大番長・西欧編 

EPSODE::06



……明けて翌日の昼。

〜行政官の館・執務室〜

行政官の執務室。かつて、何代もの貴族が、その政治の采配を振るった部屋に、一人の少年がたたずんでいる。
法衣を身にまとった少年の腕には、銀の腕輪。それは、西欧に強大な権力を持つ、統一教会の使徒という証でもあった。

とんとん、と、扉がノックされる音。
返事をするまでもなく、ドアが開き、少女が部屋に入ってきた。

「ハル〜、言われたとおり、連れてきたわよ」
「よう、入るぜ」
「失礼する」

同じ法衣姿の少女−−−ミスティはそう言うと、部屋の外にいた人たちを、中に招き入れた。
部屋に入ってきたのは、白い服に身を包んだ長身の男性と、黒いチャイナドレスのような服に身を包んだ、小柄な少女だった。

二人は、先日の夜、魔物と化した行政官との戦いの時、飛び入りで乱入してきた人達である。
さて、事件の起こった直後……行政官の館は騒然となった。

倒れた行政官のウラドは、命に別状はないものの、衰弱しきっており、しばらくは絶対安静。
事情を知らないものに説明をし、今後の方針を決め……気がついたら朝日が出る時間帯になっていた。

今後のヴェネティアの行政は、ヴラドの部下達の人が中心に、活動を行うことになった。
なお、行政官の代理として、ハルがその任につくことになったのは、少々……理由がある。

ヴェネティア以外にも、貴族が治める領土はいくつがあるが、他の領土は決して良い評判を聞かなかった。
もし、この機会に、他の貴族が乗り込んで暴政を振るったら、それは決してヴェネティアのためにならない。

だから、統一教会の後ろ盾が欲しいと、彼の部下達がハルに泣きついてきた次第である。
ハルも、その申し出を受けて行政官代行を引き受けた。

現在のハルは、統一教会の銀の神法士と、ヴェネティア行政官代理を兼任している。

「お呼びだてしてすいません。どうぞ、座ってください」

ハルに勧められ、二人は部屋にあったソファに腰掛ける。
対面にあたるソファにハル、その隣にミスティが座った。

「それで、私達を呼んだ理由というのは……?」

ハルの向かいに座った少女が、流暢な共用言語で質問する。
凛としたその表情と、立ち振る舞いは、隙のないものであった。

「その前に……お互いの自己紹介をしましょう。まだ、ちゃんとした挨拶もしてませんからね」
「まぁ、たしかにそうかもな」

ハルの言葉を受けて頷いたのは、少女の隣に座った青年。
僅かにスラングが混じった共用語で、ハルの言葉に賛同し、自分を指し示す。

「俺の名は斬真狼牙。日本から来た、番長だ。で、こいつは……」
「天楼久那妓だ。狼牙とは、恋人以上、夫婦未満……といったところだ」

自己紹介を聞き、今度は、ハルの隣に座ったミスティが口を開く。

「ローガに、クーナね。私はミスティっていうの、よろしくっ。」
「……ちょっとまて、狼牙はともかく、なぜ私が、クーナなのだ?」

久那妓が問うと、ミスティはキョトンとした顔で、首をかしげた。

「だって、クナギって呼びにくいし、クーナなら、ローガとおそろいで、覚えやすいじゃない」
「おそろい……狼牙とおそろい……」

何度か口の中でその言葉を反芻していた久那妓だが、しばらくして、こほんっと咳払いを一つする。

「まぁ、言いづらいなら、無理強いするのも悪いしな、好きなように呼んでくれ」
「あれ? クーナったら、もしかして照れてる?」
「さて、何のことだろうか?」

そらっとぼける久那妓だが、何気に顔が赤かったりする。

「僕はハル=クウヤ。僕もミスティも、統一教会所属の者です。あなた達の日本で言う、番長みたいなものと思ってください」

そう言うと、ハルは法衣の長袖をめくる。そこには、銀色の腕輪がはめられていた。

「さて、それで狼牙さんたちを呼んだ理由というのは、昨日の事件について、聞きたいことがあったからです」
「…………」
「…………」

一瞬、狼牙と久那妓が目配せをしたが、ハルはそのことには触れず、穏やかに問う。

「人が魔物に変わる現象……首都ロンドにも、ここ数年、魔物が出ているそうですが、それに関することを何か知っているんじゃないですか?」
「さて、何のことだかな。あいにくだが、俺たちは旅をしているだけの者だ。そんなことはわからねーよ」

狼牙の言葉に、ハルは静かに問う。

「何のための、旅ですか?」
「…………」
「少なくともあなた達は、ヴラド行政官が変身したあの魔物を、御する方法を知っていた。それは、この事件に何らかの関わりがあるからじゃないですか?」

ハルの問いに、狼牙は無言だった。肯定はしていないが、否定するだけの理由も思い浮かばないというところだろう。

「あ、勘違いしないでください。別に、そのことでどうこう言うつもりはないんです」
「は?」

が、続いて発せられたハルの言葉に、狼牙は肩透かしをくらったように、間の抜けた声を上げた。

「ただ、今の僕は行政官を代理しています。ですから、もし何か手助けが必要なことだったら、お手伝いできたら良いかなと思ったんです」
「…………是非もないな」

ハルの言葉に数瞬、黙考してそう返事したのは、傍らで話を聞いていた久那妓だった。

「おい、久那妓」
「仕方ないだろう、ここ一年余り、ヨーロッパ中を駆け回ったが、得られる結果も左程のものではなかった。ならばいっそのこと、組織の力を借りるのも悪くはないだろう」
「…………たしかに、このままジジババになるまで探し続けるよりは、ましかもな」

やはり、何かを隠していたのだろう。狼牙と久那妓は苦笑しながら、そんなことを言う。

「では、話してくれますか?」
「っと、ちょっと待った。悪いがそのまえに、行かなきゃならないとこがあってな」

ハルの言葉をさえぎるように、狼牙がそんなことを言う。
その言葉に続くように、久那妓が説明をする。

「実は、かねてからより、連絡を取っていた日本の仲間が、ようやくこちらへ来られるようになってな」

数日後には、北東にある、アクアリートの空港に到着するということらしい。

「その者にも、事情を説明しなければならないから、どうせなら一度にやったほうが効率が良いだろう」
「…………なるほど、それでは僕もご一緒されていただきます」
「べつに、そのままどっかに行ったりはしねーが……いいのか? 行政官の仕事ってのもやることになっているだろ?」

狼牙の質問に、ハルは苦笑して、首を振った。

「基本的に、畑違いのことですから……行政官の部下の人たちに任せるのが、一番ですよ」
「まぁ、確かにめんどーな事ってのは、誰かに任せたくなるしな」

狼牙の言葉に、久那妓は苦笑する。
どうやら、日本に居た時の狼牙の振る舞いを思い出していたらしい。

さて、そんな久那妓の様子を知ってかしらずか、狼牙は席を立った。

「んじゃ、行くとしようぜ」


〜水網都市・アクアリート〜

優雅な汽船の音……。
都市に無数に張り巡らされた運河は、この都市の、主要な交通機関として利用されていた。

運河には、無数の小舟。自転車代わりに使われるそれらは、水上に浮かぶ、カラフルな木の葉のようだった。
そこは、ゆったりと時の過ぎる場所。流れる水のように、穏やかなところであった。

そんな町並みを行き過ぎると、都市のはずれに空港がある。

そこそこに利用され、人気もある、その空港のロビーに、狼牙とハル、それに久那妓がいた。
ちなみにミスティは、何かあったときの連絡役として、ヴェネティアでお留守番である。

「それで、狼牙さんたちの仲間って、どんな人なんですか?」
「ああ……ま、一言で言えば、美人だ」

ハルの質問に、狼牙はキッパリと、簡潔にそう答えた。
それに補うように、久那妓が言葉を続ける。

「カミラといってな、元々はこちら出身の女性だ。だから今回、その知識をかりるために呼んだのだ」
「へぇ、そうなんですか」

得心が行ったように、ハルは頷く。
狼牙達は、空港のゲート手前で訪問者を待つことにしていた。

狼牙が待つのを嫌いということもあるが、そのカミラという女性のボディガードという意味もあるらしい。

「人目を引く者だからな。何かしら問題があってからでは遅い……どうやら、来たようだな」

久那妓の言葉に、ハルはゲートのほうを向く。
その時、ざわっと、にぎやかなゲートの一角で、ざわめきが起こった。

「おい、誰だあれ」
「綺麗……モデルか何かかしら」
「やっぱりか……」

ざわめきに包まれ始めた空港内で、久那妓がそっとため息をつく。
彼女の視線の先にいるのは、セミロングの金髪、マイルドな色彩のシックな服装に身を包んだ、穏やかな感じの女性だった。

どうも、少々おっとりとした性格なのか、周囲の注目の視線に気づいていないようだった。
やがて、その視線がこちらのほうを向くと、嬉しそうに歩み寄ってくる。

「お久しぶり、狼牙くん。久那妓さんも……」
「ああ、久しぶりだな、カミラ」

久那妓の言葉に、カミラは嬉しそうに微笑んだ。

「二人とも、変わってないみたいね、安心したわ」
「そういうカミラさんは、また綺麗になったな」
「そんな、狼牙くんったら……もう」

狼牙の言葉に、カミラはポッと赤くなる。
その状況を見て、ハルは怪訝そうな表情を見せた。

「あれ……もしかして……?」
「どうした?」
「あの、久那妓さん……あのカミラって人……」

ハルの言葉に、久那妓は複雑そうな表情でため息をついた。

「ああ、彼女も狼牙に好意を持っている。もっとも、日本に居た時は、こんなものじゃなかったがな」
「え……?」
「日本にいたときの狼牙には、私以外にも数人の恋人がいたしな……それに比べればたいしたことない」

そういう久那妓だが、さすがに少々、機嫌が悪くなっているようだった。

(いかんな……一年近く、狼牙を独占できていたせいか、耐性がなくなっているようだ)

「……あら、こっちの可愛い子は?」

狼牙としばし話し込んでいたカミラだが、ややあって、久那妓の傍らにいたハルに気づいたのか、興味津々と行った表情で狼牙に質問をする。

「ああ、こいつは、こっちにいるときに知り合った……」
「ハル=クウヤといいます」

ぺこりと頭を下げるハル。カミラはそんなハルをしばし見つめ……クスクスと微笑んだ。

「よろしくね、ハルちゃん。女性同士、仲良くしましょうね」
「…………はぁ」

なにやら、言いたそうなハルだったが、特に否定することもせず、再び頭を下げた。
案外、後で説明すればいいと思ってるのかもしれない。

「それはそうと、カミラさんの荷物はどこにあるんだ? 結構な量があるんだろ?」
「ええ、それなんだけど……」
「カミラさ〜ん、荷物もってきたよ!」

狼牙の質問に、カミラが答えようとしたとき、誰かがそんなことを言いながら、こっちに近づいてきた。
両手一杯に荷物を抱えた少年を見て、狼牙は驚きの声を上げる。

「お前、砕人じゃねえか?」
「おぅ、狼牙にいちゃん、久しぶり!」

狼牙の言葉に、少年は元気一杯に答える。
年のころは、高校生位。まだまだ、子供らしい活発さが抜けていない少年だった。

「何でこんなとこにいるんだ、お前……さては」
「ち、ちがうって、ジャイロファイターの西欧大会があって、たまたまカミラさんと空港で一緒になったんだよ!」

狼牙の質問に、必要以上に慌てた様子で、砕人はそう答える。
言い返してはいるが、頬が真っ赤になっているので、バレバレなのだが。

もっとも、そんな砕人の様子に気づかない、ボケボケの女の人もいるのだが。

「本当、偶然ってあるものなのね。不思議よね、狼牙くん」
「…………」

カミラの言葉に、砕人は落ち込んだように肩を落とした。つくづく報われない恋である。
そんな砕人の様子を気遣うように、久那妓がポンと肩を叩いた。

「ま、こんな所で長話もなんだしな。とりあえず、ヴェネティアに戻ろうぜ」
「うむ、そうだな」

ややあって、そう言ったのは狼牙である。
その言葉に頷いたのは久那妓。二人は空港の出口に向かって歩き出した。

数歩離れて、その後をカミラが歩く。
前を並んで歩く、狼牙と久那妓を、少々うらやましそうに、そしてそれ以上に微笑ましい視線で見つめていた。

「……あの、半分持ちましょうか?」

残ったのはハルと砕人。
両手一杯に荷物を持った砕人に、ハルはそういって声をかけた。

「悪い、頼むわ……」

カミラの前では気張っていたが、やはり、けっこうつらかったらしい。
ハルの言葉に、砕人は微笑みながら、荷物を差し出す。が、

「それにしても、カミラさんって綺麗な人ですよね」

ハルの言葉に、差し出した手が一瞬とまり……引っ込んでしまった。

「え……あれ?」
「やっぱ、いい!」

ムキになったのか、そのままノシノシと歩いていく砕人。
しかし、左に右にふらつく砕人の様子を見て、慌てたように後を追うハル。

「だ、大丈夫ですか?」
「うるさい! ライバルの手は借りねぇっ!」
「は?」

砕人の言葉に、困惑したような表情を見せるハル。
と、砕人が立ち止まり、据わった目つきでハルのほうに向き直った。

「い・い・か、カミラさんは俺の天使なんだ! 手を出したらただじゃおかないぞ!」
「は、はぁ……」

砕人の剣幕に、驚いたように首をかくかくと縦に振るハル。
そんなハルに、砕人は満足そうに頷くと、危なっかしい足取りで歩いていってしまう。

後に残ったハルは、しばしの沈黙の後、ポツリと呟いた。

「変わった人だなぁ……」

それが、ハルと砕人の出会いだった。
どたばたした出会い……後に親友となる二人の少年の、それが初めての出会いであった。

そうして、数日かけて、ハル達はヴェネティアに戻る。
新たな仲間を連れて、戻ったヴェネティア。物語は、新たな局面にさしかかろうとしていた……。


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