大番長・西欧編 

EPSODE::03



〜行政官の館〜

『うわぁぁぁぁっ!』

複数の足音が、夜の静寂を破る。
駆けるその後を追いかけるように、重苦しい足音を響かせるのは、牛頭の魔人。

それは、この地を支配する、行政官の変化したものだった。

「何だ、こんな夜中に……う、わぁぁぁぁっ!?」

騒音に、訝しげに通路に出てきた使用人を弾き飛ばし、魔人は駆ける。
狙うは、法衣に身を包んだ少女。

引き裂いてやろう、喰らってやろう、どす黒い憎しみが、魔人を支配していた。


〜中庭〜

中庭に転がるように駆け出たハル達。
その後を追って、牛頭の魔人も、中庭に現れる。

時刻は丑三つ時……そこはまさに、夜の魔物の支配する領域だった。

『その娘を渡せ』

行政官、ヴラドの声で、荒々しく魔人は言う。
その言葉に、兵士達はおびえたように後ずさった。

自らの仕える主君が、魔物に支配され、どうしたら良いのかわからない兵士達。
そんな中で、法衣姿の二人の少年少女だけが、気丈にも魔人に相対していた。

「ハル……まだ?」
「うん、あとちょっと」

そう言い終わると同時に、ミスティを戒める縄がハラリと外れた。

「よし、これで戦えるわ」

肩を鳴らすようにグルグル回す少女。
その言葉を聞き、周囲の兵士達がギョッとした表情でハル達のほうを見た。

「お前達、あんな化け物と戦うつもりなのか?」
「何言ってんの、そんなの、当たり前じゃない」

及び腰の兵士達に対し、ミスティはキッパリと言い切る。

「あんな化け物を野放しにしたら、それこそ、この街も終わりよ」
「しかし……」
「ともかく、やらなきゃならないことが目の前にあるんだから、精一杯やらなきゃ……生きてる限り!」

その言葉には迷いはなく、魔人に対する眼は怯んだ様子はない。
自分を殺そうとする相手に対し、彼女はどこまでも、抗おうとしていた。

「そのケンカ、俺達も混ぜてもらうぜ」

その時、どこまでも続く闇を切り裂くかのように、男性の声が、ハル達に届いてきた。
声のしたほうに眼を向けると、月明かりに照らされた影が二つ。

一人は男性。白い服に身を包み、鍛えられた肉体は俊敏な狼のよう。
そして、彼のそばにたたずむは、東洋の服に身を包んだ少女。彼女もまた、不思議な雰囲気を持っていた。

「あなたたちは?」

訝しげな一同を代表して、二人に質問するハル。
それに対し、少女のほうが、苦笑しながら答える

「まぁ、こういう件に首を突っ込む、お人よしと思ってくれ。詳しいことはあいつを倒してから話す」

必要最低限の事を言い、少女は牛魔人のほうに向き直った。

『何だ、貴様らは。私が欲しいのは、その娘の命だ。見逃してやっても良いのだぞ』

突然現れた二人に、牛魔人は豪然と言い放った。
しかし、数千の軍をも怯ませるその咆哮も、青年達にとっては、そよ風も同然のようだった。

「うるせーよ、醜い牛頭が。ウダウダ言ってないで、かかってこいよ」
『み、醜いだと……この私が?』
「ああ、いまのテメーのつら、とても見れたもんじゃないぜ。鏡でも見てみろよ」

青年の言葉に、牛魔人はぶるぶる震えだす。
その様子を見て、とても付き合ってられないと思ったのだろう。兵士達は我先にと逃げ出した。

残ったのは、ハルとミスティ。それに、場に乱入してきた青年と、少女だけだった。

『こ、殺してやるぞ、ナスビ頭の分際で……』
「…………今、何つった、テメー」
『ナスビ頭といったのだ! 見てくれは良いが、その頭髪が全てを台無しにしているわ!』
「ぶっ殺すぞ、テメー! 人が気にしてることをっ!」

だんだん、場の空気が、剣呑なものに変わっていく。
それは、まさに一触即発。次の瞬間、牛魔人は咆哮をあげると、ハル達のほうに突っ込んできた!

『その顔、粉々に砕いてくれる!』
「上等だ牛野郎っ! 焼肉にしてやる!」

牛魔人の重い一撃を軽くあしらうと、青年はこぶしを構え、殴り返した。

「お前達は、ここで見ていろ」

青年と牛魔人が戦い始めたのを見て、彼の同伴者の少女が、ハル達にそういう。
しかし、それに対し、ハル達もまた、首を振った。

「僕達も戦います」
「そうよ、アイツには色々と貸しもあるんだし!」
「ふむ……」

二人の言葉に、少女は二人をじっと見てややあって答えを出した。

「良いだろう。ただし、足手まといになるようだったら、すぐに退いてもらうぞ」
「上等っ! いくわよっ!」

そう応じ、ミスティが駆け出す。
少女は、その様子に苦笑のようなものを浮かべ、すぐにミスティの後を追う。

そしてハルは、その場にとどまり、祝詞を呟く。

「大いなる神サウムよ、その導きを持って、迷える者たちを救いたまえ……」

ハルの周囲に、青白い光が舞う。
それはまた、この激しい戦いの、幕開けの輪舞のようでもあった……。


Battle Start!!


戻る