大番長・西欧編 

EPSODE::02



〜行政官の館〜

「う……」

法衣姿の少年が、後ろ手に縛られて転がされている。
広大な館の地下……そこに作られた地下牢の中に、ハルは閉じ込められていた。

「ハル……ハル……だいじょうぶ?」
「ん……」

声をかけられ、ハルは眼を覚ました。
しばし、焦点の合わない瞳で、周囲を見渡す。その眼が声をかけた相手のところで留まった。

「ミスティ……?」
「うん、あたしよ。大丈夫?」

どこかホッとしたように言う少女。彼女も後ろ手に縛られている。
何はともあれ、彼女の無事を確認し、ハルのほうもホッとため息をついた。

「でも、一体どういうことなのかしら、これって……」
「さぁ……でも、何だか嫌な感じがする」

ひそひそと、顔を寄せ合って話す二人だが、答えが見つかるはずもなかった。


しばらくして−−−。

「おい、出るんだ」

完全武装の兵士が数人、牢屋にやってきた。
彼らは、牢を開けると慇懃な態度でハルたちに命令する。

(ミスティ)

居丈高な口調に、むっとした表情になるミスティに、ハルは抑えた声で目配せする。
今はまだ、様子を見たほうが良い。そう視線で言うハルに、ミスティはコクリと頷いた。


地下牢を出て、屋敷の中に出る。
時刻は夜分。皆、寝静まっているのか、屋敷の中で、使用人や侍女に出会うことはなかった。
そうして、しばし歩かされた後、ハルたちは、一つの部屋に連れてこられた。


〜執務室〜

そこは、この街の政治を仕切る、行政官の部屋だった。
ドアを開けて入ってきたハルたちに、部屋にいた青年は酷薄な笑みを浮かべた。

「ようこそ、銀の神法士、ハルさん」

年のころは二十代後半だろう。金の髪に金の瞳。
スラリとした体躯の美青年だったが、その表情は、どこか冷たい陰りがあった。

「急なお呼び立て、申し訳ない。何しろ、私は多忙な身なのでね」
「……これは、呼びたてなんてものじゃないと思いますけど」

芝居がかった口調の青年に、ハルは淡々とした口調で言う。
その言葉に、顔色を変えたのは、青年ではなく、ハルのそばにいた兵士だった。

「貴様! ヴラド様に向かってなんと言う口の効きかたを……」
「よい」

兵士の言葉に、めんどくさそうに釘を刺したのは、ヴラドその人だった。
彼は、鋼よりも冷たい目線で、むしろ言葉を発した兵士を睨みつける。

「おまえ、ちょっと」
「は……?」

ヴラドに手招きされ、兵士はヴラドに近づき−−−

ドズッ

雷光よりも、さらに早く、ヴラドの腰に帯びた剣が抜き放たれ、その刃が兵士の首につきたてられた。
兵士は、一言も発することなく、床に転がる。
致命的な傷を受けた首からは、血の池が沸きあがり始めた。

「お前達……私は誰だ?」

その光景を見て、凍りついた兵士達に、ヴラドは静かに問う。
兵士達は、真っ青に震えながらも、搾り出すように言葉を発した。

『誰よりも気高く、美しい、ヴラド閣下であります!』

「よし」

兵士達の言葉に、満足げに頷くと、ヴラドは椅子に座りなおした。
いっそう気温の下がった、場の空気など気にも留めぬように、彼は言葉を続ける。

「そうそう、それで、話の続きなのですが」

先ほどの剣呑な表情からは想像もつかないほどに、彼は優しい口調でハルに話しかける。
しかし、ハルたちの目の前には、兵士の死体が転がっており、それもまた真実だと実感できた。

「私は美しいものが好きでね、自分のみならず、綺麗なものなら何でも手に入れたいのですよ」

そこでいったん言葉を切り、ハルと、そのそばで不満そうな表情で彼を見るミスティを見て、ヴラドは微笑む。
それは本当に純粋に、美しいものに恋する、少年そのものだった。

「それで、あなた達の父上が開発していたものを、教えて欲しいのですが」
「……開発?」

怪訝そうな表情で、首をかしげるハル。
そんな彼に、ヴラドは苦笑と共に、さらに言葉を続けた。

「そう、あなた達の養父、ロゼット博士の開発していたものですよ」

その言葉に、ハルと、そばにいたミスティの顔色が、はっきりと変化する。
ハルの顔は、蒼白に、そして、ミスティの顔は冷たい殺意に……。

その変化を見て、ヴラドは我が意を得たりとばかりに、さらに言葉をたたみ掛ける。

「あなた達の『家』……いや、研究所ですか。そこで開発されていたものは、永遠の若さに通じると……」

しかし、言えたのはそこまでだった。

ゴッ

鈍い音と共に、その顔面に蹴りが叩き込まれた。
その速度は、先ほどのヴラドの剣撃……より以上の速度。

風のような速さで、ヴラドに飛び掛ったのは、後ろ手で縛られた少女。
彼女は、倒れたウラドに対し、吐き捨てるように低い声で呟いた。

「黙れ」

ゴッ

「黙れ、黙れ」

ゴッ ガッ

「黙れ 黙れ 黙れ 黙れぇぇぇっ!」

ガッ ゴッ ガッ バキッ


叫ぶたびに、ミスティは、容赦なく、倒れたヴラドの顔面に蹴りを入れる。
その表情は激しく、そしてその眼からは、涙が流れていた。

「ミス……」

呆然と呟いたハル。その時、縄の切れる音と共に、後ろでに縛られていた彼の手が自由になった。
振り向くと、そばにいた兵士の一人が、いたたまれない表情で、ハルのほうを見て、頷いた。

行け、ということなのだろう。
ハルは、頷くと、ミスティのもとに駆け寄った。

「ミスティ! もう、いいから……」
「ハ……ル………?」

暴れるミスティを抱きとめて言うハルに、呆然とした表情をするミスティ。
そうして、その瞳がハルを認識すると、その眼から……いっそうの大粒の涙が、溢れ出た……。

「う……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

ハルの胸に顔をうずめて泣きじゃくるミスティ。
そっと、ハルはその頭をなでる。ハルのその表情も、どこか泣き出しそうであったが、彼は、泣くことはなかった。

「ごめん、ごめんね……ハル……」

泣きじゃくるミスティ。
出来ることなら、泣き止むまで抱きしめてあげたかった。


だが、破滅の鼓動は、すぐそこまで近づいてきた……。


『オノレ……』


倒れた青年の脳より、生み出された怨念。
憎しみよりもさらに深く、怒りよりもさらに熱く……生み出された情念は、暗く。


『私ノ美シイ顔ヲ、ヨクモ……』


他人を傷つける事には慣れていても、自らの傷には耐えられない。
そんな傲慢な魂が、暗く、さらに黒いものを呼び寄せる……!


『許サンゾ、虫ケラガァァァァッ!』


『なっ!』

漆黒の光が、ヴラドの体から溢れ出る……!
光は、青年の皮膚に粘着するかのように定着し、新たな身体を形作る。

細い手足は、丸太のように。
繊細な胴体は、鋼のような筋肉に覆われる。

そして、特筆すべきはその顔……美しかった顔は、その上より、猛牛の生きた頭に挿げ替えられた。




それは、まさに神話に出でる怪物……ミノタウロスそのものだった。


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