大番長・西欧編 

EPSODE::07



〜ヴェネティア・行政官の館〜

「お帰りなさいませ、ハル様」

館に戻ったハル達。そんなハル達を玄関で出迎えたのは、メイド姿の少女だった。
基本的に、行政官には身辺の世話役としてメイドを何人かつけれるようになっている。
彼女も、そうしたメイドの一人だった。

「ただいま帰りました。僕達が出かけている間、何か問題がありましたか?」
「いいえ、さしたる問題も起こりませんでした。ただ−−−」

メイドの女性がハルの言葉にそう答えていると、遠くから足音が聞こえて来−−−。

「ハル、お帰りなさーーーいっ!」

ぶおんっ、という風きり音と共に、何かがハルの身体にぶつかってきた。
と、ぶつかったように見えたそれは、よくよく見ると、ハルに抱きついただけのようだった。

「−−−ハル様の帰りが遅かったので、ミスティ様が拗ねていたぐらいでしょうか」

顔色も変えず、淡々と言ったのはメイドの少女。
他のその場にいた人間、狼牙と久那妓、カミラと砕人は、唐突な登場方法に、ポカーンとした表情を浮かべている。

「ただいま、ミスティ。僕が出かけている間、大人しくしていた?」
「ん〜、まぁ、ぼちぼち」

ハルに頭をなでられながら、ミスティは嬉しそうにさらりと言う。
ひとしきり、頭をなでた後、ハルは狼牙達に向き直った。

「ともかく、込み入った話ですし、荷物を置いてからにしましょう。エミリア、お客様たちを案内してくれます?」
「−−−はい、どうぞこちらへ」

ハルに名前を呼ばれたメイドの少女、エミリアは狼牙達に一礼すると、館の奥に向かって歩き出した。
その後を、狼牙、久那妓、カミラと続き……。

「おい」
「?」

ハルに声をかけてきたのは、彼とミスティの様子をまじまじ見ていた砕人だった。
怪訝そうに砕人を見るハルに、砕人は−−−。

「まぁ、彼女がいるんなら安全パイだな。これからよろしく頼むぜ」

と、妙に納得した表情で、廊下を歩いていってしまった。

「何なの、今の?」
「さぁ……それより、行こう、狼牙さんたちを待たせるわけにも行かない」

そういって、ハル達は廊下の奥へと向かった。


〜行政官の館・執務室〜

「失礼します」

お盆に紅茶のセット一式とクッキーを載せ、エミリアは執務室に入った。
部屋の主人である少年に一礼し、彼女はテキパキと応接用のテーブルについているお客にそれらを配る。

「では、私はこれで」

自分の仕事を終えて、ぺこりと頭を下げ、エミリアは部屋から出て行こうとした。
そのとき、彼女の主人に呼び止められるまで、彼女は訪問者にさしたる興味を示していなかった。

「あ、ちょっと待って、エミリア。君にも、話を聞いてもらいたいんだけど」
「私に、ですか?」

メイド姿の少女は、怪訝そうな表情でハル達を見る。
もっとも、困惑したのは彼女だけではない。白い制服を着た青年−−狼牙も、ハルの言葉に困惑の表情を浮かべた。

「おい、ちょっと待てよ、ハル。この話は、誰でも彼でもしていい話じゃないんだぜ?」
「ええ、分かってます」

狼牙の言葉に、ハルはコクコクと頷いた。

「……ただ、この話はエミリアにとっても他人事じゃないですから。ヴラド行政官の件にも関わりがありますし」
「−−−お父様の?」

ハルの言葉が意外だったのだろう。
落ち着いた物腰の少女の、その表情に、わずかな動揺が見て取れた。

「ともかく、さぁ、ここに座って」

ハルはそういうと、自らの座った長椅子の傍らを、ポンポンと叩く。
エミリアは、なにやら迷っているようだったが、興味には勝てなかったのだろう。小さく「失礼します」とつぶやき、ハルの隣に腰を下ろした。

位置的に考えると、応接用の机を中心に、正面の長椅子にハルとミスティ、エミリアが座り、右側には狼牙と久那妓、左側にはカミラと砕人が座っている。


「……ま、いいか。正直、借りれるんなら猫の手も借りたい状況だしな」

狼牙はそういうと、表情を引き締め、言葉を切り出した。



「俺と久那妓がこの町を訪れたのは、それなりの訳がある。それは……ヨーロッパに開いた『魔界孔』を封じるためだ」
『え−−−−−−−』

その言葉に絶句したのは、カミラと砕人。対照的に、ハル達は、何のことかよく分かっていないようだ。

「ちょっとまてよ、狼牙兄ちゃん! 魔界孔って、もしかしてあの魔界孔か!?」
「ああ」

砕人の言葉。できれば間違いであってほしいという思いがこもったそれを、狼牙は一言で肯定した。

「あの……その『魔界孔』って何なんですか?」

分からない皆を代表して、そう質問したのはハルである。
ミスティもエミリアも、興味津々の表情のその問いに、重々しく答えたのは久那妓だった。

「平たく言えば、別世界への門だな。この世界とは別の世界へと繋がる場所であり、そこからは無数の魔物が現れる」
「それは、まさか……」

思い当たる節があるのか、眉根をしかめるハル。

「そう、ヨーロッパでの最大の都市、ロンド。そこで魔界孔が発生している」

ここ最近の噂になっていた事柄を、淡々と肯定する久那妓。
しん、と重い沈黙が場を支配する。そんな中、顔色変えずに、久那妓は言葉をつなげた。

「だが、そう悲観したものではない。一時期に比べれば、魔物の出現は減少している」

そう、発生した当初は、ロンドを壊滅の危機に陥れた魔界孔だが、現在はロンドにある統一教会所属の騎士団により、被害の拡大を押さえられている状況らしい。
彼らとて、そう易々と自らの土地を明け渡さないだろう。と、久那妓はどこか誇らしげにいう。

「で、俺達は開いた魔界孔を閉じるために、あるものを探してあちこち旅していたわけだ」
「……その、あるものっていうのは?」

その質問に、狼牙は無言で、懐からあるものを取り出す。
それは、白く光り輝く宝石。その光は、淡く小さいものだったが、見間違えるはずもなく−−−−−−。

それは、あの時、行政官の体を取り巻く闇を振り払った、純白の光だった。


戻る