。彼女は、この病気から逃れられない。
ヨーロッパに発生した魔界孔。そこから生み出た魔物を、この首都に閉じ込めるため、彼女はこの部屋の全体を利用し、結界を張ったのだ。

それは、大掛かりな結界方陣。並みの人間なら、数日と持たないその結界を、彼女は数年間、維持していた。
だが、そのせいで彼女の身体はボロボロだった。決して、長く生きられないほどに。

彼女はあと、どのくらい生きれるか……数日後か、数ヵ月後か、数年後か、あるいは……それは、誰にも分からなかった。


その時、コンコン、とノックの音。
ディーナが振り向いた先、ドアを開けて入ってきたのは一人の青年だった。

「ジキル……」

氷のような表情と、その手腕で、いまや聖騎士団のトップ3に入る青年。名前は、ジキル=ゲルニック。
聖騎士の一人ジキルは、部屋に入るなり、セラに歩み寄ると、その身体を軽々と抱きかかえた。

「昨日、無理しただろう。出かける時、変だと思っていた」
「あ、あの……」

うろたえるセラに返答せず、ジキルはセラの身体をベッドに横たえた。
布団をかぶせ、ジキルはディーナに向き直る。彼は、あくまでも礼節を守りながら、ディーナに頭を下げた。

「ディーナ様、申し訳ありませんが、今日はこのあたりで勘弁していただけますか」
「いえ、こちらこそ……セラ姉さんのこと、お願いします」

どこか、ホッとしたように微笑み、ディーナは部屋を出ていった。
ディーナがさったのを確認し、ジキルはベッドに横たわるセラに向き直る。

「まったく……自分の身体くらい、自分で管理をしろ」
「ごめんなさい」

ジキルはセラと同い年のはずであるが、セラはどうも、ジキルの前では年下扱いされてしまう傾向があるようだった。

「ともかく、無理はするな。俺より先に死ぬことは許さないといっているだろう」
「はい……」

聞きようによっては、ひどく無礼なその言葉に、セラは嬉しそうに頷く。
それは、ジキルとセラだけの秘密。ひどく危うく、そして強い、秘密の絆だった。

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