大番長・西欧編
JFサイト(1)
「いけっ、イシュタルっ!」
水上に浮かぶ船の上にしつらえたフィールド。
そのフィールド上を、二つのジャイロが駆け巡っている。
砕斗のジャイロダインに対するのは、金髪の女性のジャイロ、ジャイロアリア。
「あらあら」
おっとりとした口調の女性は、その様子に似合わぬ、俊敏なジャイロ捌きを見せている。
グラグラと傾く船上のフィールドで、そのジャイロは、猫のように跳ね回る。
砕斗の放った一撃は、命中することなく、空を切る。
「アリシアさん、がんばれーっ」
観客席からは、彼女に対する少女の声援がよく聞こえる。
アリシアと呼ばれたその女性は、年齢は砕斗と同じか少し上。
「ちぇっ、なんかやりづらいな」
彼女は、人気があるらしく、砕斗にしてみれば、アウェーで試合をしているようなものである。
だが、そんな事を考える暇もないほど、彼女の腕もまた、凄まじかった。
「うふふ、次はこれにしようかしら」
彼女の選ぶカードは適切に、有効な一撃を砕斗に放ってくる。
「いきますよ、ウンディーネ」
「くそっ、イフリート!」
かろうじて、水属性の一撃を、炎属性で相殺するも、押されているのは砕斗だった。
縦横無尽のジャイロの激突は、激しい火花を散らす。
「すごいですね、さすがジャイロファイトの世界チャンピオン」
「よく言うよ、まったく……」
双方共に、決め手に欠き、手詰まりの状況だった。
おそらくは次の一撃が、互いの決着をつけるための一撃になるだろう。
「それでは、いきますね……セイレーン」
「う、うわっ」
凄まじい衝撃波を纏ったジャイロは、ファール度全体を揺らし、砕斗はよろめいた。
「ちくしょうっ、グラグラグラグラ、戦いづらいんだよ、こうなったら!」
砕斗も一枚のカードを取り出し、ジャイロギアにセットする。
「いくぜっ、リンクス!」
砕斗の言葉に応じるように山猫(リンクス)のエレメントがジャイロダインに乗り移る。
砕斗のジャイロは、まるで身をかがめるように、一瞬縮み、宙に舞った!
「えっ!?」
「空にとびゃ、地面なんて関係ない!」
どよめく観客。しかし、アリシアは、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに落ち着きを取り戻す。
「セイレーン・ボイス」
ジャイロアリアから、衝撃波が放たれ、宙にいるジャイロダインを直撃する。
しかし、衝撃波を二度、三度受けても、ジャイロダインは弾き飛ばされず、まっすぐジャイロアリアに突っ込んでいく!
「だてに山猫ってわけじゃないぜ!」
「くっ」
そのまま、二つのジャイロは激突した……。
「ちくしょう、引き分けとはなぁ……まだまだ世界は広いや」
結局、ジャイロは双方共に、行動不能。
勝負は引き分けということになった。
「楽しかったです、ありがとう」
「……ああ、こっちこそ」
差し出された少女の手を、砕斗はぎこちなく握る。
「また今度、遊びに来てくださいね」
アリシアは、穏やかに微笑んで、向こうに歩いていってしまった。
観客の中から、彼女の後輩であろう少女が二人、アリシアの下に駆け寄っていくのが見えた。
砕斗はそんな光景を見つつ、思う。
「カミラさんに引っ付いてきたけど、やっぱ俺は、ジャイロファイターだ」
その時、彼の懐の携帯電話が鳴った。
携帯電話を取り出し、耳に当てる砕斗。
「はい、ああ……くるりか。うん、ああ、わかってる」
携帯電話の相手は、砕斗の幼馴染。彼はぶっきらぼうに、だけど親しそうに、その少女と話す。
「引き分けだったよ。いや、悔しくないさ。まだまだ世界は広いんだよ」
弾んだ口調で、砕斗はそんな事をいう。と、砕斗の眉が上がった。
「いや、まだ帰らねぇよ。まだまだ、こっちにも強敵がわんさかいるみたいだしな」
なにやら揉めている砕斗の様子を、周囲の人は怪訝そうに見ていた。
「ああ、分かってるって。そんな心配するなよ。じゃ」
話を半ば強引に切り、携帯電話を切った砕斗は、ため息をついた。
「少しは俺を信用しろよな……くるりのやつ」
空を見上げ、降り注ぐ日差しに目を細める砕斗。
彼は彼で、この西欧での目的を見出したようであった。
「さて、続きをしようぜ! 次の相手はどいつだ?」
砕斗の声に応じるように、一人の少年が人垣から出てくる。
ジャイロの調節をしながら、サイトの表情は晴れていた。
それは、数年前、初めてジャイロを手に取った時の表情。
世界チャンプであるジャイロファイターの少年は、新たな一歩をこうして歩き出した。
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