大番長・西欧編
EPSODE::08
狼牙がふところから取り出したのは、白く光り輝く宝石だった。
その数は、3つ。それぞれ、カッティングされている形こそ違うものの、白い輝きは変わらない。
「魔界孔を塞ぐには、生半可じゃねぇ力が必要だ。日本のときは、学生ボタンっていう力を込めた物があった」
「そして、ヨーロッパにあった代わりの物というのがこれだ。宝石で、持っているものの力を増幅する」
狼牙の言葉を補足するように、久那妓が言う。
白い宝石は、それ自体が一つの恒星のような輝きを持っており、触れただけで焼かれてしまうそうな感じを受ける。
「ちょっと、見せていただいていいですか?」
狼牙に確認を入れて、ハルは宝石を手に取る。最初は興味深そうに宝石を眺めていたハルだが、何かに気づいたのか、怪訝そうな表情になった。
持っていた宝石を机に戻し、別の宝石を手に取る。そうして、3つ目の宝石を見つめた後、ハルは面白そうに呟いた。
「宝石に、図柄が掘り込まれてますね。これは、統一教会の星座図表に載ってる……獅子座、猛牛座、乙女座の絵と同じです」
「それは、どういうことでしょうか?」
傍らのエミリアの質問に、ハルは少々考え、口にする。
「統一教会には、様々な逸話に関する資料もあります。その中に、十二星座の将という逸話があります」
かつて、ヨーロッパ地方で起こった大戦の折、人を滅ぼそうとする法天使・ハルエレィアを封じるため、13名の将が力を合わせ、その力を石に封じた。
その力で、法天使を封じた後、石は、飛び散り、何処かへ姿を消したという。
「あの時、行政官の変身した魔物を倒した時の狼牙さんの背後に、人のような形のオーラが見えました」
「それって、あの時言った、獅子王……リックって人のこと?」
「うん、そういうこと」
ミスティの問いに、ハルは微笑みながら頷く。
猛牛闘士・ヒーロー、精乙女・エイベル、そして、獅子王・リック。
この宝石は、英雄達の力を込めた石ではないか、というのがハルの推論だった。
「予想は分かった。それで、これからどうするのだ?」
「当面の目的は、宝石の入手だな。ハルの話だと、12個あるんだとすれば、あと9つって所だが……」
狼牙の呟きに、ハルはエミリアのほうを向く。
「エミリア、人を使って、探って欲しい所があるんですが」
「はい、手配いたします。それは、どちらでしょうか?」
「貴族連合、首都トルキノス」
ハルの言葉に、エミリアの表情が微かに険しくなる。
「ヴラド行政官がおかしくなったのは、トルキノスに呼ばれてからだということ。それに、宝石には明らかに、何らかの手を加えた跡がありました」
「つまり、今、一番怪しいのは、その貴族連合ですか」
ハルの言葉に、納得したように頷くカミラ。
エミリアは無言でソファから立ち上がり、一礼すると、部屋から出て行った。早速、人を手配して貴族連合を探るのだろう。
「ともかく、僕は上層部に今回の件を報告します。何にせよ、結果が出るまでしばらくかかりますが、狼牙さん達はどうしますか?」
「そうだな……俺たちは別で、宝石のことを詳しく調べてみよう」
狼牙はしばし考え、ややあってそう結論を下した。
ハル達の力を借りることになったからといって、元々は自分達が最初に始めたことである。
宝石の力の詳細を調べることも、魔界孔を塞ぐには必要事項であるし、まかせっきりには出来なかった。
「たしか、ヴェネティアにはロゼット博士という学者がいると人づてに聞いたことがある。その人物にあたってみるのもいいだろう」
久那妓の言葉に、僅かに表情を曇らせたのは、ミスティ。
しかし、その表情の変化に気づいたものは、ごく僅かであった。
なんにせよ、ハル達は宝石の探索、狼牙達は宝石のことについて調べるということで落ち着いた。
「それではそちらのほうは……ん? どうかしたんですか?」
「え、いや……」
まとまろうとした場で、ハルが怪訝そうな声を上げたのはその時。
ハルの問いに、明らかに焦った表情をしたのは、特に発言することもなく、興味深げに宝石をいじっていた砕斗だった。
「おい、砕斗。何を後ろに隠してんだ?」
「やだなぁ、狼牙兄ちゃん、何も隠してないって」
引きつった表情で、そんな事を言う砕斗だが、説得力がまるでない。
明らかに、気まずげに視線を泳がせる砕斗。そんな砕人に、カミラが一言。
「砕人君、怒らないから言ってみなさい」
「いや〜、宝石いじってたらさ、取れなくなっちゃって」
「…………」
ゴン
「いってぇ〜! グーで殴ることないだろ、狼牙兄ちゃん!」
「馬鹿かお前、何でそんなもんに、宝石をはめ込んでんだよ……」
呆れたように言う狼牙。それもそのはず、宝石は砕斗の腕にある、ジャイロギア(コマを回すハンドベルトPC)にきっちり填まっていたのだ。
どうも、形がコマっぽかった宝石を、興味心身に取り付けてこうなったらしい。
「早く外せよな、貴重なもんなんだから」
「分かってるよ」
そう言いつつ、ガチャガチャと、ジャイロギアをいじる砕人。と、バチン、という音と共に、宝石がコマのように吐き出された。
「わ」
「お〜……」
宝石はそのまましばらく、床の上でキュルキュルと回っていた。硝子のような面が、万華鏡のように光を放ち、不思議な色彩を見せた。
しばらくして、回転力がなくなり、宝石は地面に転がる。
「おもしれ〜」
ゴン
口は災いの元、発言した砕斗は、本日二度目のグーを喰らったのだった。
宝石を机の上に戻し、狼牙は再び席につく。
手配が終わったのか、エミリアも部屋に戻って来た。
ハル、ミスティ、狼牙、久那妓、カミラ、砕斗、エミリア……この七人が、始まり。
これから始まる物語の、中核に当たる七人が、今ここに揃ったのだった。
「……ま、なんにせよ、やることは決まったんだ、これから忙しくなるぜ」
「ええ、そうですね」
狼牙の言葉に、ハルは静かに頷いた。
他の皆も、それぞれに頷く。胸に、様々な思いを抱えたままで。
西欧暦・2007年、新たな物語。
ヨーロッパを舞台にして始まる、新たなストーリーは、こうして始まった……。
序盤編・終
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