大番長・西欧編
EPSODE::05
これは、事件の夜に起こった、もう一幕……。
〜行政官の館・通信部屋〜
館の隅にしつらえられた一室。
専用の端末とディスプレイの前に、ハルは座っていた。
「ネットワーク接続、統一教会本部……っと」
入力すると、統一教会のシンボルである、水色のクジラのマークが浮かぶ。
トップページから<専用通信>のアイコンをクリックし、IDを入力する。
画面が切り替わり、ディスプレイ内に人物が映る。
いかにも堅物の、用務員といった感じの男だ。察するに、夜半の受付役のようである。
「何の用かな、こんな夜中に」
「すいません。実は、緊急に伝えたいことがありまして」
「……今は深夜で、お偉方は誰も起きとらんよ」
ハルの言葉に、初老の男は、めんどくさげに答えただけである。
手には酒瓶。すでに酔っ払っているようだ。
テレビ電話よりも、ずっと鮮明で滑らかな画面にも、男が酔っているのは一目で判別できた。
「緊急のようでなけりゃ、出直すこった。明け方の10時なら、皆、起きてるだろうよ」
「いえ、それだったら、わざわざこんな時間にアクセスしません。事は、緊急を要するかもしれませんから」
「ふむ……」
ハルの言葉に、男はジロリと、まるで値踏みするかのようにハルを見る。
実際には、向こうもディスプレイに映っているハルの姿を見ているのだが、まるで実際ににらまれているような、妙な圧迫感が感じられた。
「ともかく、ワシにはどうすることも出来ん、出直すんだな」
「あ……」
プツ……と画面が断ち切られる。
向こう側から通信を切られてしまったようだ。
(駄目……か)
半ば、予想していた展開だが、さすがに落胆の色を見せるハル。
RRRRRRRRRRRRRR……
「え?」
直後、電子音と共に、ディスプレイに変化が生じる。
「メール……? これは……」
届いたのは、電子メールだった。発信元は、統一教会本部。
受信トレイを開くと、そこには1行だけの、メッセージが届けられていた。
「通信アドレス……? これって、通信しろってことかな……?」
先ほどの男の人が送ってきたのだろうか?
半ば首を傾げつつも、ハルはそのアドレスに、アクセスしてみることにした。
〜???????〜
入力されたアドレスにより、回線が開く。
ディスプレイに映った画面は、どこかの部屋のようだ。
「あの……誰かいますか?」
電気の消えている、真っ暗な部屋。
ハルが呼びかけると、しばらくして、少し変化が生じた。
「ん〜〜〜〜……」
何だか、やたら眠そうなうめき声と共に、ぱっ、と部屋の明かりがついた。
その瞬間、ハルは絶句する。
部屋の主が、半ば呆けたように、怪訝そうにあたりを見渡していた。
プラチナブロンドの(寝癖がついているが)サラサラのストレートヘア。
(だらしなく気崩した)寝巻きの先から伸びる手足は、人形のように繊細な、
整った顔立ちの(半分以上寝ぼけているが)美少女だった。
その娘は、まだ焦点のあっていない眼で部屋を見渡し−−−。
「…………」
「あ、どうも」
ハルと眼が合った。
声をかけるハルに、少女は沈黙する。そして、きっかり3秒後−−−。
「っ、きゃぁぁぁっ!?」
「うわっ!?」
唐突に取り乱し、叫び声を上げる少女に、ハルは思いっきりのけぞる。
しかし、ハル以上に混乱していたのは、画面の向こうの少女であった。
「なんで? 何で回線がつながってるのっ? あぅ……」
よほど混乱しているらしく、あわてて寝巻きを脱ごうとし−−−。
そこでハルが見ていることを知って、さらに混乱した。
「ちょ……こっち、見ないでよっ!」
「いっ!?」
ボフッ!!
少女が投げつけてきたクッションが、画面一杯に表示される。
ディスプレイにでなく、画像を送信しているカメラを狙って投げつけるあたり、まだ少々、冷静な部分もあるらしい。
それにしても……。
「びっくりした……」
ドキドキする胸を押さえつつ、ハルはそう呟いた。
もっとも……そのドキドキは、少女のとっ拍子もない行動のせいか、少女の容姿のせいかは、ように判別できなかったが。
そして、十数分は待っただろうか。
「どうも、お待たせしました」
穏やかな声と共に、クッションが除かれる。
画面に映されたのは、ハルと同じ法衣姿の女性の姿だった。。
穏やかで、凛とした表情は、見ている人にどこか勇気のようなものを与えるような、そんな姿の少女。
とはいえ……。
「さっきの人、ですよね」
「あぅ……さ、さぁ、なんのことでしょうか?」
ハルの言葉に、少女は表情こそ変えなかったものの、明らかに狼狽していた。
額に流れる汗が、その証拠ではあったが……。
「そ、それはともかく、一体、何の用でしょうか?」
「あ……」
半ば無理やりに、話を変えようとする少女。
だが、確かにハルにとっては、変えた話−−−事件の報告のほうが優先であった。
彼は表情を引き締めると、少女に問う。
「すいません、夜分にこうして通信したのは、教会上層部の人に、報告しなければならないことがあったからなんです」
「報告しなければならないこと? それって、どの様なものですか?」
少女の問いに、ハルは首を振った。
「すいません、事が事だけに、必要以上に話を広めることはできないと思えます。ただ……」
「?」
「魔物……いえ、怪物に関する話とだけ」
その言葉に、画面向こうの少女の表情が一変した。
「その件、詳しく報告していただきましょう」
「え、でも……」
「大丈夫。協会の上層部、というのなら、私もその一人ですよ」
そう言って少女は法衣の袖をめくる。
法衣の端から出る、細い腕、そこに嵌っていた腕輪の色は……。
「金色……!?」
「はい、私は、統一教会の盟主、ディーナ=ロノスです。これ以上の報告の相手はないと思いますよ」
金色の腕輪……この世界でただ一人のみ、つけることが許される腕輪。
不思議な自信をひめて、画面に映る少女を見直し、ハルは思わず−−−。
「単なる寝ぼすけさんじゃ、なかったんですね」
「あぅ……」
ハルの言葉に、ディーナは真っ赤になってうつむいてしまう。
そういうところは、同年齢の少女と変わりはしなかった。
…………。
「なるほど、どういう状況か、大まかなところは理解できました」
ハルの報告を聞き終え、ディーナは生真面目な表情で頷いた。
考える時の癖なのか、自分の髪を指先でいじりながら、少女はしばし黙考する。
「ですが、こちらで起こっている事件とは、ちょっと毛色が違うようですね。こちらでは、人が怪物になるという報告はありませんし」
「そういえば、首都のほうはどうなっているんですか? 魔物が出るって噂が広まってますけど」
ハルが質問すると、ディーナは困ったように苦笑した。
「小康状態といったところですね。魔物が出ることもありますが、それも一時期と比べればかなり数も減りました」
魔物が出るのは事実だが、現在は教会所属の騎士団が、その討伐の任に当たっている。
「ともかく、この件に関しては、引き続き調査が必要みたいですね」
ディーナはそう言うと、ハルをじっと見つめた。
画面越しに、ディーナの真摯な瞳に見据えられ、ハルはどことなく、落ち着かなく感じた。
「銀の神法士、ハル=クウヤ……この件の調査、お願いできますか?」
「ちょっと、待ってください。こういうのは、教会本部から調査団が来るものなんじゃないですか?」
「本来はそうなんですが、なにぶん、今は忙しいですから」
ディーナの言葉の意味は、何となく分かった。
小康状態とはいえ、いまだ魔物が闊歩する首都を放り、ヴェネツィアまでくる余裕はないのだろう。
「それに、私の味方というのも、そう多くはありませんから……」
「?」
ディーナの言葉に、ハルは一瞬、首を傾げそうになるが、すぐに気を取り直し、首を縦に振る。
「分かりました、僕でよければ力になります」
「ありがとう。そうそう、もし何か問題とか起こった場合、私の名前を出してくれれば、大体の問題は解決しますから」
その言葉の意味に思い当たり、ハルは思わずディーナを見返した。
上部からの権威代行権……彼女の名前を使い、何をしても良いということだ。
それは、水戸黄門の印籠などと、同じ意味を持つ。
「信頼します。あなたを」
まっすぐな瞳で見られ、ハルは何となく、気恥ずかしくなって眼をそらした。
そんな彼を、ディーナは面白そうに見やると、
「それでは、今日はこのくらいにしましょう。また、何かあったら連絡くださいね」
そう言うと、通信を切る。ディスプレイから、ディーナの姿が消え、端末は沈黙を取り戻した。
「ふぅ……」
ハルは、椅子の背もたれに身体を預け、肩肘を伸ばした。
長時間座っていたせいか、あちこちの筋肉が、硬くなっているようである。
「ディーナ様……か」
何を考えているのか分からない表情。無表情とも違う、どこか淡白な表情で、ハルは端末の電源を切った。
そうして、ハルは通信室から出て行く。
新たに手に入れたものは二つ。ディーナという友人と、その権力。
それがこの後、ハル達の運命に、どういう影響を与えるのか、この時まだ、誰も知る由もなかった。
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