大番長・西欧編
EPSODE::04
『ぐあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
閃光に包まれた狼牙の拳を受け、牛魔人は苦悶の表情を浮かべる。
白い閃光は、牛魔人の肉を、まるで焼けた粘土のようにボロボロと剥がしてゆく。
炎がおさまると、そこには、魂が抜けたように、立ち尽くす青年の姿があった。
その胸から、ポロリと、一つの物体が地面に落ちる。
それは、綺麗にカッティングされた漆黒の宝石。
それを拾い上げたのは、狼牙の手。その手におさまった宝石は、不思議なことに、瞬時に純白からへと変色した。
「やれやれ、何とかなったか……」
そう呟き、狼牙はそれを懐にしまう。
彼は、立ち尽くす青年に近寄ると、トン、と胸を押した。
青年は、まるで感情のない人形のように、どさりと地面に倒れる。
その眼は、生気こそ失っておらぬが、感情が消えており、光が失われていた。
「何だ貴様ら、そこで何をしている!?」
直後、狼牙達に声がかけられる。
掛けられた声に振り向くと、そこには完全武装の兵士が十数名。
先ほどの騒ぎを聞きつけて、駆けつけてきたのだろう。
狼牙たちを見る眼は、明らかに疑いの眼差しを持っていた。
「……ちょっとまずいな」
兵士の一団を見て、久那妓は眉をしかめた。
先の戦いで、狼牙達も多少なりとも手傷を負っている。
それに、事情も知らない兵士達を相手に戦うべきではない。
どうすべきか考える彼女の代わりに、兵士達の前にたったのは、法衣姿の少年。
「失礼。僕は、統一教会所属、銀の神法士、ハル=クウヤです」
腕につけられた銀の腕輪が、月光を受け、光り輝く。
それを見て、兵士達の間に動揺が走る。
「銀の法師……!?」
「あの、世界に百人といない……?」
銀の腕輪は、統一教会の証。行政官よりもさらに上の身分に当たる。
そんな存在がいきなり現れて、兵士たちも、どうしたらいいか分からず、顔を見合わせた。
「ヴラド行政官が妙な存在に取り付かれ、今払ったところです」
「ヴラド行政官が……」
「そんな馬鹿な!」
ハルの言葉に、兵士達が疑念の声を上げる。
「あの方が、魔物に取り付かれるはずがない!」
「そうだ。他の貴族どもならともかく、ヴラド様に限ってそれはない!」
口々に否定の声を上げる兵士達。
中には、露骨に武器を構える者もいた。
「まってくれっ!」
その時、その場に飛び出してきた者がいる。
それは、先ほどまで、ハル達と共に、魔物と化したヴラドから逃げていた兵士。
「その人の言うことは、本当だ……!」
兵士の言葉に、その場にいた者達がざわめく。
「お前達は知らないだろうが、ヴラド様はここ最近、おかしかったんだ!」
耐えていたものを吐き出すように、彼は叫ぶ。
「さっきまで、あの方は牛の魔物に変身していたんだ。見間違いじゃない! 他の奴も一緒に見ていたんだ!」
そう言いつつ、泣き崩れる兵士。
絶句する他の兵士達。そんな彼らを尻目に、倒れているヴラドに歩み寄り、その身体を抱えあげたのは……。
「狼牙……?」
「このままにゃ、しておけねぇだろ」
久那妓にそう応じ、狼牙は屋敷のほうに歩を進める。
(さっきまで、真剣に戦っていた相手なのに……)
どこかその様子を、まぶしそうに見つめるハル。
「だれか、行政官の手当てを……」
「は、はい!」
そう言いつつ、数人の兵士達が狼牙の後を追った。
その光景を見ているハルに、兵士の一人が、おずおずと声を開けた。
「あの……この事はどうか、内密に」
「はい、どうやら行政官は、皆に慕われているようですし……ね」
ハルの言葉に、兵士はホッとした表情を見せる。
「ですが、上層部には報告します。大丈夫、悪いことにはしませんので」
「……よろしく、お願いします」
ハルの言葉に、兵士は深々と頭を下げる。
……その夜起こった奇妙な事件は、一応の決着を見せた。
そうして、夜が明ける。
次の日の朝、ヴラド行政官の急病と、それに代わる行政指導として、銀の神法士・ハルが任に就いたと発表された。
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