大番長・西欧編 

EPSODE::01



「貴族連合からの招待?」

執務室で執務をこなしているハルのもとに、メイドのエミリアが報告を持ってきたのは、その日の午後だった。

「はい、貴族連合の盟主、ブラムス=ベンより、ハル様宛てということで言付かりました」
「はぁ」

曖昧な表情で、親書を手に取るハル。無意味に豪勢なその紙には、確かに貴族連合盟主からの招待状としためてあった。

「貴族連合……調査してみても、あまりよい風聞は聞きませんね」
「はい、貴族連合の支配している地域では、一部の特権階級のみ、裕福な暮らしをしており、平民は重税と過酷な労役に苦しんでおります」
「とはいえ、むげに断るわけにもいけませんね……」

小さなため息と共に、ハルは親書を机の上に放り出した。

「なお、親善宴もある為、ドレスアップして出席を、とのことです」
「…………では、誰を連れて行くかも決めないと。ミスティは心底、貴族を嫌っているから、出席を渋るでしょうし」
「狼牙様、久那妓様ではいかがでしょうか?」
「いえ、あの二人はもしも何かあったとき、ヴェネティアに居てもらわないと」

しばらく考えていたハルだったが、しばし考えたあと、何かを言いたそうにエミリアを見る。

「いえ、私はあくまでメイド。そのようなパーティに出席する権利はありません」
「そうですか……でも、とりあえず着飾るだけでも」
「勘弁してください」

困ったように微笑んで言うエミリアに、ハルはそれ以上言うこともできず、また思案を再開した。
そうしてしばらく考えた後、そうだ、とポンと手を打った。


〜トルキノス・領主の館〜

流麗な音楽、豪勢な食事……着飾った老若男女が集い、談笑に花を咲かしている。
そこは、虚飾と荘厳な雰囲気が支配する世界。貴族のパーティの風景がそこにあった。

「あら」
「まぁ……」

その喧騒が、ほんの僅か静まる。
登場した本日の主賓に、会場内からは値踏みするような視線が集まる。

「あれが新しいヴェネティアの領主様よ」
「可愛らしい領主様ですこと」

数名の供を連れて現れたのは、神法士姿の少年。まだ幼さの残るそのいでたちに、会場内からは忍び笑いがもれる。
少年の後ろについているのは、眼帯をつけた貴族服の少年。杖を突いているが、その立ち振る舞いは洗練されている。

「おお……」
「なんという美しさだ……」

その後ろに続いている二人、その片方に、男性と、一部の女性からは感嘆のため息が漏れた。
金色の髪、整った顔立ち、スラリとした肢体は、フリルを数多くしつらえたドレスを、よりいっそう扇情的に見せている。

ちなみにもう片方の少年は、周囲の視線にモロに不機嫌そうな表情を見せていた。

「すいません、政宗さん、カミラさん、砕斗さん。さすがに一人で来るわけにも行かなかったものですから」
「別に、暇だったからな」

片目に眼帯をした少年がそう言うと、他の二人も、それぞれ照れたような表情と、不満そうな表情を見せた。

「ドレスなんて着るの久しぶりだけど、やっぱり気恥ずかしいわね」
「いや、そんなことねーよ、カミラさん! すっごい似合ってる……けど」

不満げに周囲に目をやる砕斗の意図は明白だったが、ハルは苦笑するだけにとどめた。
そもそも、政宗とカミラを伴ってトルキノスに赴こうとするハルを、強引に押しとどめて自分も参加すると言い張ったのだ。

カミラに対する砕斗の思いも明白なだけに、さすがに断ることもできなかったのだ。


「やぁやぁ、よくぞお越しくださいましたな、神法士殿」

その時、人ごみを分けて現れたのは、無数の金細工を施した貴族服に身を包んだ、中年の男。
男は、ハルを、そうして後ろについている三人をざっと一瞥する。その視線が数秒、カミラを向き好色な色を見せた後、視線はハルに戻った。

「少々、小規模なパーティですが、心ゆくまで楽しんでいってください」

両手を広げ、いかにも寛大そうな口調で言うと、男はまた、人ごみの中に戻っていった。
それでお披露目が終わったのか、周囲は再び喧騒が戻ってくる。


宴が始まって、小一時間ほど……ハル達も物珍しさを手伝ってか、様々な人に声を掛けられた。
ただし、その大半が女性であった。

その理由が、ハル、政宗、砕斗(あと、一部はカミラ)を目当ての女性が次々と声をかけ、男性陣が入り込む隙間がなかったからである。

「ハル様は、まだ独身でいらっしゃるんでしょ? どうです、私の娘も年頃ですし、お相手としては」
「いえ、僕は……」

特に、年配の女性はハルを自分の娘とくっつけようと、少々しつこいぐらいに食い下がるものも多かった。
まぁ、ヴェネティア一帯の領地つき、加えて神法士の職を持ち、若くて独身の少年である。

もっとも、ハルとしては甚だ迷惑であるため、控えめだが断固として断っていたが。
そんなこんなで、宴もたけなわのころ……。

「ハル様、少々よろしいですかな?」

一人の老紳士が声をかけてきた。
その顔に、ハルは見覚えがあった。先ほど、挨拶をした中年の男のそばに控えていた紳士である。

「盟主でありますブラムス様より、内密での話があるそうです」
「内密で、ですか?」

ハルは、そばに居た政宗と目配せをし、分かりました、と頷いた。

「それでは、僕は席を外します。カミラさんはここに居てください。砕斗さん、カミラさんをよろしく」
「あ、ああ、分かった」

砕斗が頷くのを確認し、ハルは老紳士の後について会場を出て行く。
無言であとに、政宗がつき従うが、老紳士は特に何も言わなかった。


通常の部屋の3倍ほどの広さのそこが、貴族の盟主、ブラムスの私室だった。
執事であるオルニオスに通されたそこは、煌びやかではあるが、どこか淀んだ空気を感じさせた。

「よく来たな」

寛大そうな口調で盟主ブラムスは、ハルに席を勧めた。
部屋の中にある長椅子に腰をすえるハル。政宗は、その隣に立って周囲に視線を移した。

部屋には四人。ハルと政宗、ブラムスとオルニオス。
どうやら、部屋の外に兵を配置しているわけではないようだ。

「さて、さっそくだが……」

そうして、貴族連合の盟主は口を開く。
その口から出てきた言葉は……。



……そのころ、パーティ会場では一騒動が起きていた。

「な、なぐったな、パパにだって殴られたこともないのに」
「ふざけんな、カミラさんに汚い手で触りやがって!」

事の発端は、ハル達が出ていってしばらくたった頃、一人の青年が意を決してカミラに話しかけて来たのだ。
まぁ、それだけでは砕斗も怒ったりしないだろう。

問題は、話しているうちに青年の態度が豹変したからだ。
カミラ・ハウラという名は、貴族的な響きではないとか、僕の妾にならないかとか言い出したのだ。

そうして、カミラを抱き寄せようとした青年に、とうとう怒った砕斗が手を出したのだ。

「ぼ、僕はレーニング家の御曹司だぞ、くそっ、お前達、こいつを叩きのめせ!」

言われて、青年の後ろに控えていた黒服の男達が動く。

「控えろ、宴の席で何をしておる!」

しかし、黒服の男達は、掛けられた声に動きを止めた。
声をかけたのは、老執事のオルニオスだった。傍らにはハルと政宗の姿もある。

静まった会場で、オルニオスは近くに居た黒服の男を手招きで呼び、二言、三言会話を交わす。
そうして、その執事は砕斗に殴られた青年、頬を押さえたその青年に歩み寄った。

「小僧、先ほどなんといったか」
「な、なにをって、僕はレーニング家の御曹司……」

言えたのはそこまでである。老執事の拳が、再び青年の頬を打ち据えたのだ。
青年は、もんどりうって倒れこむ。

「この馬鹿者がっ! 貴族であれば、家督の名を汚すようなまねをするでない! 個人の恥は、家督の恥ぞ!」

雷鳴のような一括に、殴られた青年は、呆然とし、次いで真っ青になり、会場から逃げさった。
執事は一つ息をつくと、片手を上げる。そうして、何事もなかったかのように会場は音楽が流れ、談笑の満ちた場に戻った。

「砕斗さん、カミラさん、大丈夫ですか」
「あ、ああ。悪い、ハル……」

さすがに気まずそうに言う砕斗。彼に、ハルは静かに首を振る。

「いいんですよ。それより、会場を出ましょう。やるべきこともできましたし」
「やるべきこと、ですか?」

カミラの質問に、ハルは頷き、歩き出す。
その後を追う、砕斗とカミラ。政宗は、一瞬、傍らの老執事に視線を投げかけた後、ハル達の後を追った。

喧騒の続く宴の場、その中で老執事は、静かにその冷たい眼差しを、去り行くハル達に注いでいた。


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