大番長・西欧編
貴族連合(1)
貴族という人種がいる。
それは、ここ数十年で、他の人間を支配するようになった人種。
別段、彼ら自身はさしたる力を持ってはいない。
しかし、先祖の威光とその築き上げた権力によって、彼らはいまだ、他を支配していた。
そんな、貴族が支配している地域を貴族連合と言い、その首都をトルキノスと定めていた。
トルキノス・ベルサイム宮殿
首都の中心部、小高い丘の上にそれは存在した。
金を惜しげもなく使ったその建物は、最高級の建築技術によって建てられている。
内部も荘厳なつくりのそれは、まさに王宮と呼ぶにふさわしかった。
しかし、そこに住まうものが建物にふさわしい人となりをしているのかは、甚だ疑問だったが。
「で、いったいどういうことなんだ、うん?」
宮殿の中心部、謁見の間に立ち並ぶのは、貴族の中でもとりわけ身分の高いものたちだった。
しかし、その表情は一向に晴れなかった。理由は、ついさっき届けられた情報のせいである。
玉座に深々と腰を沈めた盟主・ブラムスは従者に促す。
「で、ですので、ヴェネティア領の一件は領主・ヴラドの急病ということに」
「だから、何でそうなるんだ!」
ブラムスが、不機嫌そうに怒鳴り、周囲の人間は、その声に怯えたような表情を見せる。
「わざわざ、あのくそガキに手術を施したのは何のためだと思ってるんだ?」
忌々しげに唾を飛ばし、ブラムスは毒づく。
「もしあれが、教会に感づかれたら、こっちは終わりなんだぞ。どうする気なんだ、ああ?」
「ブラムス様、落ち着きなされ」
みっともなく喚く中年の醜男を諌めたのは、眼鏡を掛けた老紳士だった。
立ち振る舞いといい、仕草といい、明らかにこの老人のほうが格が上であった。
しかし、老人はわざわざ盟主である、ブラムスに敬意を表して接する。
「なんでも、代わりに領主代行に就いたのは、年端も行かぬ子供ということではありませんか」
「……大丈夫というのか、オルニオス」
ぞんざいな口調で疑いの視線を向けるブラムス。
しかし、対する老紳士は、淡々と、静かな自信を持って、ブラムスの疑問を一蹴した。
「人生の、酸いも甘いも噛み分けられぬような子供ですぞ、いざとなれば籠絡すれば良いだけの事でしょう」
「そうか、お前が言うなら大丈夫だな」
ブラムスは、脂ぎった顎に手を当てて、にやりとする。
本人は、様になっていると思っているようだが、太った中年の醜男では、何をやっても似合わなかった。
「御意」
対する老紳士は、無表情に一礼する。
その礼は、古きしきたりに則って行われた、非常に流麗なものだった。
無能な盟主と、切れ者の腹心。
貴族連合を支えているのは、ひどくアンバランスな、そんな人間達であった……。
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